第16話 入院患者の「作業」「手芸」


 退屈。


 想像を絶するほどの、退屈さである。


 山奥の精神病院になど、面会に来てくれる者も、いない。

 SNSもなければ、iPhoneもない。携帯も使えない。

 手紙を出せるのかも、わからない。出そうと思っても、出す相手の住所がわからない。

 使えるのは、ナースステーション(詰め所)に設置された公衆電話。当然、金がなければ使えない。500円分のテレフォンカードが3000円。保管料や預かり料。手数料を合計すれば、そういう金額になるらしい。


「そういうもの」

「そういうものなのだ」

「ここでは、そういうものだから」


 そう考え、刷り込まれることが、この精神病院での生活での第一だった。

 「なんで500円のテレホンカードが3000円なんだ、おかしいじゃないか、ええ?」と詰め寄れば、「規則ですから」と答えられ、鉄格子の保護室に1週間放り込まれる。それが当たり前の生活だった。


 500円のテレホンカードが3000円なんて、わかりやすいけれど当たり前の話だった(東京ドームではビール1杯800円するのと同じ理屈か)。


 刑務所でいえば模範囚といったところの、真面目に生活している人たちは、2週間に1度、L字型の病棟の、角をすぐ出たところにある「売店」で食べ物を購入することが許された。


 見舞い患者向けの売店で、やはり並んでいるものは菓子類がほとんどであった。コーラ、チョコ、コーラ、チョコ、甘菓子。まんじゅう、大福、砂糖菓子。


 読者諸氏は刑務所の中の話を聞いたり読んだりしたことはないだろうか?僕は酒も煙草もやる人間だから、甘いものは食わない。その僕でさえ、売店に並んでいる、存在意義のわからない「砂糖でできた鯛のお菓子」を見てよだれをたらすのだから、こればかりは実際にぶち込まれなければ、わからない。刑務所の囚人が甘いものを欲しがる、というのは、全く事実なのだ。人間、水分やたんぱく質がなければ生きていけないように、糖分が必要なのだとはっきり自覚するのであった。睡眠、性欲、食欲と同じレベルで、「甘いもの」が必要だと。こんなことは、出勤途中のローソンやファミマで森永のチョコを108円で買える生活では絶対にわからないことである。


 そんな売店で売られているものには、ふざけたものも多かった。

 服と宝石。


 服は売店の外のハンガー掛けに並んでいるのだが、老婆が着るような意味不明の色をした、何年前からここに掛けられているのかわからないセンスの服。インナーかアウターかもわからない。ギラギラ安っぽい装飾が付いている、ババアが着ているような服。誰が買うんだと思ってタグをみれば、¥6,400などと付いているのだから呆れてものも言えない。何年も売れていなくて当然だと思えば、病院関係者に言わせれば、「この病院で唯一、黒字、大黒字なのはあの売店だよ」とのことなのだった。

 宝石など、くだらなすぎて見る気も起らなかったが、5桁の値札が付いているものがいくつもあった。「これをレジに持っていったら、レジのあの婆さんはどんなツラをするだろう」と思ったものである。主治医なら「君はまだまだ頭がおかしいな」と保護室に送ってくれるのだろうか、と。

 

 だから、あまりお金のない長期入院者。30年、35年患者などは、そもそも売店に行くことができない、行くお金もなければ、「素行が悪い」と「診察」されているからなのか、購入できる患者をとても羨ましがるのだった。

 コーラを5本も買って(もちろん、レジ袋なんて上等なものは存在しない)病棟に戻るものならば、すぐに集まってきて、「一口、一口」と来るのだった。それは一言でいえば、人間の悲しい性であった。砂漠で水を欲しがるのと同じ。それを知ってからは、僕もそんな、目立つような買い方はしなくなったし、一口だけ、と言われればいやだ、とは言えないものだった。



 日中することのない悲惨な僕たちのために、なんとか師の女性が、軽作業用の何かを持って病棟へやってくることがたびたびあった。それはたいてい「手芸」と呼ばれていたのだった。


 手芸というからには、手袋やセーターを編んだりするのだろうか。そんな思いで、食堂エリアにいるなんとか師(福祉関係の資格者)が、患者を集めて何かをしている様子を見に行ったことがあった。


「あら」

 というような、「珍しい方ねえ」「ここははじめてかしら」というようなことを言って、僕を参加させようとするのだった。


 僕は数枚の紙を渡された。それは算数や国語のドリル本をコピーしたものだった。1ページ20問ほどの問題が載っている。著作権はいいのですか、と聞こうとしたのだが、この自分のいる状況を考え、あまりにもばかばかしいのでやめた。


 それを渡して、「できるかな~」というようなことを彼女らは言うのだった。ほかの患者たちは、必死にそれに取り組んでいるのであった。


 例えば「開発」という漢字の読みを急いで書いたとしたら、何秒かかるだろうか。1秒かからないだろう。「日没」とか「布団」とかそういう問題が20問。


「やらせてください」

 というような顔で、僕はそれを受け取って、クレヨンのようなもので答えを書き始めた。1枚20秒かからなかったと思う。それを1分かからずに机にたたきつけてやった。「あら、わからないの、がんばって」というようなことを言われたと思う。

 しかしその全てに答えを書いているのを見て、その福祉士的な女性たちは顔色が変わっていったのを、よく覚えている。

 僕はその様子を見たかったから、やってみたのだった。漢検5級ほどの問題を解ける人間が、ここにいるなんて、というような驚いた表情で、「これ、合ってるの」「……え、どれ、どれ」「ちょっと、これ……」という仕草をしていたのだった。

 僕もその様子を見ることができただけで十分だったし、「郵便」という漢字の読みを書いたからといって、「どや」という顔をする気持ちなんか全くなかった。



 ……僕は何も言わず席を立ったのだが。


 ……ふと、恐ろしくなった。


 ……僕が「当たり前だ」と思って書いた答が

 「当たり前」の人達から見たら、すべて、でたらめなもので、

 それを解いた僕だけが「どうだ」という気持ちでいたのだとしたら。


 こんな恐ろしいことはないなと思った。


 それこそが、拘禁されることの恐怖。精神病院の恐怖。ホスピタリズム。


 僕は少しずつ、やっぱり自我を失い始めていたのだった。



 続




めちゃくちゃ
















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