闇の呪い
すぐにランティウスは主要人物だけを密かに集め城の会議室に移動した。
そこにはあの現場にいたリシュエル、さらに近衛騎士団長のアルベルド、魔法省の所長ソーニャそしてランティウスだ。
ランティウスは全員の前に立ち真剣な表情で話し始めた。
「状況はみなに事前に知らせた通りだ」
「……陛下、本当にあのエリスがおひいさんを攫ったのか?」
いまだに信じられないといった顔でアルベルドが問いかけた。
「ああ、私の目の前でエリスが転移魔法を使いシルビアを連れ去った。その場にいたリシュエル王子も見ていたからな、間違いない」
「くっ、私がすぐに動いていれば……」
リシュエルは悔しそうな顔で拳を握った。
ちなみにリシュエルはここにくる前、シルビアがランティウスの妹であることを知っていたと話している。
「それは私も同じだ。だが今後悔していても仕方ない。それよりもこれからどうするかが重要だ」
ランティウスの言葉にリシュエルは握っていた手をほどいて、真剣な表情で頷いた。
「それでソーニャ、お前に聞きたいことがあるのだが」
「あ、はい。なんでしょう?」
「エリスが転移魔法を使えることを知っていたか?」
「いえ、私も今回初めて知りました。エリスが魔法省勤めをしていた時も、そのようなこと一度も聞いたことがありません」
「そうか……では、エリスが我々を裏切っていたということも知らなかったのだな」
「……はい。エリスは昔からあの性格でしたし、人当たりもよくそのような素振りなど全くありませんでしたので……」
魔導師の服を着た黒髪の男性であるソーニャが暗い顔で落ち込んだ。
するとその時、部屋をノックする音の後に一人の男性が入ってきた。
「遅くなり申し訳ありません」
男性は白い長髪を後ろで結び眼鏡をかけていた。
「ラウロア、生徒達は無事帰ったか?」
「はい。陛下のご指示通りに舞踏会を終了致しまして、さきほど全員が帰ったのを見届けました」
「そうかご苦労だった。しかしすまないな、本当は宰相であるお前がするような仕事ではなかったのだが」
「いえ、ことがことだけにここは私が動く方が最善かと」
宰相のラウロアは首を横に振りランティウスのもとに近づいた。
「それよりも陛下、予想なされた通りに陛下の執務机の上にこれが……」
そう言ってラウロアは懐から一枚の封筒を取り出しランティウスに手渡した。
「やかりそこにきたか」
ランティウスは封筒を受け取ると、すぐに中身を取り出し確認した。
するとみるみるうちに表情が曇り目を据わらせたのだ。
「……ちっ、だからシルビアを攫ったのか」
「ランティウス王、一体何が書かれていたのですか?」
ランティウスの様子にリシュエルは不安そうな顔で問いかけた。
「この手紙によると……シルビアを助けたくば、私の命とさらにこの国をも引き渡すよう要求してきた」
手紙の内容を聞きその場が騒然としだした。
さらにリシュエルは困惑の表情で聞き返したのだ。
「ランティウス王、一体どこの者がそのような要求をしてきたのですか?」
「それは…………」
◆◆◆◆◆
エリスに連れ去られたシルビアは、薄暗い地下牢に閉じ込められていた。
(……ここは一体どこなのでしょう? 窓が無いため外の様子がわからないですし、なんだか空気も淀んでいるような感じがします)
シルビアは牢屋の中に置かれていた簡易ベッドに腰掛け部屋の中を見回すが、これといってこの場所を示す物が見当たらなかった。
諦め頬杖をついたシルビアは、小さなため息を吐きながらじっと固く閉ざされている鉄格子を見た。
(多分解除の魔法を使えばここから出られるのかもしれませんが……出られたとして外がどうなっているのかわかりませんし、それに……エリス先生とちゃんとお話がしたいです!)
そんな思いがありシルビアはおとなしく牢屋の中にいたのだ。
(……リシュエル、きっと心配しているでしょうね)
あの別れ際でのリシュエルを思い出し、シルビアは辛い気持ちになる。
するとその時、シルビアの耳に階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
ハッとした顔で階段の方を見ると、パンとスープが乗ったお盆を持ってエリスが下りてきたのだ。
エリスは真っ黒なローブに身を包み表情は暗かった。
「エリス先生!」
シルビアは咄嗟に立ち上がり鉄格子に駆け寄った。
しかしエリスはシルビアの方を見ようとはせず、鉄格子のわずかに開いている場所から持っていたお盆を中に入れ隣接している机の上に置いた。
「……口に合わないかもしれないけど食べてね」
そう言うとエリスは、そのままもと来た道を戻ろうと後ろを向いた。
「エリス先生待ってください!!」
慌ててシルビアは鉄格子から手を出しローブの端を掴んだ。
「……シルビアちゃん離して」
「嫌です!」
「お願いよ」
「絶ぇぇぇ対嫌です!! 先生が私とお話してくれるまで離しません!」
「……」
両手でしっかりと掴み離さないシルビアにエリスは大きなため息をついて振り返ると、優しくその手を掴み離した。
「エリス先生……」
「わかったわ。それに貴女には、ちゃんと説明してあげないといけないわよね」
悲しそうな笑みを浮かべたエリスは、足元に魔方陣を展開させ牢屋の中に転移した。
するとシルビアが目を輝かせながらじっとエリスを見ていることに気がついた。
「シルビアちゃん?」
「あの時は動揺していたのでしっかりと見れませんでしたが、それが転移魔法なのですね!」
シルビアは状況を忘れて興味津々の顔でエリスを見上げた。
そんなシルビアの様子にエリスは一瞬目を見張るが、すぐに頬を緩ませ笑顔を見せたのだ。
「ふふ、シルビアちゃんたら」
「……うん! やっぱりエリス先生は笑っている方がいいです」
笑っているエリスを見てシルビアが嬉しそうに笑った。
「もう、貴女には敵わないわ」
苦笑を浮かべながらシルビアを簡易ベッドにまで促し、並んで座った。
「さて、何から話そうかしら」
「……どうして私を攫ったのですか?」
「それはシルビアちゃんがランティウス様の妹だからよ」
「え!?」
シルビアは驚きの声をあげてエリスを見た。
「そもそもあたし、ランティウス様の指示でシルビアちゃんの護衛をするためにミリドリア学園の教師になったのよ。もちろんシルビアちゃんにはバレないようにと言われていたわ」
「そう、なのですか……お兄様、クロードも護衛として付けてくださっていたのですから、そこまでしていただかなくてもよかったのに……」
「ふふ、それほど貴女のことが大事だったってことよ」
呆れた表情を浮かべたシルビアに、エリスは優しく微笑む。
しかしその顔がすぐに曇った。
「そんなランティウス様やシルビアちゃんを、あたしはずっと裏切っていたのよ」
「……何か理由がおありなのですよね?」
「ねえシルビアちゃんは、あたしがもともと庶民の出だと知っているわよね?」
「はい。セシルにお聞きしました」
「だけど……あたしが孤児だったってことは知らないでしょ?」
「え!?」
シルビアは驚きの表情でエリスを見たのだが、エリスはそんな反応をするとわかっていたようでただ笑み浮かべていたのだ。
「まあ知らないのも当然でしょうね。こんな話をしたのは貴女が初めてだから」
「そうなのですか……」
「ああもうそんな顔しないで。話しづらくなっちゃうわ」
「……すみません」
「いいのよ。それでね、まあよく田舎ではある話なんだけど、家が貧しかったことでまだ子供だったあたしは山に捨てられたの。ああもちろん捨てた両親のことは恨んでないわよ。だってあたし自ら捨ててと頼んだから」
「どうしてです?」
「あの時あたしが家を出なかったら、まだ幼い弟が捨てられてしまうところだったの。だから何度も謝ってくる両親に笑って別れを言ったわ。その代わり弟はちゃんと育ててあげてと約束したのよ」
なんてことのないようにエリスは笑う。
「それでねあたし、捨てられた山であてもなく歩き回っていたんだけど……運悪く野生の肉食獣に出くわしちゃったの。そしたらね、食べられそうになった恐怖からか無意識に魔法を発動したのよ。それが生まれて初めて使った魔法だったわ。さらに言うなら、あたしその時まで自分が魔法を使えるなんてこと知らなかったのよ」
「やはり自分では魔法が使えるかどうかわからないのですね」
「まあそうね。それにあたし、庶民だったから魔力が備わってるとは思いもしなかったのよ。基本的に魔力は貴族が有するものだから」
「確か昔から貴族は何よりも血筋を重んじていたため、貴族同士の婚姻を続け魔力の衰退を抑えているのですよね?」
「ええそうよ。ちゃんと授業内容を覚えているのね。えらいわ」
エリスはシルビアの頭を撫でて褒めてあげた。
シルビアも褒められたことで照れ笑いを浮かべる。
「話を戻すけど、その時発動した魔法の力を見ていた者があたしの前に現れたの……」
「エリス先生?」
急に暗い表情に変わったエリスを見て、シルビアは不思議そうな顔を向けた。
「その相手がね……魔族だったのよ」
「…………魔族? え!? 魔族って本当に存在していたのですか!? 私、物語の中に出てくる空想の生き物かと思っていました!」
「魔族は現実にいるわよ。ただあまり表舞台には現れないだけ。逆に言えば裏で暗躍してるとも言うわ」
「暗躍?」
「世界各国であっという間に国が滅んだり国同士の大きな戦争が起こったりするのは、実は魔族が裏で関わっていることが多いのよ」
「そうなのですか!?」
「だから魔族は、自分の駒になるような者を常に探しているの。特に魔力の多い子供が一番操りやすいのよ」
「ま、まさか!」
「ええ、そのまさかよ。あたし、その魔族に捕まって育てられたの。駒としてね」
「なっ!!」
シルビアは唖然とした顔でエリスを見つめた。
「そうしてある程度成長したあたしは、その魔族の指示で人間社会に紛れ込みこの魔法の力でどんどんと名を上げて、とうとう王族であるランティウス様の信頼を得たの」
「どうしてそのようなことを?」
「このライデック王国を乗っ取るためよ」
「なんですって!?」
「このライデック王国って昔から魔法国家として有名でね。代々魔力の強い王侯貴族が多く住んでいる国だったの。だから魔族も迂闊に手が出せないでいたみたい。だからあたしが送り込まれたのよ。内部から壊すためにね」
「……その手段が国王であるお兄様の妹で、王女ある私を攫うことなのですね」
「そうよ。あのランティウス様が妹姫を溺愛しているのは有名な話だったからね。貴女を人質にするのが最も効果的なのよ。だからランティウス様の指示で、貴女の護衛をするために教師として学園に潜り込めたのはチャンスだと思ったわ。さすがに四六時中守りが厳しい城の中では手が出せなかったからね。もうすでに要求書はランティウス様に送ってあるわ」
「……」
エリスの話を聞き、シルビアは何かを考えるように黙りこんだ。
「シルビアちゃん?」
「それなら先生、どうして私と接触してからすぐに私を攫わなかったのですか? いつでも攫うタイミングはあったと思いますよ?」
「それは……」
「先生、もしかしたら私を攫うのを迷ってらしたのでは?」
「……」
シルビアの問いかけにエリスは視線を反らせた。
その様子を見て、シルビアは嬉しそうに顔をほころばせたのだ。
「やっぱりエリス先生はお優しい方ですね!」
「なっ!? 何を言ってるのよ! 全然あたしは優しくないわ! だってこうして貴女を攫ったのよ!」
「それは何か訳があったからですよね?」
「わ、訳なんて……」
「私、先生のこと信頼していますから」
「うっ……」
真剣な表情で見つめてくるシルビアにエリスは言葉を詰まらせた。
そしてエリスは小さなため息つくと、自嘲気味に笑った。
「そんなんじゃないわ。貴女が信頼してくれるようなできた人間じゃないわよ。ただ自分の命が大事なだけの最低な人間なんだから」
「それは一体?」
すると突然エリスはローブを脱ぎ、その下に着ていた上着をはだけさせ左胸をあらわにした。
「それは!?」
そこには真っ黒な蔦が複雑に絡み合う痣があった。しかもよく見ると、その痣はうごめいているように見える。
「闇の呪いよ」
「闇の呪い?」
「魔族だけが使える呪いの魔法なの。これは魔族に捕まった時にかけられた魔法で、あたしの心臓に深く絡み付いているの。もし歯向かったり逃げ出そうとしたら心臓を潰されてしまうものなのよ」
「なっ!」
「貴女も見たでしょ? あの舞踏会の時にあたしの顔までこの蔦が伸びていたの。あれは呪いが発動していた影響よ。あたしがシルビアちゃんを攫うのを先伸ばしにしていたから、とうとう業を煮やして最終通告の意味で発動させられたのよ。まあ了承の意を示したら止めてくれたけど。貴女も……城から出ずあたしなんかと出会わなければ、こんなことにはならなかったかもしれないのにね」
「エリス先生……」
「世間があたしを大魔導師と呼んで称えてくれるけど、実際は死ぬのを怖がっているただの臆病者よ」
「そんなことありません!」
突然シルビアは立ち上がるとエリスの前まで移動し、その両手を掴んでじっとエリスを見つめた。
「エリス先生が今まで成し遂げてきた偉業は先生だからこそですし、それによって救われた方がいらっしゃることも揺るぎない事実です! さらに言わせていただきますと、私は先生と出会ったことを後悔などしておりません!」
「シルビアちゃん……」
しっかりと手を握って真剣な顔で訴えてくるシルビアを呆然と見ていたエリスは、キュッと唇を噛みしめるとその場で立ち上がりシルビアをその胸に抱き寄せた。
「貴女って子はもう!」
「エ、エリス先生!?」
直接頬に感じる意外と引きしまった胸板に、さすがのシルビアも動揺を隠しきれないでいた。
そんなシルビアを愛しそうに見つめていたエリスは、シルビアの両肩に手を置いて体を離しにっこりと笑った。
「決めたわ! シルビアちゃん、貴女をここから逃がしてあげるわね!」
「え!?」
エリスの申し出にシルビアは驚きの声をあげたのだった。
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