第22話【注意】閉鎖病棟における性の「現実」

 にして思えば、それは現実であり、想い出であった。

 それを人がどう思おうが、思うまいが、現実であり事実であった。

 それを僕が僕のなかで処理していることなので、どう思われる筋合もないのだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――

「……なに?」

「ん?なに?」

「なんなん、ですか」

「いいこと、だと思いますよ」

 えへへ、とまた、可愛く笑うのだった。


 一郎は引き戸を、5回ノックする。

 中から返事が聞こえる。

 一郎はその扉を開けて素早く僕と中に入る。



 そこで見た光景は決して忘れられない。


 部屋の中には、10人ほどの男たちだった。

 まぐわっている、裸の男たちであった。


 どこかで見た覚えがある――あれは、トイレに連れ込まれていた廃人の患者か――男が、四つん這いにされ、いや、四つん這いに、なり?裸の男の、モノを口に突っ込まれているのであった。そして、も。


 僕は声を上げることもできずに、愕然とした。なんだ。これは。

 いや。なんだって、何が行われているのかなんか、

 見ての通りの行為。

 

「いや、ちょっと……」


 と、声に出すのが精いっぱいだった。

 精いっぱいという言葉さえ、気持ち悪く思えてしまう。


「いいんですよ、トーカさん」

 と、一郎が微笑を浮かべながら言う。

「トーカさんは、ゲストなんですから」

 ゲストなんですから、何をされても、してもいいんですよ、と。


 そ、そんな。

 い、嫌だ。

 あり得ない。

 いや、それは、LGBTとか、そういう嗜好もあるだろう。あるだろうけれど、

 あり得ない。

 ……怖い。

 怖い。

「ぼ、僕は、いや、俺は……」

 

 4人部屋なのだから、当たり前の話、ベッドが4つある。

 そのベッドそれぞれで、が行われているのだった。

 返す返すも、それは目の覚めるような現実。不謹慎だろうが、R18だろうが、放送禁止だろうが、事実で現実で真剣で冗談ではないリアル。


 中に入れてる、中の一人が僕に声を掛けてくる。

「こっち、来るか」

 決して乱暴な感じは受けない。いや、むしろ、皆楽しんでいるような印象さえ受ける。僕はとても戸惑いを隠すことはできずにいる。

「ぼ、僕は……け、見学を」

「……そか?見ていても、いいからな」


 そして言うのだった。

「一郎、来なよ」

「……待って」


 一郎は僕の目をしっかりと見つめて、握る手をしっかりと離さずに。

「トーカ、さん」 

 僕のジーンズのジッパを、下ろし始める。

「ま……、待っ」

「なにを待つの?」


 部屋の中にいる10人の男たちが、僕たちの方をじっと見ている。

 それは、期待のまなざしであろうか。


 ジッパーが下ろされようとしている。そして、それが取り出されようとしている。


 ……嫌だ。


 嫌だ。

 気持ち悪い。

 でも、どうしたらいい?


 ベッドの上では、僕の病室の、同じ部屋の男が、「ああ!気持ちいい!気持ちいい!」と叫びながら、男とまぐわっている。まぐわっている。まぐわっている。


 その光景を、ただ眺めていることしかできなかった。


 一郎が下ろそうとしているジッパーを止めるしか、なかった。


「……してあげるよ、トーカ」


 僕は戸惑うことしかできなかった。だから、一郎のその行為を、「止めろ」と、はっきりと意思表示することもできずに、手でとどめることしかできなかった。

 逃げていいのか。逃げられるものなら今すぐ飛び出したい。でも、なんだ?ここでいま行われていることはなんだ?なんなんだ?病院でどうしてこんなことが?行われているんだ?わからない。わからない。わからない……!

 

 どうすることもできずに、そこで行われているセックスを呆然と見ていることもできずに、気が付いたらその部屋を、隙を見て逃げ出してしまっていた。


 だから、その中で行われていることを見届ける――見届ける何かがあるのか――こともできなかった。



 ただ、ショックだった。


 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い……。


 僕はどこにいただろう?

 この限られた病棟の、どこに逃げただろう?

 わからない。

 わからないけれど、逃げた僕を追って、一郎が話しかけてきた。


「気持ち、悪かった?」


「あ、ああ……」


 一郎は、ふぅん、と、今度は笑みのない表情で僕を見つめている。


「トーカを呼ぼう、って言ったのは、皆の意志だったんだよ」

「どうして、僕を標的に……」

 レイプ、集団レイプと同じじゃないか、と思った。


「でも誰もトーカに手は出さなかったよね」

「……出さなかった」

 10人もいたんだから、無理やりやろうと思えば、できたはずだ。


「トーカは、それって、どういうことだと、思うの?」

「え……」


「トーカ、わからないかもしれないけれど、わかってほしいことがあるんだ」

 と一郎は言う。


「誰も、トーカを傷つけようとしてない。誰も、トーカを慰み者にしようなんて、思ってない」


「逆だよ」と、一郎は続ける。


「こんな病棟だよ。何があろうと闇から闇へ消してしまえる。起ったことも、なかったことにしてしまうことができる。でも、しなかったよね」


「それは……」


「トーカ」


 まっすぐな目で僕を見つめて一郎は言った。


「あの人たちは皆、20年、女性に触れることも許されない人ばかりだよ」


 はっとした。


「トーカは、あの人たちを、責められるの? ああして慰めあうことしか許されない人たちを、軽蔑できるの?」


 そこに一郎の笑みはもはやない。


「できない……」


「もっと言えばね」

 と、続ける


「トーカが、その意味で、淋しがってるんじゃないかって、皆心配してた。だから、トーカを呼んだ。、ってね」


「……」


「いきなりだったから驚いたかもしれない。戸惑ったと思う。たじろいだと思う。でも。」


 一郎は、再び、一瞬だけ、あの淫卑な香りのする笑みを浮かべて、言う。


「軽蔑、できるかい?」



 一郎は言った。

「あれが彼らにとっての現実なんだ」と。

 おそらく、もうここから出ることはできないだろうと。

 それを知ったら、……20年、30年もいるんだから、どこかで気が付くんだ、と。

 その気が付いたときに、自分の性が「現実的な対象」に向かうこと。

 それしかないのだと気が付いた彼らの悲しさ。

 そして、自分たちの仲間が増えた時、自分たちの現実とその仲間の存在を考えた彼らが、自分たちの仲間に迎え入れようという気持ちだったということ。


「なんてこった……」


 やさしさ、じゃないか。


 誰も僕を、犯そうとさえしなかった。


 この、笑みを浮かべて見つめている、一郎の行為以外は……。



「優しさ、じゃないか」


 誰に、彼らを理解できよう?


 続











 



 






 

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