第19話 閉鎖病棟の法的根拠にツイテ

「赤井さん、俺たちがどうしてここにいるのか、どこまで知ってますかい」


「どうしてって、犯罪を犯したからじゃ……」

「犯罪を犯したら行く場所は刑務所でしょうが」


 僕(トーカ)と安藤氏の話を、島本氏は黙って聞いている。


「刑務所に……、いや、僕は……」

「起訴は、されたんですか」

「あ、それは……、はい」


「じゃあ無罪か、執行猶予だ。いや、詳しくは聞きませんや。どちらかでしょう」

 執行猶予だ。


「そこで、どうして私たちがここにいるかの話ですよ」

「……はい」


「閉鎖病棟ってのは、任意入院……自分で希望して入るケースもありますけど、こんな場所なんかは、医療保護入院か措置入院のどちらかが圧倒的に多い。」

「ああ……。僕は……、措置入院ということでした。確か」


「医療保護入院ってのは、簡単に言えば家族が、うちの息子を病院に閉じ込めておいてくれって話ですよ。昔でいう座敷牢だ。あれを法的にやっただけにすぎない」


「では、措置入院は……?」

「人を傷つけたり自殺したりする恐れがある場合の入院ですよ。赤井さんがここにいる理由を一言で言うなら、『措置入院だ』ってことになる。しかしね、これも普通なら、簡単に認められるもんじゃないんですよ」


 島本氏が口を開いた。

「トーカ。ここに来た時のこと、覚えてるか?」

「来た時のことって……」

「診察の時のこと、さ」

「……なんとなく……」


「診察室には何人いた?一人?二人?」

「え……」


 僕は記憶を辿る。


「……二人、いや、三人かな」


 二人は、ふっと笑った。


「いや、どっちでもいいんですよ。措置入院は決定権のある医者、精神科医二名の診断で決定されるんですよ」

「診察したのは、院長だろう」

「はい」


「こんな様子だっただろう。『あなたを措置入院が必要な患者と認めます』そんなことを、言われなかったか」


「……言われた。言われました」

「それで足りる。いいか?人を、国や県が、刑務所に入れるとしたらどんな手続きが必要だと思う? 告発して、告訴して、警察が捜査をして、検察が取り調べて、公訴事実を固めて。警察が動いて。裁判所に行って。逮捕状を請求して。認められて。逮捕状を執行して。逮捕をして。うんざりするほど警察と検察を往復して。慎重に慎重を重ねた取り調べをして。調書を取って。サインをしたりさせられたり。それで裁判をして。何度も何度もな。弁護士をつけて。検察と戦って。証拠調べをして。口頭弁論をして。異議ありとかやったりやらなかったりして。サイバンチョが尋問をして。証人を呼んで。裁判員も呼んだりして。無罪か、有罪か。有罪なら執行猶予を付けるか決めて。付けないか決めて。司法が腐ってるといっても、腐っても日本の司法さ。それだけの手続きを踏むんだ。しかし入院は『院長のおれが決めたんだ、文句あるか』ってわけさ。」


「し、しかし、措置入院なら、『二名』だ。二名の同意が必要じゃないですか。」


「わかってないな」

 島本氏はあきれた顔をしている。


「こんな病院だ。院長が措置入院の決定をしたとして、同じ病院の誰が、いちいち反抗するっていうんだ。『院長!私には彼が措置入院の必要があるとは思えません!拒否します!』なんて、話があると思うのか。『君たちも同意するね?いいね?』『はい』で決まりさ。万が一、百万が一、そんな反抗心あふれた若い精神科医がいたとしても、解雇して、『はい』という精神科医を雇えばいいだけの話じゃないか」


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