帰還
まるでちょっとした旅行から帰ってきたような明るさのシルビアとは対照的に、後ろに立っているエリスは何故かとても疲れきった顔をしている。
しかし突然の二人の登場に、その場にいる者は誰も動くことができないでいた。
そんな皆の様子を見てエリスは、魔方陣を消しながら呆れた声でシルビアに話しかけたのだ。
「ねえシルビアちゃん、やっぱり転移先をここにしない方がよかったんじゃない?」
「そうですか? でも早く皆さんに私達の無事な姿をお見せした方がいいかと思いましたので」
「まあ、それはそうかもしれないけど……」
そう言ってエリスはちらりと皆の様子を伺い見た。
するとその視線を受けてハッと意識を戻したリシュエルが、慌ててシルビアのもとに駆け寄った。
そしてエリスから引き剥がし距離をとると、その胸に抱き寄せた。
「シルビア! 無事でよかった!」
「っ! リ、リシュエル、あの、ここで抱きつかれるのはちょっと恥ずかしいのですが……」
「ああ、本当にシルビアだ! ちゃんと抱きしめられる!」
そう言いながらリシュエルは、シルビアをさらに強く抱きしめてきたのだ。
シルビアは顔を真っ赤に染めリシュエルの胸の中で身じろぐ。
するとそんなリシュエルの肩にポンと手が置かれた。
リシュエルが振り向くとそこには、にっこりと黒い笑みを浮かべているランティウスが立っていたのだ。
「リシュエル王子、シルビアの無事を喜んでくれることは大変ありがたいが……べつに抱きしめなくてもいいのではないのか?」
ランティウスの体から冷気が漂う。その気配に気がつき、リシュエルは慌ててシルビアを離した。
すると今度はランティウスがシルビアを優しく抱きしめた。
「シルビア……本当に無事でよかった」
「お兄様……」
「ひどい目にあってはいなかったか?」
「ええ大丈夫です。どうやらエリス先生が、私の知らない所で守っていてくださったようなのです」
ランティウスはエリスの存在を思いだし、鋭い視線を向けながらシルビアを後ろに庇った。
「エリス……」
さらにリシュエル達も険しい表情でエリスに警戒をする。
エリスはその視線を受け、苦笑いを浮かべながら両手をあげた。
「大丈夫よ、何もしないから。このまま大人しく捕まるわ」
その言葉を聞きシルビアは、慌てて両者の間に躍り出た。
「待ってください! エリス先生には事情があったのです!」
「シルビアちゃん、庇ってくれなくてもいいのよ。あたしが仕出かしたことはそれほどのことなのだから」
「嫌です!」
シルビアは大きく頭を横に振った。
するとランティウスが怪訝な表情でシルビアに問いかけてきた。
「……事情? それは闇の呪いと関係があるのか?」
「そう言えばあの時お兄様は、エリス先生の呪いに気がついておられましたよね」
「ああ、昔城の書庫で闇の呪いが書かれていた書物を読んだことがあったから。だがそれにはそこまで詳しい内容は書かれていなかった」
「でしたら私が説明いたします。エリス先生、構わないですよね?」
「いいけど……わざわざ説明しなくてもいいのよ?」
「いえ、きっちりと説明させていただきます!」
そうしてシルビアは、連れ去られてからの経緯やエリスの呪いついてを詳しく説明した。
さらに諦めた様子のエリスも話の補足をしたのだ。
「……なるほど、話はわかった。だが、エリスの呪いがなくなりもうこちらを裏切らないとしても、その魔族どもは別の方法で仕掛けてくる可能性はまだあるということだろう? ならばこちらから先に仕掛けるべきだな」
ランティウスは難しい顔で呟き、アルベルドに視線を向ける。
するとアルベルドはランティウスを見ながら頷いた。
「すぐにでも部隊を派遣し、その魔族どもをアジトごと壊滅させてきますよ」
「ああ頼む」
「相手は魔族ですので、魔法省の方から優秀な者をそちらに同行させましょう」
「それはありがたい」
アルベルドとソーニャはそのまま細かい話し合いをしだした。
そこにリシュエルが近づき進言した。
「その討伐作戦に私も参加させて欲しい」
「リシュエル王子が? そりゃ確かにリシュエル王子が加わってくれるのであれば心強いが……」
「私はシルビアを狙ったその魔族達をどうしても許せないのです」
「……」
真剣な表情を向けてくるリシュエルを見て、アルベルドは何かを察した。
「……おひいさん、いい相手を見つけたじゃねえか」
フッとアルベルドは笑い小さく呟いた。
「それじゃお言葉に甘えてよろしく……」
「あ~話の腰を折るようで申し訳ないけど、もうそこの魔族は壊滅してるわよ。それもアジトは跡形もなくなくなっているわ」
エリスが右手をあげなんとも言えない表情で発言をした。
するとその言葉を聞いてシルビア以外が、驚きの表情でエリスを見た。
そのままリシュエルはエリスに問いかける。
「エリス先生、それは本当のことなのですか?」
「ええ本当のことよ」
「ではエリス先生が魔族を?」
「いいえ、あたしじゃないわ」
そう言ってエリスはきょとんとしているシルビアに視線を向けた。
その瞬間、皆は驚きの表情のまま一斉にシルビアを見た。
「え? まあ確かに怒りが収まりませんでしたので、親玉の所にこらしめには行きましたけど?」
「行きましたけど? って軽く言ってるけどシルビアちゃん、あれだけ暴れられればそりゃ壊滅もするわよ」
シルビアに呆れた表情を向ける。しかしそれでもシルビアは、意味がわからないといった様子だった。
「本当にシルビアが? 一体そこで何があったのですか?」
信じられないといった様子で、リシュエルはエリスの方を見る。
それに答えるようにエリスは、シルビアの大暴れっぷりを語ったのだった。
「そ、そうだったのですか。……正直、まだ半信半疑な所はありますが……まあシルビアですからね」
「そうよ、シルビアちゃんだからよ」
二人は何か納得した顔で頷き合ったのだ。
そんな二人を、シルビアの実力の知らないランティウス達は困惑の表情を浮かべて見ていた。
しかしランティウスはすぐに気を取り直し、一つ咳払いをして鋭い眼差しをエリスに向ける。
「話は大体わかった。シルビアのいう通りエリスにはやむ得ない事情があったのだな。だが……それでもエリスのしたことは許されることではない」
「お兄様!」
「シルビアは黙っていなさい」
抗議の声をあげようとしたシルビアを、ランティウスは鋭く制した。
いつもの優しい兄の顔ではなく王の顔をしていることに気がついたシルビアは、それ以上口を挟むことができなくなったのだ。
「ランティウス様、あたしは逃げも隠れもしないわ。受けるべき罰は甘んじて全て受け入れるつもりよ。たとえこの命が尽きるとしてもね」
「そうか……ならばこのまま捕らえる、と言いたい所だが、今までの功績やエリスの事情も考慮し、エリスには監視付きでしばらく行動制限をかけるだけにとどまろう」
「え!?」
予想もしていなかった軽い罰に、エリスは驚きの声をあげたのだ。
そのエリスの様子を見て、ランティウスはニヤリと口角をあげた。
「そもそもエリスがシルビアを攫ったことは、まだごく一部の者しか知らないからな。まあどうとでもなる。それにもし投獄などしようものなら、確実にシルビアに嫌われてしまうしだろうし…………友人としてもできればそうはしたくない」
「ランティウス様……」
「だが状況が状況なだけに何もなしとはいかない。悪いが監視と行動制限はかけさせてもらうからな」
「ええ構わないわ。……ありがとうございます」
「感謝はシルビアに言え。シルビアが止めなければ、王女誘拐及び王を脅迫の罪で処刑は免れなかっただろう」
エリスはランティウスの言葉を聞き、改めてシルビアの方に体を向けた。
「シルビアちゃん、本当に貴女はあたしの命の恩人ね。呪いの件も今回のことも……ありがとう」
「エリス先生! 頭をあげてください!」
深々と頭をさげてくるエリスに、シルビアは慌てて頭をあげさせた。
そしてシルビアはエリスの手を両手で握りしめ、目に涙をためて喜んだ。
「本当に、本当によかったです!」
「っ! ……シルビアちゃん」
潤んだ瞳で見上げてくるシルビアを見て、エリスは沸き上がる衝動を抑えつけるのに必死になっていた。
(くっ、なんて可愛らしいのかしら! 正直このままもう一度転移魔法で連れ去って、誰にも見つからようにしたいわ!)
そんな黒い想いが渦巻いているエリスに気がついたのか、リシュエルがシルビアの腰に腕を回し引き剥がした。
「え? リシュエル?」
シルビアは何故引き剥がされたのかがわからず、戸惑いの表情で後ろにいるリシュエルに振り返った。
しかしリシュエルは険しい表情でじっとエリスを見ていたのだ。
するとそんなリシュエルを見てエリスは、苦笑いを浮かべて一歩さがる。
「大丈夫よ。心配しなくても何もしないから」
「……」
それでもリシュエルはまだエリスに警戒を解こうとしなかった。
そんなリシュエルの様子にエリスも黙り込み、二人はしばし無言で見つめ合っていた。
その時シルビアはというと、リシュエルに後ろから抱きしめられた状態のまま、訳がわからないといった顔でキョロキョロと二人を見ていた。
結局ランティウスが二人の仲裁に入りシルビアをリシュエルから引き剥がすと、とりあえずこの場は解散となったのだ。
その後エリスは魔族に関しての様々な情報を話すために城に残り、リシュエルは一旦学園に帰っていった。
そしてシルビアはと言うと……学園に戻れずランティウスによって城に引き留められていた。
何故ならランティウスが、まだ他にもシルビアを狙ってくる者が現れるかもと警戒したからだ。
正直大丈夫だからと説得して学園に帰ろうかともシルビアは思ったが、さすがに今回ランティウスにひどく心配かけてしまったためしばらく城に残ることにした。
(今はお兄様のために大人しく城にいますが、そのうち学園に戻るためお兄様の説得頑張らなくてはいけませんね!)
シルビアは一人そう力強く決意したのだった。
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