お店での出来事
シルビアはクロードに連れられ、落ち着いた雰囲気の店が建ち並ぶ場所にやってきた。
そしてその中にあった宝飾品店に入ってみたのだ。
「うわぁ~!」
シルビアはお城であらかじめ用意されていた宝飾品ではなく、販売目的で綺麗にお店で並んでいる物を初めて見たことに感動し、目をキラキラとさせながら店内を見回した。
するとそんなシルビア達のもとに、この店の店主が手をすり合わせながら営業スマイルを浮かべて近づいてきた。
「いらっしゃいませ~。本日はどのような物をお探しでしょうか?」
「え? え~っと……」
そもそも何かを求めて入ったわけではなかったので、シルビアは困った表情でちらりとクロードに視線を向けた。
「お嬢様そんなに気負わず、何かお気に召した物がございましたら改めてご購入をご検討される、でよろしいかと」
「そう、ね」
クロードの言葉を聞いてホッとしたシルビアだったが、店主の目がキラリと光ったのだ。
「ではでは、お嬢様にお気に召して頂けるよう、当店のお勧め品をお持ち致します!」
そう言うなり店主は、そそくさと店の奥に引っ込みすぐに出てきたのだが、その手には様々な宝飾品が乗ったトレーを持っていたのである。
そしてそれをシルビア達の前にある机に置き、一個ずつ丁寧に説明しだしたのだ。
するとシルビアは、その中にある薔薇の形のブローチに目を止めた。
「おお! お嬢様はお目が高い! これは最近入荷したばかりの商品でして、他ではまだ売られていない一点物なのです。ですので大変お高い物なのですが……お美しいお嬢様になら特別価格でお売り致しますよ!」
「そう、なのですか?」
「ええ、本来は十万ギルするのですが……特別価格として五万ギルでお売り致します!」
「は、半額!?」
店主の提示金額に驚き、もう一度じっと薔薇形のブローチを見つめた。
(確かにとても素敵な物だとは思うのですが、正直そこまで欲しいとは思っていなかったのですよね。でも……半額になるのでしたら、ちょっと買ってみようかしら?)
シルビアの様子を見て、店主はうっすらと笑み浮かべたのだ。
その瞬間、店主の表情を見たクロードは何かに気がつき、シルビアに声をかけようとした。
しかしそれよりも早く別の人物の声が店内に響いたのだ。
「それが……半額で五万ギル?」
その声に驚き三人は同時に振り向いた。
「リシュエルさん!?」
リシュエルは扉付近に立ち、険しい表情で腕を組んでいた。
そして足音を響かせながらシルビア達に近づいてきたのだ。
「すまないが少しそのブローチを見せてもらおうか」
「は、はいどうぞ!」
リシュエルから漂う威圧感に身を震わせながら、店主は恐る恐るブローチを差し出した。
それを手に取りじっくりと見回すと、無言で店主に返したのだ。
「シルビア、どうしてもこれと同じ物が欲しいのであれば、適正価格で販売している店を知っているからそこに案内するよ」
「え? これは一点物で他ではお売りしていないとお聞きしましたよ?」
「……一点物、ね」
シルビアの言葉を聞き、リシュエルは目を細めて冷たい眼差しを店主に向けた。
「っ!」
「……おそらくシルビアの様子から世間知らずのお嬢様だと判断して、正規の価格よりも高く売りつけようとしたのだろう。ここでしか手に入らないと言って煽り、何倍もの高い金額を先に提示してから、本当の販売価格よりも高い金額を半額と言ってお得感を出して買わせようとした、というところか」
「うぐぅ!」
店主は喉から変な音を出し冷や汗をかきだした。その態度が図星であることを表していた。
「……このことは、ランティウス王に報告させてもらう」
「なっ!? ランティウス王に!? あ、貴方様は一体……」
「リシュエル・フォン・サザール。そう名乗れば分かるだろう」
「サザール王国の王太子殿下!!」
リシュエルの名を聞き店主は目を見開いて固まった。
そんな店主に一瞥をくれると、視線をシルビアの方に向けた。
「さあシルビア、いつまでもここにいては時間の無駄だから、店から出ようか」
「え?」
いまだに状況が掴めず戸惑っているシルビアを促し、青い顔で呆然と佇む店主をその場に残して店から出たのだった。
「殿下! ここにいらっしゃったのですね!」
店から出ると慌てた表情でシルビア達のもとに駆けてくるカイザがいた。
しかしリシュエルは悪びれた様子もなくカイザに手をあげて謝ったのだ。
「何も言わず離れてすまない」
「一体何があったのですか? 突然物凄い勢いで駆けていかれたので、あっという間に姿を見失ってしまいました。それなのに……どうしてシルビア嬢とご一緒されているのですか?」
カイザは戸惑った表情でリシュエルの隣に立つシルビアを見た。
「実は……前から悪い噂のあった店にシルビアが入っていくのが見えてね。ちょっと慌てていたからカイザを置いていってしまったんだ」
「悪い噂の店? ……ああこの店ですか」
カイザはリシュエル達が出てきた店を見て納得の表情になる。
「ちょっとでもカモになりそうな客がくると言葉巧みに誘導して、相当なぼったくり金額で売るって噂になってましたね」
「まさにその現場を見た」
「現場をって……ああなるほど。確かにシルビア嬢は世間知らずのお嬢様って感じだから、カモとして見なされたんだろうね」
シルビアを見てカイザは納得したようにうなずいた。
「で、その様子なら事前に食い止められたのでしょうね」
「もちろんだ。後でランティウス王にも報告するつもりだ。しかし……シルビアに付き従っている君は、ここがそういう店だってことを知らなかったのか?」
リシュエルは鋭い視線をシルビアの後ろに立つクロードに向けた。
「……ご指摘ごもっともです。なにぶん女性が好みそうな店を知りませんでしたので、目に入ったこの店を選んでしまいました。お嬢様、大変申し訳ございませんでした」
「いえいえ、気にしてませんから大丈夫です。それに私も注意が足りませんでしたから」
頭をさげてきたクロードに、シルビアは困った表情で慌てて頭をあげさせた。
「リシュエルさん、先程はありがとうございました。これからはもっと気をつけるように致します。ではこれで失礼させていただきますね。さあクロード行きましょうか」
シルビアはリシュエルにお礼を言って頭をさげると、再びクロードの手を握って歩いていこうとした。
しかしその手をリシュエルが咄嗟に掴んだのである。
「リシュエルさん?」
「……なぜシルビアは、この者と手を繋いで歩いていこうとしたのだい?」
「え? ずっとこうしていましたから。ね、クロード」
にっこりと笑みを見せたリシュエルだったが、その目は全く笑っていなかった。
そんなリシュエルを不思議に思いながら、シルビアはクロードに振り返り同意を求めた。
しかしクロードは顔を強張らせ、その問いかけに答えることが出来なかったのである。
なぜならシルビアの言葉を聞き、リシュエルが氷のような眼差しでクロードを見てきたから。
(こ、この王子……マリー様に匹敵、いやそれ以上に怒らせると危険な要注意人物だ)
そう本能が訴えかけてきたため、クロードはすぐさまシルビアの手を離した。
「クロード、どうしたのです?」
「いや、ひ……お嬢様はもう迷子になられることはなさそうですので、これからは手を繋ぐ必要はないかと」
「そもそも迷子になど……」
「なるほど、それで繋いでいたんだね。ならばこれからは代わりに私が繋いでいこう」
「まあ! リシュエルさんでも迷子になるのですね。でしたらクロード、リシュエルさんを目的地まで案内してさしあげてください」
「……」
「……」
シルビアはにっこりと微笑むと、自分の腕を掴んでいたリシュエルの手を外し、クロードと手を繋がせた。
そしてリシュエルとクロードはお互い無言で固まり、じっと繋いでいる手を見つめた。
その二人を満足そうに見ていたシルビアの後ろで、思いっきり吹き出す声が聞こえてきたのである。
「うくくっ! は、腹が痛い」
目に涙を浮かべながらカイザが腹を抱えて笑いだしていたのである。
「カイザ先輩? 何がおかしいのですか?」
「シ、シルビア嬢、君、最高だね!」
なぜ笑いだしたのか分からず困惑しているシルビアに、カイザは最高の笑顔を向けたのだ。
その間にリシュエル達はサッと手を離すと、まだ笑い続けているカイザにまるで射殺すかのような眼差しを向けた。
しかしすぐに表情を戻したリシュエルは、そっとシルビアの手を取った。
「私が繋ぐと言ったのは、シルビアの手のことだよ」
「え!?」
優しく手を握られシルビアは、驚きながら顔を真っ赤に染めた。
そのシルビアの様子を見て、クロードは何かを察したようだ。
「お嬢様せっかくですし、リシュエル様に街を案内して頂くのはどうでしょう」
「し、しかし……リシュエルさんにもご用事が……」
「もう予定は済んでいるから問題ないよ。それに私も、シルビアと一緒に街を歩きたいからね」
「っ! よ、よろしいのですか?」
「ああ、もちろん」
にっこりと微笑むリシュエルに、シルビアの心臓は早鐘を鳴らしていたのだ。
「……ではよろしくお願い致します」
「お任せあれ」
リシュエルは顔を綻ばせて、握っていたシルビアの手をギュっと握った。
その瞬間、シルビアの心臓が大きく跳ねたのである。
(な、なんでこんなに心臓がドキドキするのでしょう? クロードと手を握っている時は全くなんともなかったのに……)
体の異変に戸惑い、シルビアは繋がれていない方の手を自分の胸に置いた。
「シルビア、どうかしたのかい?」
「い、いえ! なんでもありません!」
リシュエルが心配そうな顔で覗き込んでくるが、慌てて首を振り誤魔化したのだった。
(私でも分からないことを答えられませんので……)
そう心の中で思いながらも苦笑いを浮かべたのだった。
そんなシルビアをクロードは優しく見つめながら、チラリとリシュエルに視線を向けた。
(……オレの姫さんを泣かせたら、いくら王子であってもただじゃおかないからな)
するとリシュエルが、シルビアに気がつかれないようにスッとクロードに視線を合わせ真剣な表情を向けたのである。
その表情を見て、クロードはもう何も言うまいと決めたのだ。
そうしてシルビアは思いがけずに出会ったリシュエルと共に、楽しい街の散策をすることができたのであった。
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