思い思われ
状況が飲み込めていないままのシルビアを伴い、エリス達は例の黒山の人集りに向かうことになった。
その途中ふとシルビアはエリスの顔を見てあることに気がついた。
「エリス先生、もしかしてお体の調子が悪いのですか?」
「え? どうして?」
「なんだか顔色が悪いように見えます」
「そ、そんなことないわよ? ほら、元気一杯よ!」
エリスはガッツポーズをして元気であることをアピールした。
「……そうでしたらいいのですが、あまり無理はなさらないでくださいね」
「ええもちろんよ。ありがとうね」
心配そうにしているシルビアにエリスはにっこり笑みを見せたのだった。
そうしてシルビア達は目的の場所に到着した。
「……一体皆さん何に群がっているのでしょう?」
目の前の大勢の人々を見てシルビアは呆気にとられていた。
しかしシルビアはその集団の顔ぶれを見てあることに気がついた。
そこにはちらほらと男子生徒も混ざっていたが、圧倒的に女生徒の比率が高かったのである。
「主に女性の方に人気なもののようですね」
「まあそうでしょうね」
シルビアの言葉にエリスがくすりと笑うと、セシルとロイに声をかけた。
「じゃあやるわよ」
「俺は構わないが……一体どうするつもりなんだ?」
「ふふ、そんなの簡単よ」
疑問を投げ掛けてきたセシルにエリスはニヤリと笑うと、大きな音をたてて手を叩きその集団の視線を集めたのだ。
「は~い注目!」
突然のエリスの行動に集団はもちろんシルビア達も驚きの表情でエリスを見た。
そんな皆を見てエリスはほくそ笑むと、セシルとロイを両手で指し示したのである。
「特待生であり魔術に秀でているこの二人、いつもは誰の相手もしないのだけれど……今日は特別にどんな方でも相手をしてくれるそうよ!」
「「はぁ!?」」
セシルとロイは同時に声をあげエリスを見た。
しかし集団はエリスの言葉を聞き目の色を変えたのだ。
「実はわたくし……密かにセシル様のこと気になっていましたの」
「あら、私はロイ様ですわ」
「確かにあの二人のどっちかと仲良くなれば、俺にとって都合がよさそうだ……」
「……あのお二方でしたら将来有望ですし、こちらであの方に勝つことや大勢の内の一人として粘ることよりも……あちらの方が可能性は高いわね」
そう口々に言い出すと目をギラつかせ一斉にセシルとロイを見てきたのだ。
「ひっ!」
「……まるで獲物を狙う野犬だな」
セシルとロイはその視線を受け顔を引きつらせながら一歩さがった。
「はい逃げないの!」
「ちょっ、離せ!」
「こんなの僕は聞いていない!」
「はいはい、文句言わないの。二人共協力してくれるんでしょ? この方法があの人数を引き剥がすのに手っ取り早いのよ。だからちょっとの間我慢してね」
そうにっこりとエリスが言うと、二人をその集団の方に押しやった。
するとまるで砂糖に蟻が群がるかのように二手に分かれながら、大移動がおこったのだ。
そうしてあっという間に二人はそれぞれ囲まれてしまったのだ。
二人はその状況にうんざりした顔をしながらも、仕方ないと諦めたのかその集団を引き連れて離れていった。
「ふふ、いい子達ね。シルビアちゃん、あとであの二人にはちゃんとお礼を言ってあげてね」
「えっと……お礼を言うこと自体は全く構わないのですが、そもそもこれはなんのためになされたことなのでしょうか?」
「それはもちろん、あの子を救うためよ」
「あの子?」
不思議そうな顔でエリスが見ている先に視線を向けたシルビアは、目を見開いて固まってしまった。
なぜならそこには、戸惑いの表情で去っていた集団を見ているリシュエルがいたからだ。
それもその姿は普段の白い制服ではなく、濃い青色を基調とした高貴な身分の者が着る正装に身を包んでいたからである。
「っ!!」
そのあまりにもリシュエルに似合っている姿にシルビアは思わず見とれ、同時にそのただよう雰囲気はやはり王太子なのだと改めて実感した。
するとリシュエルは視線をシルビアの方に移した。
「っ!!」
シルビアの姿を目にしたリシュエルは、息を詰まらせじっとシルビアのことを見つめてきた。
そうして二人は暫し時間の流れを忘れ、お互いを見つめ合ったのだ。
「シルビア……」
「リシュエル様! わたくしを置いてどこに行かれるおつもりですか?」
シルビアに近づこうと一歩足を踏み出したリシュエルの腕に、絡むように抱きついてきたのは、赤い豪華なドレスがよく似合っているメリダであった。
その後ろにはいつもの取り巻き三人衆もいてメリダを応援していた。
リシュエルはひき止めてきたメリダを見て困った表情を浮かべる。
「メリダ嬢……」
「リシュエル様、ようやくあの邪魔な人達がいなくなったことですし、これからはわたくしと二人で楽しみましょう?」
そう言ってシルビアに見せつけるようにリシュエルを見上げ、色気のある笑みを浮かべた。
(公爵令嬢であるメリダさんと王太子であるリシュエルさん……身分的にもお似合いなお二人です。そう、身分を偽っている私などよりもずっと……)
その二人の様子を見てシルビアは辛そうな顔でうつむいてしまった。
エリスはそんなシルビアを見て複雑そうな表情を浮かべると、顔をメリダの方に向けたのだ。
そしてにっこりと魅惑的な笑みを浮かべるると、そのままメリダに近づき手を差し出した。
「メリダちゃ~ん、よかったらあたしと踊らない?」
「え? ……まあ! エリス先生ですの!? いつもとはだいぶ印象が変わられていたので気がつきませんでしたわ!」
声をかけられたメリダは最初、相手がエリスであると認識できず不機嫌そうな表情を向けていたが、すぐにエリスだと気がつくと目を見開いて驚いたのだ。
「今日はせっかくの場ですもの、皆にあたしのもう一つの魅力を見せつけてあげようかと思ったのよ。どう? 似合うかしら?」
「とてもお似合いですわ!」
「ふふ、ありがとう。ねえ、それであたしの誘いは受けてくれないの?」
「それは……」
困った表情でメリダはリシュエルとエリスを交互に見る。
「メリダちゃん、あたしと踊れるのはとてもレアなことって知ってるかしら?」
「え?」
「実はあたし……滅多に踊らないことで有名なの。そんなあたしから誘われたんだもの、きっと皆から羨望の眼差しを向けられるわよ?」
「羨望の眼差し……」
その場面を想像したのかメリダの顔が緩んだのである。
エリスはだめ押しとばかりに男の色気たっぷりの微笑みを浮かべ、リシュエルの腕に掴まっていたメリダの手をそっと離すとその手に口づけを落とした。
「っ!」
「これでもあたしの誘いは受けてくれないの?」
「わ、わかりましたわ! エリス先生のお誘いお受けいたしますわ!」
「ありがとう。じゃあさっそくいきましょうか。ああ、貴女達もよかったら一緒にきなさいな」
メリダの手と腰を取り歩きだしたエリスは、戸惑いの表情でたたずんでいた三人衆に声をかけ一緒に連れていったのである。
その去り際、呆然としていたシルビアにエリスはウインクを飛ばし、声を出さずに口だけを動かして伝えた。
『頑張りなさい』
そうして去っていくエリス達を見ていたシルビアの側に、リシュエルがそっと近づいた。
「シルビア」
「っ! リシュ、エルさん……」
声をかけられたことで肩をビクッと震わせながら、横に立ったリシュエルを見上げた。
リシュエルはそんなシルビアをじっと見つめ、ふっと嬉しそうに微笑んだのだ。
その瞬間、シルビアの心臓は飛び出しそうなほど大きく跳ねたのである。
「ようやく貴女の側にいけた」
「え?」
「本当はすぐにでもシルビアのもとに行きたかったのだけど、なかなか抜け出すことができなかった。……シルビア、少し場所を変えて話をしようか」
そう言うなりリシュエルは、シルビアの腰に手を回し歩くように促したのである。
「え? え? リシュエルさん?」
戸惑いの声をあげるが、リシュエルは気にする様子もなくそのままシルビアを連れて歩いていったのだった。
リシュエルに連れられシルビアは広間から出てバルコニーに移動した。
そこには他に人はおらず心地のよい夜風が頬を撫でていた。
シルビア達は手すりに近づき夜空に浮かぶ月を二人で眺めた。
「……綺麗ですね」
「ああ」
そのまま暫し無言で月を見つめていたが、リシュエルがシルビアの方に体を向けた。
「シルビア」
「あ、はい」
名前を呼ばれシルビアは慌ててリシュエルの方に向き直った。
するとリシュエルが真剣な眼差しで見つめていることに気がつき、なんだか落ち着かなくなったのである。
「そ、それでお話はなんでしょう?」
「……それを話す前に先に言わせてほしい。シルビア、そのドレス貴女にとても似合っていて可愛いよ」
「っ!」
リシュエルの褒め言葉を聞きシルビアの顔が一気に赤く染まった。
シルビアは熱くなった両頬を手で押さえ、慌てて顔を反らしてにやけてくる顔を悟られないようにした。
(他の方々が私の姿を褒めてくださった時とは比べ物にならないほど嬉しいです! ですが、さすがにこのような顔リシュエルさんにお見せできません!)
しかし一向に顔のにやけが収まってくれる気配がなかった。
シルビアはリシュエルの様子が気になり確かめるようにチラリと見ると、そのリシュエルは目を細め愛しそうに見つめてきていることを知った。
その瞬間、シルビアの心臓がさらに早鐘を打ち始めたのだ。
(な、なんだかリシュエルさんの様子がいつもと違います!)
リシュエルの様子に、シルビアは本格的に落ち着かなくなってきた。
するとその時、リシュエルがシルビアの髪を一房すくいそこに口づけを落としてきたのである。
「なっ!?」
唐突なリシュエルの行動にシルビアは困惑する。
そのシルビアを見てリシュエルはふわりと微笑んだのだ。
「貴女のことが好きだ」
「…………え?」
突然のリシュエルの告白にシルビアの思考は停止し、呆然とした顔でリシュエルを見つめた。
するとリシュエルはシルビアの髪を離し今度は頬を優しく撫でてきたのだ。
「っ!!」
ハッと気がついたシルビアは慌てて離れようとしたが、すでにリシュエルが腰に腕を回していたため離れることができなかったのである。
「リ、リシュエルさん、は、離してください!」
「嫌だね。私の話を聞いてくれるのだろう?」
「お、お聞きますとは言いましたけど、この体勢でお聞きするとは聞いておりません!」
そう言い激しく動揺しながらリシュエルの腕から抜け出そうとしたが、リシュエルは全く離す気などなかった。
「貴女に私の気持ちを聞いてほしくてここに連れ出したからね。それなのにここ最近のように逃げられては困るから。だから離さないよ」
「っ……さきほどの言葉は本当なのですか? 冗談ということは……」
「私が冗談でこんなことを言う人だと思う?」
「……いえ、思いません」
スッと真剣な表情に変わったリシュエルを見て、シルビアは否定の言葉を述べた。
「ではシルビア、貴女は私のことをどう思っているのかな?」
「え? わ、私は……」
リシュエルの問いかけにシルビアは言いよどみうつむいてしまった。
しかしその顔をリシュエルが強制的に持ちあげた。
「貴女の気持ちが知りたい」
「っ! ……わ、私、も…………リシュエルさんのことが、好きです……」
そう告白した途端、リシュエルは嬉しそうにシルビアの体を抱きしめた。
「シルビア! 貴女の様子からそうではと思うようにはなっていたけど、ちゃんと言葉にして聞くことができてよかった! ああ、これで私達は恋人同士だね」
「恋人ですか!?」
リシュエルを見上げ真っ赤な顔で目を見開いた。
「なぜそんなに驚くんだ? 好きあっている者同士なのだから、恋人関係になるのは自然な流れだと思うが?」
「そ、それはそうかもしれませんが…………私は辺境伯爵の娘です。リシュエルさんとは身分的に相応しくありません」
悲しそうな顔でそう告げたシルビアを、リシュエルは再び強く抱きしめてきたのだ。
「リシュエルさん!?」
「身分のことを気にしているのなら問題ないよ」
「え? それは一体……」
「シルビア王女」
「なっ!!」
優しい声でシルビアを見ながら王女と呼ぶリシュエルに、驚愕の表情を浮かべ驚きの声をあげたのだった。
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