第11話 人は薬で駄目になる。
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誰かが僕を呼びかける声がする。
それも、そう感じているだけかもしれない。
僕は何かの薬を
誰かが、僕に何かを話しかけているようだった。
そして、誰かが僕を運んでいるらしかった。
何が何だか、わからなかった。
薄れゆく意識のなかで、誰ともわからない男が、僕に、にやりと悪夢のような笑みを見せた。それが僕の、記憶に残った。
次の記憶は、僕がベッドの上に横たわっていることだった。
それが何時のことなのか。いつのことなのか。わからない。
身体が全く動かない。
顔を横に向ける。病室には、誰もいない。誰もいない?なぜ?世界が終わったのか?この病院は廃病院になったのか。ずっと僕は悪い夢をみていたのだろうか。これも悪い夢なのだろうか。これが夢なら覚めたほうがいいのか。現実とは何なのか。僕が現実だと思えばそれが現実になる。だとするならば、僕は何を現実に選ぶのか。
病棟に男が入ってくるのが見えた。男は何事かをつぶやいた。
「しょうがねえな」とも、「仕方ねえな」ともつかない、けれど、そんな感情を伴った言葉だった。それで僕はその男に抱きかかえられた。そして、食堂の方へと連れてこられた。
そこでは大勢が飯を食っていた。たぶんいつものように糞の臭いがしていた、と思う。
朝飯を食っているのだった。皆。すると、朝か。朝、なのか。
長机に、みそ汁と、パンがあった。
僕はパンを食おうとして、手を伸ばした。ところが、そのパンの感触がおかしいのだ。「ぬめり」とした感触。
あれ?と思うけれど、何度パンを食おうとしても、「ぬめり」「ぬめり」という感触しかせず、掴むことができない。
「おい!」
僕の耳元ではっきりと聞こえた。
「おかしいぞ、おい、赤井、トウカ! おい、ナース!」
僕を名前で呼ぶのは島本氏か。
「赤井、お前が掴んでるのはパンじゃない。味噌汁だ!」
僕はパンをつかもうとしていたのに、味噌汁の中に何度も何度も、手を突っ込んでぐちゃぐちゃとやっていた。そのことさえも、自分では気が付かないのだった。
「ナース!何やってんだ!」
叫びが聞こえる。
「あ……、ぇ……ぁ……えぇ」
「いい……しゃべるな。ほら。拭け。無理か。仕方ねえな」
言われて、気が付いた。
僕は一切口をきくことができず、涎を垂れ流していたのだった。
その瞬間、わかった。
重い精神障害を持つ人は、「あう、あう」としか喋ることができない人がいるし、どこかで接したことがあることがある気がする。そういう人は、こうして「作られ」、僕はついに、彼らのようになったのだった。
そこでまた意識は途切れ、気付くと、また、長机にひとり、給食を食べられずに放課後残されている生徒のように、ひとり、たったひとり、パンと味噌汁を前にして、佇んでいるのだった。
それを見た看護師の男が、「まだ食ってるのか」と、僕を笑った。
僕はただ、何もしゃべることができず、口からこぼれる涎をぬぐうこともできずに、ずっと机に垂れ流し続け、水たまりのように溜まっていくのを呆然と見ていることしかできなかった。
僕は
こうして、
終わってしまうのか。
それから数日が過ぎた。
続
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