王女の力
「エリス先生! そんなことをされては先生の身が!」
「あたしのことは気にしなくていいのよ。今は貴女を逃がすことの方が大事なんだから」
「いえそれは!」
「大丈夫、大丈夫。気がつかれないようにするから」
「そういうことでは……」
「ほら、あまりゆっくりはしていられないわ。あいつらが様子を見に来るかもしれないから。だからその前に逃げるわよ!」
そうエリスは言うと、戸惑っているシルビアを再び抱きしめ足元に魔方陣を展開させた。
しかし魔方陣が浮き上がる直前、突然エリスが胸を押さえて苦しみだしたのだ。
それと同時に魔方陣も消えた。
「っ!」
「エリス先生!!」
エリスは青い顔でうずくまりそのまま床に倒れてしまった。
そんなエリスをシルビアは慌てて抱き起こしたのだが、その顔には黒い蔦が広がっていたのである。
「なっ!?」
驚きの声をあげながら開けたままのエリスの左胸を見ると、心臓がある部分から四方に大きく蔦の痣が広がっていたのだ。
その胸をエリスは押さえながら荒い息づかいを繰り返していた。
「くっ……どう、やら……あたしが……反抗的な……行動を、したら……呪いが発動……するように…………されていた、ようね」
「そんな!」
エリスの言葉にシルビアは悲痛な表情を浮かべる。
そんなシルビアにエリスは、泣き笑いのような顔でシルビアの頬を優しく撫でた。
「……ごめん、ね……シルビアちゃん……どうやら、あたし……ここまでのよう、だわ……」
「な、何を言われるのです!」
「さすがに……っ、この状況、までなれば……もう……無理だと……わかるわ…………せめて貴女を、逃がして……あげたかった……けど……魔法……使えない、みたい……ごめんね」
「エリス先生!」
どんどんと蔦が広がり顔色が悪くなっていくエリスを見て、シルビアは焦りだした。
するとシルビアは呪いの中心部分である左胸に視線を向けじっと見つめると、口を引き結びその部分に右手をかざしたのである。
「シルビア、ちゃん……何を……するつもり……なの?」
「先生は無理だとおっしゃいましたが、一か八か回復魔法を使ってみます!」
「無駄、よ……この呪いは……あたしが、どんな魔法を使って……みても、解けなかった……のだから」
「そのようなこと、やってみなければわかりません! 私が……絶対に先生を死なせたりしませんから!」
そう強い口調で言うとシルビアはエリスを床に横たえさせ、両手を呪いの場所にかざすと意識を集中させた。
すぐに魔方陣が展開すると、そこからエリスの体に向かって光が降り注いだのだ。
「無理…………え?」
諦めさせようとしたエリスは、急に体の苦しさが和らいできたことに気がついたのだ。
そして戸惑っているエリスの体からどんどんと蔦が消えていったのである。
そうしてあっという間に全身に広がっていた蔦は左胸の痣一カ所だけに縮小され、とうとうその痣も綺麗に消えてしまった。
それと同時にエリスの苦しみもすっかりなくなったのである。
痣が完全になくなったことを確認したシルビアは、ホッとした顔で魔方陣を解き手をどかした。
エリスは呆然としながらゆっくりと上体を起こすと、自分の左胸を見て目を見張った。
「嘘……」
影も形もなくなってしまったことに、エリスは信じられないものでも見たかのような顔でシルビアを見た。
「エリス先生、どこか痛いところはありますか?」
「い、いえ……むしろとても快調だわ」
「それはよかったです! それで……呪いの方は?」
エリスは自分の左胸に手を置き目を閉じた。
しかしすぐにハッとした顔でシルビアを見た。
「ない、わ……呪いが完全に消えてしまっているわ! え? シルビアちゃん、本当に回復魔法を使ったの? 何か別の魔法を使ったとか?」
「いえ、エリス先生に教わった普通の回復魔法ですよ?」
「そんなはずは……ああそっか、シルビアちゃんが使う回復魔法だものね。普通なわけなかったわ」
「?」
何か納得のいった顔をしたエリスを、シルビアは不思議そうな顔で見た。
そんなシルビアを見てエリスはフッと笑うと、はだけたままの胸元を直した。
「シルビアちゃん、貴女はあたしの命の恩人だわ。ありがとうね」
「えっと……ではもう先生が死んでしまわれることはない、と言うことですか?」
「ええそうよ。まあ先のことはわからないけど、少なくとも今はこの呪いによって死ぬことはなくなったわね」
「っ! ……よかったです!!」
エリスの言葉を聞きシルビアは顔をほころばせ、その胸に向かって飛びついた。
「ちょっ、シルビアちゃん!?」
「よかった……本当によかったです!!」
シルビアはエリスの胸に顔を押し付け嬉し涙を流す。
「シルビアちゃん……」
泣いて喜んでくれるシルビアをじっと見つめていたエリスは、その体をぎゅっと抱きしめた。
その突然の行動にシルビアの涙はピタリと止まり驚きながら顔をあげようとしたが、エリスが頭を押さえてくるのであげることができなかったのである。
「エリス先生?」
「…………はぁ~リシュエルに遠慮なんてするんじゃなかった」
「え? リシュエルがどうかされたのですか?」
「……ううん。なんでもないわ」
そう言うとようやくシルビアを離し、二人は立ち上がった。
「さて、じゃあもうここに用はないから、さっさと逃げましょうね」
「……」
「どうしたの? シルビアちゃん」
「……エリス先生、お聞きしたいのですが、エリス先生に闇の呪いをかけて縛り付けていた魔族はここの上にいるのでしょうか?」
「え? ええいるわよ。だから気がつかれないうちに逃げようと……」
「では、私をその魔族のもとまで連れていってください」
「は? ……はぁぁぁ!?」
シルビアの発言にエリスは驚きの声をあげたのだ。
「な、何を言っているのよシルビアちゃん! ま、まさか本気じゃないわよね?」
「いえ、本気です」
「馬鹿なこと言わないの! せっかく逃げられるチャンスなのに、わざわざ敵の懐に飛び込むなんて!」
「それでも私、行きたいのです。何故なら……」
「何故なら?」
一度言葉を止めたシルビアを不思議に思い、その顔を見ると笑みを浮かべたまま瞳に怒りの炎を宿していたのだ。
「エリス先生にこんな酷いことをした魔族を、私は許せないのです!」
「いやいやシルビアちゃん、その気持ちはとても嬉しいけどさすがに危険すぎよ! あたしは連れていけないわ」
「そうですか……では私一人でいくことにします」
「ちょ、ちょっと待ってシルビアちゃん! そもそも貴女は牢屋に閉じ込められているのだから、一人ではいけないわよ!」
「いえ、あの鉄格子ぐらいでしたら解除の魔法で開けられます」
「あ、そう言えばそうだったわね」
あのメリダ誘拐事件の時にシルビアが解除の魔法を使っていたことを思いだし、なんともいえない表情を浮かべた。
「エリス先生は危ないので隠れていてくださいね。すぐに終わらせてきますから」
そう言ってシルビアが鉄格子に手をかざしだした。
しかしその手をエリスが慌てて掴んで止めた。
「ま、待ちなさい! くっ、わかったわよ。貴女一人だけで行かせるわけにはいかないもの、あたしが連れていくわ。ただし絶対無茶だけはしては駄目よ!」
「それはもちろんわかっていますよ。エリス先生……ありがとうございます」
そうしてすっかり諦め状態のエリスによる転移魔法を使って、シルビア達は牢屋から抜け出したのだった。
◆◆◆◆◆
石造りの壁に覆われた一室に異形な姿の者達が集まっていた。
その者達はまるで爬虫類のような顔と頭には角が生えており、一応服は着ているが大きな手と足と尖った爪が目立つ。
さらに全身は黒く固い皮で覆われていて、どう見ても人間とは別の生き物であった。
顔の作りは個によって違っているが、全員魔族と呼ばれる者達である。
その中の一人、明らかに他の魔族より体が大きい魔族が椅子に座って楽しげにお酒を飲んでいた。
そこに小柄の魔族が手を擦り合わせて近づいてきた。
「さすがライザ様! これであの難攻不落と呼ばれていたライデック王国を手に入れられますね!」
「うむ。時間はかかったがオレが見つけて駒にしたあの人間、ようやく役に立った。まあ本当はもう少し早くに連れてこいと言っていたのに、あの野郎……のらりくらりと話をはぐらかして一向に連れてこようとしないから、己の立場をわきまえさせてやったんだ。お前の命はオレが握っているんだとな」
そう言ってライザと呼ばれた魔族はニヤリと笑い左の手のひらを上に向けると、そこにまるで心臓のような形の炎が揺らめいて現れた。
「くく、この闇の呪いがあるかぎりあいつは絶対にオレを裏切れない。まあ万が一裏切ろうとしても、すぐに呪いが発動する仕掛けはしてあるがな」
するとその時その炎が大きく揺らめきだし、そして眩しいほどの光に包まれたかと思った次の瞬間、跡形もなく炎が消え去ってしまったのだ。
「なっ!?」
その突然の出来事に、ライザを始め他の魔族達も呆然とした顔で固まってしまった。
「ラ、ライザ様、一体なにが?」
「オレにもさっぱりわからん」
ライザは手をおろし難しい顔で考え込む。
「……おい、念のためだ地下牢に閉じ込めてあるあの王女の様子を見てこい」
「あ、はい!」
ライザの命を受け小柄な魔族が慌てて部屋から出ようと駆け出した。
しかしその行く手を阻むように魔方陣が床に現れ、ゆっくりと浮上しだしたのである。
その様子を部屋にいた魔族全員が目を見開いて見入った。
そうしてその魔方陣から現れた人物達を見て、ライザは目をつり上げたのだ。
「エリス! お前、オレの許可なくこの部屋に入るなとあれほど言っただろう! それもその女を一緒に連れているとはどういうことだ!」
何故ならそこには、エリスと一緒にシルビアも立っていたからだ。
エリスはライザの怒声にビクッと一瞬肩を震わせた。
そのエリスに気がついたシルビアは、安心させるように肩に置かれていたエリスの手を優しく撫でてあげた。
「エリス先生、大丈夫ですよ」
「シルビアちゃん……」
「おい、オレの質問に答えろ! 何故その女を牢屋から出した! 答えによっては呪いを発動させるぞ!」
ライザは怒鳴りながら椅子から立ち上がり、エリスに向かって手をかざす。
するとシルビアが一歩前に足を踏み出し、にっこりと微笑んだ。
「エリス先生にかけられていた闇の呪いはもう解きました」
「な、なんだと!? そんなはずはない! あれは人間ごときが解ける魔法じゃないんだぞ!」
「そう思われるのでしたら、どうぞ発動させてみせてください」
「い、いいだろう。どうせはったりだろうがな。まあそれに、そろそろ使い勝手の悪かったお前を処分するつもりでいたから丁度いい。エリス、この女をここに連れてきたことを後悔して死ね!」
そうライザが叫ぶと同時に、かざしていた手に魔方陣を展開させた。
しかしすぐにその魔方陣は消えてしまったのである。
「何故だ? くっ、もう一度だ!」
だが何度試してみても魔法が発動することはなかったのである。
「ね? 本当のことでしたでしょ?」
「……女、お前は一体なんなんだ!」
「私はただの学生です」
「そんなはずはないだろう!」
「それならただの王女?」
「そう言うことではない!」
首を傾げてきょとんとしているシルビアを見て、ライザは憤慨した。
「ちょっ、ちょっとシルビアちゃん!」
「ああごめんなさい。そろそろ本題に入りますね」
「……本題?」
目を据わらせているライザにシルビアはにっこりと微笑んだ。
「私……とっても怒っていますので、あなた方を徹底的に潰させていただきますね」
そう言ってシルビアは両手を掲げ持ち、それぞれに魔方陣を展開させたのだった。
◆◆◆◆◆
連日ランティウス達は城に集まり話し合いを続けていた。
「アルベルド、まだシルビア達の居場所は見つけられないのか?」
「すまない陛下、俺の部下達を秘密裏に動かし探させているが、これといって手がかりが見つかっていない」
「そうか……」
「魔法省の方でも、探索魔法に優れた者を各地に行かせ探させているのですが……」
「特に成果は出ず、か」
「すみません……」
ソーニャは申し訳無さそうに頭をさげた。
「ラウロア、お前の方はどうだ?」
「はい。エリスの経歴を確認しましたところ、幼少期から青年期までのある期間が不明になっていることがわかりました」
「……おそらくその期間に魔族と接触していたのだろう」
ラウロアは持っていた資料をランティウスに手渡した。
「くっ、シルビアの居場所さえわかればすぐにでも助けにいくのだが!」
「リシュエル王子、その気持ちは私も同じだが無闇に動いてシルビアの身に何かあっては意味がない」
「……そうですね」
「一応クロード達『黒い雷鳥』も動かして四方を探させている。だが……昔から魔族はなかなか人前に出てこないからな。厳しいかもしれん」
「ランティウス王……」
「シルビアを助けるためなら私の命など惜しくはないが、しかし私はこの国の王。国民を守る義務がある。魔族などに国を渡すことなどできない! しかしそれではシルビアが……」
ランティウスは辛そうな顔で机に両手をつきうつむいた。
そんなランティウスを見てその場にいる者は誰も声をかけられなかった。
するとその時、部屋の角で光を放ち魔方陣が現れた。
「なんだ!?」
アルベルドが驚きの声をあげながらも腰に差していた剣を抜き、ランティウス達を背にかばう。
ソーニャもすぐに手をかざしいつでも魔法を撃てる体勢をとった。
さらにリシュエル達もそれぞれ戦闘体勢に入りながらじっと魔方陣を見つめた。
そうしている間に魔方陣は浮き上がり、その場にシルビアとエリスが揃って現れたのだ。
突然の二人の出現にリシュエル達は呆然とする。
そんなリシュエル達に向かってシルビアはにっこりと笑った。
「ただいまです」
そう言って皆に向かって手を振ったのだった。
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