身体能力検査
シルビアが入ったその部屋は窓もなく奥に長く広がった空間となっており、その両側の壁際には天井の真ん中から紐で吊るされた重りをそれぞれ持った、数人の若い騎士風の服を着た男女が間隔を開けて立っていたのである。
「……これは?」
「これが今から貴女に受けて頂く身体能力検査ですよ」
「そう、なのですか……」
「まず説明をする前にこれを腰に差してください」
そう言って先生がシルビアに木製の剣を手渡したのだ。
シルビアはそれを不思議そうな顔で受け取り、そしてじっとその剣を見つめた。
(……へぇ~ちゃんと本物の剣と同じような重さに作られているのですね)
そう内心で感心しながら言われた通りに腰に差したのだ。
するとそんなシルビアを先生はちょっと驚いた顔で見ていたのである。
「あら、貴女もしかして本物の剣を持った事があるのかしら? 今までのご令嬢は皆、その初めて持つ重さに驚いて腰に差すのも苦戦されていましたから」
「……少しだけですが持った事があります」
「そうなのね。なら他の方より少しは見込みがありそう。ではこれからやって頂く内容を説明するわね。まあやって頂く事自体はいたって簡単なのだけど、貴女にはあのスタート位置からあの奥の壁際までただ到達して頂ければいいのよ。ただし見て分かると思うけど、左右にいる先生方があの重りを振り子の原理を使ってランダムに投げるので、それを上手に避けながら奥まで進んでね。勿論無理はしなくていいわよ。無理だと思ったら途中でもすぐに棄権していいからね」
「……では、この剣はなんのために持つのですか?」
「ああそれは、女性でも剣を持って動く事が出来る身体能力があるか確認するためよ。勿論それを使用して避けても構わないけど……今までまともに使えたご令嬢はいないから無理に使わなくても大丈夫だからね」
「……分かりました。ちなみにそのお話からすると、ここは女子生徒専用の検査場なのですか?」
「ええそうよ。男子生徒の方は別の検査場所で剣の実技検査を受けて頂いているから」
「そうなのですか」
「まあ男子生徒は女子生徒と違って、幼い頃から基本の剣術を習う決まりになっているからね。そもそもスタートが違うから仕方がないのよ」
先生が苦笑いを浮かべながら説明し、シルビアは納得したようにうなずいたのだ。
「では準備が出来たらスタート位置についてね。行けるタイミングになったら手を挙げてくれればいいわ。そしたら先生方に合図を出すから」
「分かりました」
そうしてシルビアは先生から離れ指定されたスタート位置に移動した。
それを先生はじっと見ていると、静かに扉が開きそこから一人の中年の男性が入ってきたのである。
「よっ!」
「……ゴーランド先生、もう男子生徒の方の身体能力検査は終わったのですか?」
引き締まった体が着崩した騎士風の服の上からでも分かるほどの体格と高身長をした男性で、その頭は薄茶色のボサボサ髪を後ろで一つに束ねており、気だるそうな黒色の瞳でシルビアに説明をしていた先生の隣に立ったのだ。
そんなゴーランドを女性の先生は呆れた目で見ながら問い掛けると、ゴーランドは大きくあくびをしながらつまらなそうな顔で答えたのである。
「ああもう終わった。……まあ正確にはまだいるらしいが。どうも魔力量検査の方でトラブルが起きたらしくてな、次の男子生徒がくるのに時間がかかるらしい。だからちょっと暇潰しにこっちを見にきたんだ」
「……今年の男子生徒はどうですか?」
「ん~、全然駄目だね。全く話にならない男ばかりだった。あ~あのリシュエル王子みたいに歯応えのある奴現れんかな~」
「……あのリシュエル王子は特殊でしたから。そうそうそんな簡単に現れんませんよ」
「まあそうなんだけどさ……ん? あの女子生徒は……」
「あら、やはり気が付かれました?」
「……あの女子生徒、見た目は普通の令嬢に見えるが……多分かなりの手練れだぞ」
「実は私もそうなのではと思っていました。ですが、あの可憐な見た目でしたので正直確信が持てていなかったのです」
「まあそうだろうな。普通の奴ならあの見た目に騙されて気が付かないだろうさ。しかし……丁度いい時にきたな~。これは面白いものが見れそうだ」
ゴーランドはさっきまでの気だるさがなくなり、期待に満ちた表情でシルビアの検査が始まるのを待っていたのだった。
まさかそんな話をされているとは思ってもいないシルビアは、じっと検査場を見つめ大きく深呼吸をしたのである。
(さて……メリダ達が言っていましたし、気を付けながら頑張りますよ!)
そう意気込むとシルビアは静かに右手を挙げた。
「では始め!」
女性の先生の合図を受けシルビアは一気に駆け出したのだ。
そしてそれを見ていた先生方が、手前から順番に重りを高く持ち上げ勢いよく手放したのである。
するとその重りは振り子のように早い速度で揺れ動き、シルビアの行く手を阻んできた。
さらにその重りは其々で重さが違っており、一本一本の動きがバラバラであったのだ。
確かにそんな動きでは普通の令嬢にこれを抜けきる事は難しく、それでも無理して抜けようとした者は大概その重りが体に当たり痛みと恐怖でそれ以上進めなくなるらしい。
ちなみに重りには何重もの布が巻かれており、変な場所に当たらない限り大きな怪我にはならないように対策はとられていた。
シルビアはその激しく揺れる障害物を目で追いながら、速度を落とす事なく走り続けたのだ。
するとシルビアはひらりとまるで踊っているかのように、真剣な表情で次々と華麗にその障害物を避けていったのである。
そんなシルビアの様子を見て、重りを投げていた先生方は驚愕の表情で固まってしまった。
(……ん~これはそんなに難しい検査なのでしょうか? 正直この速度でしたら目で追えますし、これなら誰でも避けられると思うのですが……)
シルビアは次々と余裕で避けながらそんな事を考えていたのである。
「おお……あの嬢ちゃん全然余裕の表情だな。これは予想以上に凄いぞ!」
「ええ、本当にね。一応これまでの最高記録を出していたメリダ嬢の記録なんて余裕で超えてしまったわ」
ゴーランド達がそんな会話をしている中、シルビアはあっという間に駆け抜けもうすぐゴール地点に到着する所まできていたのだ。
しかしその時、一番最後の重りを持っていた先生がシルビアの凄さに呆然としていた事でその手から重りが滑り落ちてしまった。
実はその最後の重りは今までで一番重い重りだった事で、場合によってはとても危険な事になるため慎重にタイミングを見計らって投げなければいけなかった物だったのだが、完全にずれてしまっていたのである。
「危ない!!」
その落としてしまった先生は、顔を青ざめながらシルビアに向かって叫んだのだ。
何故ならそのままいけばシルビアの頭に直撃するコースだったからである。
その事に気が付いた他の先生方も慌てた声をあげ、その場が一気に騒然となってしまった。
そしてゴーランドも険しい顔ですぐさま走り出し、シルビアを助けようと急いで向かおうとしたのである。
しかしそんな周りが大慌てをしている中、シルビアは冷静に腰に差してあった木剣の柄を掴むと素早く引き抜き、振り向きざま迫っていた重りをその剣で弾き返してしまった。
するとその重りはそのまま勢いよく壁際に飛んでいき、そして大きな音を出して壁にめり込んでしまったのだ。
そのあっという間の出来事にシルビアを除くその場にいた人々は、唖然とした顔で壁にめり込んでしまった重りを見つめていたのである。
「はい、到着しました!」
そんな静まり返った部屋の中でシルビアの明るく元気な声が響き渡った。
シルビアのその声にハッとした先生方は、視線をゴール地点で木剣を再び腰に差しているシルビアに向けたのである。
「す、凄い……」
誰からともなくそんな声が口から漏れ出たたのだ。
そしてゴーランドも向かう必要がなくなった事でその場に立ち止まり、呆然とシルビアを見ながら同じ感想を持ったのだった。
するとシルビアは壁に埋まってしまった重りをちらりと見てから、申し訳なさそうな顔ですっかり揺れなくなった重りを避けながら元の場所に戻ってきたのである。
「すみません……壁を壊してしまいました」
「え? あ、い、いいのよそんな事気にしなくて。それよりも貴女に怪我がなくてよかったわ。だけど……まったく息があがっている様子はないみたいね。あのゴール地点まで結構な距離だったはずなのだけど……」
「え? あれぐらいで息があがるものなのですか?」
「え?」
驚いた顔でシルビアが問い掛けると、逆に女性の先生も驚いた顔で思わず聞き返してしまったのだ。
そして二人は驚いた表情のまま無言で見合ってしまったのである。
「く、くく、あははははは!」
そんな二人の様子を見てゴーランドは、おかしそうに腹を抱えながら笑い出してしまった。
「ゴーランド先生……」
「いや~悪い悪い……くく、まさかこんな面白いものが見れるとは思わなかったからな。つい我慢できなくてさ」
ゴーランドは目に涙を浮かべながら、まだ笑いたいのを堪えてシルビア達に近付いてきたのだ。
しかし女性の先生はそんなゴーランドを目を据わらせて見ていたのである。
「だからと言って笑いすぎですよ」
「すまんすまん! しかし……嬢ちゃんなかなかやるな~。もしかして誰か凄腕の剣士に師事していたのか?」
「……知り合いに腕の立つ方がいらっしゃったので、少し教えて頂いていました」
「へぇ~。そいつの名前はなんて言うんだ?」
「……すみません、何年か前の事だったので名前は覚えていないのです」
「そうか……いや~嬢ちゃんの剣筋が俺の知っている方とよく似ていたからちょっと気になってさ」
「知っていらっしゃる方に、ですか?」
「ああ、名前はアルベルド・リガリアって言うんだが聞いた事ないか? 王直属の近衛騎士団団長をされている方なんだが……」
その名前を聞きシルビアの表情は一瞬固まってしまった。
しかしすぐに表情を改め申し訳なさそうな顔で答えたのである。
「い、いえ……聞いた事ありません。そもそも私は辺境の出ですから、そのような方とお知り合いになれるはずがありませんので……たまたまだと思われます」
「ん~まあそうか、あの方は二十年ほど前に近衛騎士団の団長になられてから、ずっと王を守るために王城に勤めているからな。普通に考えてあり得ないか」
「……ちなみに、それほど有名な方なのですか? アルおじ……いや、アルベルド団長様は」
「そりゃ有名! 超有名な方だよ! その剣の実力は他を寄せ付けないほどで、一度戦場に出れば鬼神の如き戦いをされる方なんだぞ。そして俺の憧れの方だ」
「そ、そうなのですか……それは凄い方なのですね」
興奮した面持ちで語るゴーランドを見ながら、シルビアは愛想笑いを浮かべていたのであった。
(アルおじ様……そんな凄い方だったのですね)
シルビアはそう心の中で思いながら、豪快に笑う五十代ぐらいのガタイのいい男性の顔を思い出していたのだ。
実はシルビアはそのアルベルドに、幼い時から剣の稽古をつけてもらっていたのである。
アルベルドは最初、監禁されているシルビアをかわいそうに思い少しでも気晴らしになればという軽い気持ちで、シルビアの部屋に続く中庭でこっそり稽古をつけてあげていた。
しかし思った以上にシルビアには剣の素質があり、稽古をつければつけるほどぐんぐんと実力がのびていった。
そしてそんなシルビアの成長を見るのが楽しくなっていたアルベルドは、自分の知る限りの剣技をシルビアに教え込んでいたのである。
ちなみにシルビアに剣の稽古をつけている事をシルビアの家族に知られると、とても大変な事になるのが目に見えて分かっていたため、使用人も含めて全員でバレないように隠し続けていた。
だから今もランティウスはシルビアが剣を使える事を全く知らないのである。
こうして身体能力検査もちょっとしたハプニングが起こったが、とりあえず検査終了となり最後に簡単な筆記試験を終えてこの日の行程は全て終わったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます