第21話 閉鎖病棟における性的問題への見解

「ではお言葉に甘えて……。 あなたにも、あまえて、いぃですかぁ?」


 にたぁ、と、屈託のない少女のような笑みで、下から目線……。

 し……舌、絡めセン……?

 こ、こいつは男だよな……。うっかりすると、

 ……取り込まれてしまいそうに。

 ……虜まれてしまいそうに。なるんじゃないか。そんな不思議な誘惑。


「な、なんなんだ。なんなんですか、こいつ、は、島本さんっ」

「本名はともかく、俺たちは『呉』って呼んでる」

「クレ……?」

「そいつがいつも持ち歩いているその本の主人公さ」

 見やると、それは、一目瞭然。「ドグラ・マグラ」である。

「あ、ああ……、それで、呉、呉一郎くれいちろう……?」

 あえて説明するまでもないだろう。日本のミステリ界の頂点ともいえる夢野久作の大傑作。二度と出られぬ精神病院を舞台とテーマにしたその作品は、「一度読破した者は、必ず精神に異常を来す一大奇書」と言われるとんでもない作品だ。


「トーカさぁん。読書家なら、あなたもこれ、読んだことくらいはあるでしょう?」

「ま、まぁ……」

 えへへ、と恐ろしい笑みを浮かべている。僕はこんな切れ味の鋭い笑みを見たことがない。

「だとしたら、ぼくたちがここにいるのは、これを読んでしまったからなのでしょうか。それとも、精神に異常をきたしているから、このような本に興味を持ってしまったのでしょうか。パラドクスのようですね」

 とくすくす。


「おう、一郎、その辺にしとけ。大事な話中なんだ」

「ぼくだって大事な話があって来たんですよぉ」

「なんだ」

「『』で、トーカさんと遊びたがってるんですよぉ。新しいテープレコーダーがあるから、遊びに来ませんか?」


「あ、新しいテープレコーダー?」

 テープレコーダーは新しくない。


「一郎……。赤井さんを誘う気か」

「あんどうさん、だめですか?」

「いや、……それを決めるのは俺じゃあないが……」

「しまもとさんは?」

「……一度現実を見てくるのも、いいかもしれない。トーカが決めることだ」

「えへへ」

 なんだろう。この、キモくない、笑顔は。

「だってさ!トーカさん、行こ!」

「ど……どこに」

「304号室」

 な……なんだってんだ。現実……?

「トーカ。『テープレコーダー』ってのは、ここで使われる暗号みたいなもんなんだ。符牒だ。お前にはショックかもしれないが、そうじゃないかもしれない。俺たちが決めることじゃないと思う。ここに放り込まれた人間には必要なことかもしれん。お前にもな」


「決まりだね」

 一郎は僕の手を握ると、引っ張るように喫煙室から僕を連れ出した。

「じゃ、赤井さんと、いってくるね」

「……」

「……」


「洗礼みたいな、もんですね」

 島本が、喫煙室の中で呟く。

「そんな上等なもんじゃ、ねぇ。悲しいことだ」

「……確かに」


 そして僕は4人部屋である304号室の前に、一郎に手を握られたまま、立った。まことにあり得ないことであるが、病棟の4人部屋なのに、この部屋だけ、扉が閉められているのであった。


 この中で何が行われているのか。それは想像を超えた『現実』だった。


 すぐに 続












 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る