襲来
学園には暫く休学するという連絡を入れ、シルビアは暇な時間を城の中で過ごしていた。
ただ前の監禁生活とは違い移動範囲が、城内の一部までと広げてもらえていた。
だからシルビアは、この機会にと今まで行くことが出来なかった図書室に入り浸っていたのだ。
そして今日も図書室に行くため、マリーと共に廊下を歩いていたのだが、なんだか城の様子がいつもと違うことにシルビアは気がついた。
「ねえマリー、今日は何かあるのかしら?」
「いえ、私は何も伺っておりません」
「でも……さきほどから、慌ただしく走っている人を見かけるのよね。特に衛兵の方々を」
「なんでしょうね……」
するとシルビアの目に、ある人物が映ったのだ。
「まあ! リシュエルがいらっしゃってるのね!」
久しぶりに見た恋人の姿に、シルビアは目を輝かせて嬉しそうに顔を綻ばせる。
そんなシルビアを、マリーは微笑ましく見ていたのだ。
しかしリシュエルの表情を見て、不思議そうに小首を傾げた。
「どうしたのでしょう?」
そう呟き、険しい表情のリシュエルが廊下の向こうに消えていくのを見ていた。
「シルビア様の部屋に行かれるのであれば、あちらは反対方向なのですが……何かあったのでしょうか?」
マリーも同じ方を見ながら怪訝な表情を浮かべる。
シルビアはじっと見えなくなった廊下の先を見つめ、そして歩きだした。
「シルビア様?」
「リシュエルが気になるので、様子を見に行きます」
「あ、待ってください」
スタスタと歩くシルビアを、マリーは慌てて追いかけたのだった。
リシュエルは部屋の前に立ち、その扉を静かに叩いた。
「入っていいぞ」
中から入室の許可がおりたので、ゆっくりと扉を開けて中に入っていった。
「リシュエル王子、わざわざ来てもらってすまないな」
「いえ」
中にいたランティウスに、リシュエルは答える。
その部屋は小会議室となっており、そこにはランティウスをはじめアルベルド、ソーニャ、他にも隊長クラスの騎士が数名とさらにはエリスも集まっていた。
リシュエルは全員の顔を見回し、そしてランティウスに話しかける。
「それでランティウス王、お聞きしたあれは本当なのですか?」
「ああ」
ランティウスはうなずくと、ちらりとアルベルドを見た。
するとアルベルドが険しい表情で頭を掻き、話し出したのだ。
「王国周辺を警備していた者からの報告を受けて、すぐに俺の部下を現地に派遣したんだが……状況はあまりいいとは言えなかった」
「と言われるのは?」
「数が尋常じゃなかった。それにパッと見でも分かるほどの、上級な個体が何体かいたらしい」
「……それは本当に魔族だったのですか?」
「ああ、間違いない。ソーニャ、あれを見せてやれ」
「分かりました」
ソーニャはうなずくと、懐から水晶玉を取り出し机の真ん中に置く。
そして手をかざすと、水晶玉の下に魔方陣が展開した。
その途端、水晶玉の中に映像が映し出されのだ。
そこには様々な姿の魔族が群れをなしている。ざっと見積もっても、五百はいるだろう。
リシュエルはその様子に目を瞠った。
「これは確かに状況はよくないですね。……やはりこの王都に向かって来ているのですか?」
「脇目も振らずに一直線に向かって来ている。とりあえず進路上にある村や街には避難指示を出しておいたが、多分家屋や農作物に被害が出るだろう」
「出来ればそちらも守りたいのですが……厳しいですね」
「ああ……」
ランティウスは辛そうな顔で返事を返す。それは他の皆も同じであった。
「それで、この魔族の目的は一体なんなのでしょう? 滅多に姿を現さない魔族がこのように、それも大群で現れるのは異常なことだと思われますが?」
「……エリス、お前は何か知っているか?」
「ん~恐らくだけど、シルビアちゃんがあたしを縛っていた魔族の集団を壊滅させたのが関係しているのかも」
「……やはりそうか」
複雑な表情を浮かべたエリスに、ランティウスもなんとも言えない表情を浮かべる。
「多分逃げ延びたか、なんらかの方法で伝えた魔族がいたんだと思うわ。あたしがアジトにいた時、どこかの魔族と連絡を取り合っていたのを見たことがあったから」
「ならばこれは、奴等の報復行動と考えていいだろうな」
そう言ってランティウスは、もう一度水晶玉の映像を見た。
「それでランティウス王、どうされるのですか?」
「それは無論、王都に到着する前に迎え撃つ」
「この数を?」
「まあ無謀だと思うだろうな。だが逆に考えれば、これほどまでの数が集結した今、奴等を壊滅までに追い込むチャンスだと考えている」
「……なるほど」
「しかし相手は魔族だ、そう簡単にはいかないだろう。だからリシュエル王子、貴方を呼んだんだ。本来隣国の王太子でもあるリシュエル王子には、真っ先に避難してもらうのが筋なのだろうが……すまない、手を貸してくれないか?」
ランティウスの問いかけに、リシュエルは真剣な表情でうなずいた。
「ええもちろんいいですよ。私もそのつもりで来ましたから。それに……この国には守りたい人がいますからね、絶対食い止めてみせます」
「ありがとう。それは私も同じだ。王としても国民全てを守らなければ」
「ではさらにカイザとロイにも、戦力に加わるよう指示しておきます」
「それは助かる」
「あ、もちろんあたしも手を貸すわよ。もうなんの憂いもないんですもの、思いっきりやらせてもらうわ!」
頬に手を添えエリスはにっこりと黒い笑みを浮かべた。
「頼りにしてるからな」
「任してちょうだい!」
「でしたら私も戦います!」
突然扉が開き、大きな声でシルビア言い放ったのだ。
「シルビア!?」
リシュエルは驚きの声を上げて扉付近に立つシルビアを見る。
しかしシルビアはそんなリシュエルににっこりと微笑みかけると、ランティウスの方に顔を向けた。
「お兄様、私も一緒に行きますから」
「いやシルビア、さすがにそれは駄目だ」
「どうしてです? 私が原因でこのような事態になったのですし、私が行くべきだと思いますよ?」
「お前が責任を感じる必要はない。それに、前とは比べ物にならないほどの魔族の数だ。危険すぎる」
「ですが!」
険しい顔で首を横に振るランティウスに、シルビアはさらに言い募ろうとした。
するとそんなシルビアのもとに、リシュエルが近づいていった。
「シルビア、お願いだ。貴女はここで私達の帰りを待っていてほしい」
「リシュエル……」
「必ず勝って、シルビアのもとに帰るから」
「……」
真剣な表情で見つめてくるリシュエルに、シルビアは言葉を続けることが出来なかった。
そのまま二人は黙って見つめ合っていると、目を据わらせたランティウスが間に割って入ったのだ。
「……学友同士仲がいいのはいいが、今はそんな場合ではないだろう?」
ランティウスはシルビアを抱きしめ、リシュエルの側から引き離した。
そして扉付近で待機していたマリーに声をかける。
「マリー、事態が落ち着くまでシルビアを部屋から出さないように」
「……畏まりました」
「マリー!」
真面目な顔つきでマリーがうなずいたのを見て、シルビアは抗議の声を上げた。
しかしマリーは顔色を変えず、ランティウスからシルビアを受け取り退出するように促したのだ。
「マリー! ちょっと待って、まだ話が……」
「シルビア、私達のことは心配しなくていいからね。全て終わらせて帰ってきたら一番に貴女に会いに行くよ」
マリーに腕と腰を引かれているシルビアに、リシュエルは優しく微笑みそんな言葉をかける。
そしてゆっくりと扉を閉めたのだった。
「リシュエル!」
「シルビア様、皆様のお気持ちを察してあげてください」
「マリー……」
「いくらシルビア様がお強くても、もしものことがあってはと心配されているのです。どうかここは、皆様のお気持ちを汲んでお部屋でお過ごしください」
「……分かったわ」
真剣な表情のマリーにシルビアは小さくうなずき、大人しく自室に向かって歩きだす。
だがピタリと立ち止まり振り返ると、固くしまっている小会議室の扉を見つめる。
「無事に帰ってきてください」
そう呟き、今度こそ歩きだしたのだった。
◆◆◆◆◆
「ああ、そんな慌てなくても大丈夫だから」
学園の玄関前広場で、カイザが大きな声を出しながら生徒を誘導させている。
他にもセシルやロイなど特待生クラスのメンバーも、同じく誘導作業に加わっていた。
ランティウスが王都中に避難指示を出し、避難場所として城を解放したのだ。
だから学園の生徒も全員城に向かうことになった。
そんな中、特待生クラスのメンバーはリシュエルの指示で、教師と一緒に避難誘導に回っているのだ。
するとそんなカイザのもとに、マキアが駆け寄ってきた。
「カイザ先輩! こちらは全て避難終わりました」
「ああマキア嬢、ご苦労様。こっちももうすぐで終わる所だ」
「次はどこを手伝いましょう?」
「……いや。後は俺達でやるから、マキア嬢も皆と一緒に避難してくれ」
「いえ、私も特待生クラスの一員ですので最後まで残ります」
「マキア嬢……ここも絶対安全とは言えない。だから避難してほしい」
「ですが……」
いつもと違い真剣な表情を向けてくるカイザに、マキアは言いよどむと顔をうつむけた。
「マキア嬢、お願いだ」
「……カイザ先輩は全員の避難を終えた後、ロイ先輩と共に直接戦場へ向かわれるのですよね?」
「ああ」
「……ちゃんと帰って来ますよね?」
顔を上げ不安そうにじっとカイザを見つめる。
そんなマキアを見てカイザは、黙り込んだ。
その様子に不安を覚えたマキアは、カイザに詰め寄った。
「やはり私も!」
「駄目だ」
「カイザ先輩!」
「貴女にもしものことがあってほしくない」
そう言うなりカイザはマキアを抱きしめた。
「え?」
突然のことにマキアは戸惑うが、すぐに状況を理解し顔を赤らめる。
「カ、カ、カイザ先輩!?」
「約束する。無事に帰ってくると」
「……本当ですか?」
「ああ」
「では……これをお守りとして持っていってください。簡易的な物ですが、防御魔法が付与されているリボンですので」
そう言うとマキアは三つ編みの先に結んであったリボンを解き、カイザに手渡す。
カイザはそれをじっと見つめうなずいた。
「ありがとう。大事に持っているよ」
「……それ、あげたわけではないですからね。必ず返しに来てください」
「分かった。ちゃんと返しに行くよ」
「……カイザ先輩、帰ってこられたらお話したいことがあります」
「俺もマキア嬢に話したいことがある」
「では帰ってきたらお互いに話しましょうね」
「ああ」
マキアはカイザの腕の中でにっこりと微笑み、カイザもそれに応えるように微笑んだ。
そうして二人は、周りから注目されていることにも気がつかず、お互いを見つめ合っていたのだった。
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