小さな恋の芽生え
ランティウス達は武装し、多くの兵を引き連れて出立した。
そして王都から離れた野原に到着すると、ここを決戦の場に決めたのだ。
「偵察部隊は敵の正確な位置を把握したらすぐに戻れ。絶対に無謀な行動はするなよ」
アルベルドの指示を受け、数人の兵士が駆けていった。
それからまもなくしてその兵士達が戻り、ランティウス達の前で報告をする。
「敵、前方十数㎞ほどの位置で確認いたしました。あの進軍速度ですと、そう時間はかからないうちにこの場所へ到着するかと。そして視認出来る範囲で見た限り、当初の数から変わっていないようです」
「そうか、ご苦労だった。引き続き敵の動向に警戒をしていてくれ」
「はっ!」
偵察の兵は、ランティウスに一礼をしてからさがっていった。
「というわけだ。状況は悪くなっていないが、だからと言ってよくもなっていない」
「そのようですね」
ランティウスの隣に立ち、じっと何もない野原を見つめているリシュエルが答える。
その後ろにはカイザとロイも控えていた。
「リシュエル王子、改めてご助力感謝する。ただ、どうしても危険だと判断した場合は、遠慮なく退避してくれて構わないからな」
「そのようなことはしませんよ。私の後ろには、どうしても守りたい方がいますので」
「……あえてそれは誰とは今は聞かない。だがこの戦いが終わってから、詳しく聞かせてもらうからな」
「ええ。ちゃんとお話します」
無表情で見てくるランティウスに、リシュエルは真剣な表情でうなずいた。
それから数分後、地鳴りと共に魔族の群衆が姿を表した。
その途端、ランティウス達の空気がピーンと張りつめる。
馬上のランティウスはじっと向かってくる魔族を見つめ小さく深呼吸をすると、剣を鞘から抜き高々と掲げ上げた。
「全軍突撃!」
大きな声で言い放つと、それに呼応するように兵士達が鬨の声をあげて一斉に駆け出す。
リシュエルやカイザも、足に俊足の補助魔法を掛け、馬で駆けているランティウスについていく。
そうして中間辺りで両者が激突し、戦闘が始まったのだった。
◆◆◆◆◆
「……とうとう始まった」
誰からともなくそんな呟きがもれる。
そこは避難所として解放された城の一室で、ミリドリア学園の生徒達が中心に置かれた水晶玉を囲って視線を注いでいた。
なぜならそこには、今まさに戦闘が行われている映像が映し出されていたからだ。
そして初めて見る魔族の姿に、それぞれが驚愕の表情を浮かべる。
その中でセシルは、一人悔しそうな顔で水晶玉を見つめていた。
「俺も行きたかった……」
「仕方ないわよ。いくら魔力に秀でていても、貴方はまだ一年生なのだから」
「でも、俺だって戦えたはず」
「実戦経験のない私達が行っても、足手まといになるだけよ」
「くっ……」
マキアはセシルの肩に手を置き首を横に振ると、セシルは唇を噛んで黙った。
するとその時、ソニアが部屋の中に駆け込んできてキョロキョロと見回した。
「ここにもいらっしゃらない」
肩を落とすソニアの様子を不審に思い、セシルとマキアはソニアのもとに向かう。
「貴女……確かソニアさんでしたよね? どうかしたの?」
「マキア先輩! メリダ様を見かけられませんでしたか!?」
「メリダさん? いえ、見かけていないわよ?」
「そう、ですか……」
マキアの返答に、ソニアは明らかに落ち込んでしまった。
「メリダがどうかしたのか?」
「……いくら特待生の貴方でも、メリダ様を呼び捨てにするのは許せません!」
「あの女に、さんも付ける気はないな。それよりも、いなくなったのか?」
「……今は急を要しますので、貴方の言動はこの際置いておきます。それよりもメリダ様です! 実は学園から避難する時、混雑していたこともありはぐれてしまったのです。さすがにあの状況ではお探しすることが出来ず、城にくればお会い出来ると思い来てみたのですが……」
「どこにもいないのか」
「ええ」
暗い顔で沈むソニアを見て、セシルは険しい顔を浮かべた。
「ちっ、逃げ遅れている可能性があるな。仕方ない。マキア先輩、俺ちょっと学園へ探しに行ってきます」
「それだったら私が……」
「いえ、もしかしたら城のどこかにいるかもしれないので、ソニアと一緒にもう一度探してください」
「……分かった。でも無茶だけはしては駄目よ」
「分かってます。俺はシルビアと違いますから」
「……あの子は別格でしょう」
苦笑いを浮かべるマキアに別れを告げ、セシルは急いで学園に戻っていった。
学園に到着したセシルは、すっかり誰もいなくなり静まりかえっている校内を慎重に歩いていた。
「…………! ……」
セシルの耳に、わずかだが人の声が聞こえてきたのだ。
さらに神経を尖らせ、セシルはその声が聞こえた方に足を向かせる。
すると中庭の奥まった所にある茂みから、聞こえてきていることに気がついた。
すぐさまその場に駆け込むと、そこにはぽっかりと大きな穴が開いていたのだ。
「なんだこの穴は?」
戸惑いながらも穴を覗き込み、その中に向かって声をかけた。
「お~い。ここに誰かいるのか?」
「っ! いますわ!!」
穴に反響しながらも聞こえてきた声に、セシルはホッとしながらも呆れた表情を浮かべる。
「お前、こんな所で何をやっているんだ?」
「そ、その声は、セシルですわね! なぜ貴方がここに……いえ、今はそんなことどうでもいいですわ! 早くわたくしを助けなさい!」
「……なんだか助ける気が失せてきた」
「なっ!!」
見上げていた先で見えていた影が消え、メリダは驚愕の表情で叫んだ。
「お願い! 助けて!!」
「ったく……最初っからそう言えよ」
その声と共にセシルが、光の玉を浮かべながら穴に飛び込んできたのだ。
そして座り込んでいるメリダの隣に降り立った。
メリダは呆然としながら、セシルを見上げる。
セシルは不機嫌そうな顔でしゃがみこむと、メリダの状態を確認した。
「……怪我をしてるのか」
「……」
だがメリダはセシルの問いかけに答えず、ただセシルを見つめ続けていた。
「メリダ?」
「っ!」
メリダの様子を怪訝に思ったセシルが名前を呼ぶと、メリダはハッとし顔を反らす。
しかしその頬はほんのりと赤らんでいたのだ。
「一体なんなんだ?」
「な、なでもありませんわ!」
「じゃなんでこっち見ないんだ?」
「そんなのわたくしの勝手でしょう!」
「……よく分からん。それよりも、怪我の具合はどうなんだ?」
「怪我なんて……っ!」
顔を背けたまま立ち上がろうとしたメリダは、痛みに顔を歪め倒れ込む。
それをセシルが受け止めた。
「……足を怪我してるのか?」
「こんなの怪我のうちではありませんわ! は、離しなさい!」
「痛がっているくせに無理するな」
「痛がってなど!」
「いいから足を見せろ」
「え? きゃぁ!!」
セシルはメリダを座らせると、躊躇いもなくスカートを少し捲った。
その行動にメリダは驚き、赤い顔で慌ててスカートを手で押さえるがセシルは全く気にする様子はなかったのだ。
「……赤く腫れているな」
セシルはじっと足首を見つめそう呟くと、メリダの顔を見る。
「治癒魔法は使わなかったのか?」
「……使いましたわ。でも上手く発動しなかったのよ!」
「ふ~ん、なるほど。治癒魔法は苦手ってことか」
「うるさいわね!」
ムスッとした顔で横を向く。
そんなメリダを見て苦笑いを浮かべながら、セシルは足首に手をかざした。
そして意識を集中し、魔方陣を展開させたのだ。
「え?」
「俺もあまり得意じゃないが一応使えるからな。応急手当ぐらいの治癒をしておいてやるよ」
魔方陣から赤く腫れた足首に光が降り注いだのだ。
「それで、一体どうしてこんな状況になってたんだ?」
セシルは治癒をしながら、メリダに問いかける。
「……」
「自分から落ちたのか?」
「そんな訳ないでしょう! ただ……避難していた集団に押されて茂みに倒れたら、たまたまここを塞いでいた木の板の上に倒れてしまっただけですわ」
そのメリダの言葉にちらりと周りを見ると、確かに壊れた板が散乱していることに気がついた。
「……よく、この怪我だけで済んだな」
「咄嗟に風の魔法を使って身を守りましたから。だけど着地に失敗して足を挫いてしまったのよ。……その痛みのせいで上手く魔法が使えなくって、ここから抜け出せないでいたのよ」
「そうか」
メリダの話を聞きセシルはうなずくと、そのまま何も話さなくなった。
「……わたくしのこと、馬鹿になさらないの?」
「別に。確かにあの状況じゃ仕方ないからな。むしろ……気がついてやれなくてすまなかった」
「あ、貴方が謝ることなんてないわ! これはわたくしが……いえ、なんでもないわ!」
「……」
プイッと横を向いたメリダを見て、セシルはふっと笑ったのだった。
そうこうしているうちに腫れが引き、さらに赤みもうっすらと残る程度まで薄まった。
セシルは足首の様子を確認し、魔方陣を解いた。
「よし、とりあえずはこれでいいだろう。あとは城にいる治癒術師に診てもらえ」
「…………ありがとう」
「へ~お前でも謝れるんだ」
「あ、当たり前ですわ!」
ニヤリと笑ったセシルは立ち上がり、メリダに手をさしのべる。
その手をじっと見つめてから、手を乗せ立ち上がった。
「怪我の具合は問題ないようだな」
「もう大丈夫ですわ」
「だけど、この高さを登るのはまだキツイだろう?」
穴の上を見上げたセシルに続いて、メリダも見上げる。
するとメリダは難しい顔をして黙ってしまった。
そのメリダを見てセシルは小さくため息をつくと、突如メリダを横抱きに抱え上げたのだ。
「なっ!?」
「しっかり掴まっていろよ。さすがに人を抱えて使ったことないからな。落ちるなよ」
「な、何を!?」
驚き戸惑っているメリダを無視して、セシルは足元に意識を集中し魔方陣を展開させると、一気に飛び上がった。
そして壁を蹴るように次々と上に登り、あっという間に穴の外に出たのだ。
その間メリダは言葉をなくしたまま、唖然としながらセシルに掴まっていたのだった。
そんなメリダをゆっくりと地面に立たせ、今度は手を掴んだ。
「玄関に馬車を待機させてあるからそこまで歩くが、途中で転ばれても困るから俺の手に掴まっていろよ」
セシルはそう言って前を歩きだし、メリダは無言のままその後をついていく。
だがメリダは頬を赤らめ、セシルをじっと見つめ続けていたのだった。
◆◆◆◆◆
城の一室で部屋の主であるシルビアは、マリーと共に水晶玉を見つめていた。
そこにはリシュエル達が、魔族と戦っている映像が映っていた。
「……どうやら、優勢のようですね」
「そうみたいね」
マリーの言葉に、シルビアも緊張の顔を緩めた。
しかしその時、シルビアの表情は悲痛なものに一変したのだ。
「い、いやぁぁぁぁ!」
水晶玉を見つめながらシルビアは、両頬に手を当て悲鳴をあげたのだった。
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