クラス分け発表

 ある一室で数人の先生方が集まり、一つの机を囲んで話し合いをしていた。


「……では、この生徒は特待生クラスと言う事でよろしいですね?」


 一人の男性の先生が真面目な顔で一枚の紙を机の真ん中に置き、他の先生方を見回したのだ。

 すると他の先生方は揃ってうなずいてみせたのである。

 しかしその中で魔導師の服を着た初老の男性が、残念そうな顔で自分のアゴ髭を撫でていた。


「……本当は魔法科クラスに入れたかったのじゃがな~。そうすれば魔法に特化した生徒に育てられたものを……」

「それを言うならこちらだって騎士科クラスの方に入れたかったのですよ! あの生徒ならこの学園始まって以来の超一流騎士にだってなれたはずですから!」


 魔導師の服を着た先生の言葉に、騎士風の服を着た中年女性の先生が声を荒げたのである。

 そんな二人を見て眼鏡を掛けた切れ長の目の一人の男性が、眼鏡を押し上げながら静かに意見を述べたのだ。


「そんなクラスよりも学問科クラスに入れるべきだったと思いますが? この生徒の学力であれば、卒業と同時に余裕で王城に仕官出来るほど伸びる事でしょう。そしてゆくゆくは……上級官僚になるのも夢ではないかと私は思っています」

「いやいや! 魔法科クラスじゃ!」

「いいえ! 騎士科クラスよ!」

「いや、学問科クラスこそ相応しい!」


 そう三人は段々ヒートアップし椅子から立ち上がって言い合いを始めてしまった。

 さすがにそんな三人を見て他の先生方は困った顔でお互いを見合ってしまったのだ。

 そしてまとめ役をしていた先生がため息を吐きながら頭を抱えてしまったのである。

 するとその時、わざと大きな音を立てながら机の上に両足を乗せ、不機嫌そうな顔で椅子に深くもたれ掛かった男性がいた。


「あ~うるせえな~」

「ゴ、ゴーランド先生……」


 そのゴーランドの態度に三人は言い合いを止めてゴーランドの方を見たのだ。

 そんな三人にゴーランドは冷たい眼差しを向けた。


「そもそもなんでこの学園に、特待生クラスなんてものがあるのか理解していないのかあんたらは」

「そ、それは……」

「秀でた能力を持った生徒をあんたらみたいなのに潰させないためだよ」

「潰すだなど!」

「過度の期待は逆にその生徒を駄目にするだけだ」

「うっ!」

「だから特待生クラスは秀でた能力を持った者だけで構成し、それに見合った授業内容になっているんだろうが」


 そのゴーランドの言葉にすっかり三人は黙り込み、静かに席に座り直したのである。

 そしてその三人の様子を見てから、まとめ役の先生はごほんと咳払いをした。


「ゴーランド先生、ありがとうございます。ですが……足は机の上からおろしてください」

「あ~すまんすまん」

「……では、改めましてこの生徒は特待生クラスで異存はありませんね」


 周りの先生を見回しながらそう強く聞くと、さきほどよりもしっかりとした意思で全員がうなずいたのだ。


「では特待生クラスで可決致します」


 そう言い放つと、手に持っていた大きなハンコをその真ん中に置かれた紙にしっかりと押したのである。

 そしてその特待生の文字が大きく押された紙には、『シルビア・ドレッディア』の名が記されていたのであった。


  ◆◆◆◆◆


 能力検査から数日が経ち、ミリドリア学園の校舎前にクラス分けの表が張り出されたのである。

 するとその結果を見ようと大勢の生徒達が校舎前に集まっていたのだ。

 しかしその中で、一際大きな声をあげながら騒いでいる一人の女子生徒がいたのである。それはメリダであった。


「あり得ませんわ! わたくしがどうして魔法科クラスにされていますの!!」


 メリダは目くじらを立てながら大声をあげ、じっと張り出されているクラス表を睨み付けていたのだ。

 さらにメリダはその視線をずらし特待生クラスの方を向いたのである。


「何故特待生クラスには二人だけしかおりませんの? ……まあ男子生徒の方は、あの優秀な魔術師を多く輩出している『ヴィランデ家』ですので分からなくもありませんけど……女子生徒の方は『ドレッディア家』? 聞いた事もない家名ですわ! どうせどこかの田舎貴族の娘でしょう! だけどそんな女子生徒がわたくしを差し置いて特待生クラスだなんて信じられませんわ! きっとわたくしと間違えているに決まっていますわよ!」

「そうですわ! メリダ様が特待生クラスではないだなんておかしいですもの!」

「きっとミスですわ!」

「私……ちょっと今から先生に抗議して参ります!」


 三人衆が口々に言いだしメリダの怒りに同調しだした事で、さらに騒がしさが増したのだった。


「そもそもシルビア・ドレッディアって一体誰……」

「……私は特待生クラスですか」


 さらに言い募ろうとしていたメリダの耳に、そんな女子生徒の声が聞こえてきたのだ。

 メリダはすぐにその声のした方を見て驚愕の表情で目を見開いた。


「あ、貴女がシルビア・ドレッディアですの!?」

「え? あ、はい。私がシルビア・ドレッディアです。名乗るのが遅くなってしまいごめんなさい」


 驚いた声のメリダに困惑しながらも、シルビアは改めて名前を名乗り優雅に微笑みながらスカートの裾を摘まんで膝を折ったのである。

 そんなシルビアを見て周りの生徒達は惚けた表情になったのだ。

 しかしメリダはシルビアが特待生クラスに選ばれた事がどうしても納得がいかず、怒りの形相のままシルビアに詰め寄った。


「貴女! 一体どんな不正を致しましたの!!」

「え? 私が不正、ですか?」

「そうですわ! そうでなければ貴女などが特待生クラスに選ばれるはずがありませんもの!!」

「そう私に言われましても……ちなみにメリダさんはどこのクラスに……ああ、魔法科クラスなのですね。正直私としては魔法科クラスの方が集中的に魔法を教えて頂けるのでそちらの方が良かったのですが……」

「っ! 貴女、わたくしを馬鹿にしているのね!! そもそもメリダ『さん』? わたくしの事はメリダ『様』とお呼びなさい! この田舎貴族の娘が!!」


 さらに目くじらを立ててシルビアに食って掛かるメリダに、さすがのシルビアもどうしたらよいか困ってしまったのだ。


(ん~従姉妹相手に様を付けるのも変な感じでしたし、これから学友になる相手ですから親しみを込めてさん付けで呼んでみたのですが……どうも気に入らなかったようですね。さてどうしましょう……)


 何も言い返さないシルビアに、ますますメリダは怒りをあらわにしてきたのである。

 しかしその時、突然メリダが硬直したように動かなくなってしまったのだ。


「メリダ……さん? いや様?」

「べつにそいつ相手に様なんて付けなくていいぞ。正直呼び捨てでもいいぐらいだ」


 そんな声が聞こえシルビアは驚きながら後ろを振り返った。

 するとそこには不機嫌そうな顔でシルビアに近付きながら、手のひらの上に小さな魔方陣を展開させている男子生徒がいたのである。

 その男子生徒は深緑の髪に黄色い瞳をした整った顔立ちの男子だった。


「……貴方は?」

「俺はセシル・ヴィランデだ。お前と一緒の特待生クラスになる」

「まあ! 同じクラスの方なのですね。私はシルビア・ドレッディアです。これからよろしくお願いします。セシル、君……様?」

「君も様も要らない。俺の事はセシルと呼び捨てでいい。代わりに俺もお前の事をシルビアと呼び捨てるがいいか?」

「ええ、構いません。それよりも……メリダ……さんはどうかされたのでしょう?」


 シルビアはそう言いながらまだ苦悶の表情で固まっているメリダの方を見たのである。

 そのメリダの周りでは三人衆がアワアワと動揺していたのだ。


「あ、あ、ああ……」


 メリダはなんとか声を出そうと足掻いているようだが、言葉にはならないようだった。


「ああ、あれか。あまりにもうるさいからちょっと硬直魔法で動きを止めているだけだ」

「硬直魔法!? あれがですか! わぁ~話には聞いていましたが……本物を見るのは始めてです!」


 そう言ってシルビアは目をキラキラさせながら魔法を受けているメリダと、セシルの手のひらで展開している魔方陣を何度も見比べていたのである。


「……そんなに興奮する事か? こんな魔法誰でも簡単に……」

「簡単に使えるかもしれませんが、緊急時でない限り人に使うのはおすすめ出来ませんね」


 突然そんな声が聞こえると、すぐにパリンと壊れるような音と共にセシルの魔方陣が消滅した。

 それと同時にメリダの硬直が解けたのだ。


「なっ!?」


 セシルは消えてしまった魔方陣に驚き、何もなくなってしまった自分の手のひらを見つめてからすぐに声のした方に振り返った。

 するとそこには、手のひらに展開していた魔方陣を消していたリシュエルが立っていたのである。


「解除魔法か……ちっ、俺の魔法なんて余裕で解除出来るって事かよ」


 セシルは悔しそうな顔をしながら小さく舌打ちをして視線を反らせた。

 そのセシルの様子にシルビアは困惑の表情を向けていたのである。

 そんな中メリダは、悲痛な表情をしながらリシュエルの下に駆け寄っていったのだ。


「リシュエル様! 助けて頂きありがとうございます! わたくしとても怖かったですわ……突然あの男子生徒が何もしていないわたくしに魔法を掛けてきたのですもの……どうかあの者を罰してください!」

「……メリダ嬢。怖い思いをされた事は確かに同情致します。しかし……その前に貴女があの女子生徒に言われていた数々の言葉はさすがにどうかと思われますよ?」

「っ! ……聞いていらっしゃったのですの?」

「ええ。貴女は興奮されて気が付かれていなかったようですが、なかなか大きな声を出されていましたので……」

「わ、わたくしは本当の事を……」

「このクラス分けは先生方の厳正な審査の上で決まった事ですので、これが覆される事はありませんよ」

「……」

「それよりも私は、貴女が魔法科クラスを代表するほどの成績を出してくださると期待しているのですけどね?」


 リシュエルはメリダに向かってにっこりと微笑んでみせた。

 するとみるみるメリダの顔が赤らみ両頬を手で押さえて嬉しそうにしたのだ。


「リシュエル様がそれほどまでにわたくしを期待してくださっていただなんて……嬉しいですわ! 分かりました、わたくし魔法科クラスでトップになってみせますわ!」

「ふふ、期待していますよ」


 リシュエルはすっかり機嫌をよくしたメリダを見てから、今度はシルビア達の方に顔を向けたのである。


「さて、今年の特待生クラスに選ばれたセシル・ヴィランデ君とシルビア……ドレッディア嬢。私の名はリシュエル・フォン・サザール。特待生クラスを代表してお二人を歓迎しますよ」

「ありがとうございます。これからよろしくお願い致します」

「……よろしく、お願いします」


 突然話を振られて戸惑ったシルビアだったが、すぐににっこりと微笑みスカートの裾を摘まんでリシュエルにお辞儀をしたのだ。

 そしてセシルも仏頂面でありながら腰を折って挨拶をしたのである。


「そんな畏まらなくていいのですよ。これから同じ教室で勉強する仲間なのですから。さあ、特待生クラスの教室に案内しますので二人とも私についてきてください」

「あ、はい!」

「……ああ」


 そうして期待に胸を膨らませているシルビアとまだ不機嫌そうなセシルは、リシュエルに続いて校舎の中に入っていったのだった。

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