回復、魔法?

 マリーはクロードを見つめながら驚きに目を見開き、クロードはバツが悪そうな顔で視線をさまよわせた。


「マリー、驚くのも無理はないけれどクロードは怪しい者ではないわよ。お父様の代から私を護衛してくれていた者よ。ずっと影から守ってくれていた方なの」


 シルビアはそう説明するがマリーに変化はなかった。

 そんなマリーを訝しがり、小首を傾げながら問いかけたのだ。


「マリーどうかしたの? あ、もしかしてクロードのこと知っていたのかしら?」

「え? い、いえ! 今、初めてお会いしました。……確かクロード、でしたわね。私はシルビア様の侍女頭のマリーと申します」


 マリーは真面目な顔に戻り、背筋を伸ばしてクロードに挨拶をした。


「え?」


 クロードは驚きの声をあげマリーの方を見る。

 するとマリーはスッと目を細めてクロードに圧力をかけてきた。


「っ! ……初めまして。クロードと言います」


 一瞬顔を引きつらせたクロードは、すぐに姿勢を正し頭をさげて挨拶をした。

 そのクロードを見つめながらマリーは微笑むが、目は全く笑っていない。

 むしろその背中からは黒いオーラが漂い、クロードを威圧している。

 そしてクロードの目には『これはどういうことか、あとでしっかりと聞きますからね』と言われているように見えたのだ。

 クロードはマリーから視線を外し、背中に冷や汗をダラダラとかきだしていた。


「クロード、どうかしたのですか? なんだか顔色が悪いようですが……」

「いや、なんでもない。それよりも……オレをこのタイミングで呼んだということは、もしかしなくてもオレに付き添えということか?」

「そうです。お願い出来ますか?」

「それは……」


 困った表情を浮かべながらちらりとマリーの方を見ると、すっかり通常モードに戻ったマリーが小さくため息をついていた。


「分かりましたシルビア様。それほどまでに出掛けられたいのですね。まあ国王からの護衛者であるようですし、今回はクロードを付ける条件でお認め致します」

「本当!? マリーありがとう!」

「た・だ・し! 必ずクロードと行動を共にするようにしてくださいね。絶っっ対にお一人でどこかに行かれてはいけないですよ!」

「分かっています。ちゃんと約束は守りますから」


 ようやく許可がおりたことでシルビアはとても嬉しそうにしていた。

 そんなシルビアを見てマリーは苦笑を浮かべ、続いてクロードに鋭い視線を向ける。


「クロード……もしシルビア様の身に何かありましたら、その時は……容赦しませんからね」

「っ! 肝に命じておく」


 顔を強ばらせながらクロードは大きく頷いたのであった。


  ◆◆◆◆◆


「うわぁ~!」


 シルビアは目をキラキラとさせながら、興奮した面持ちで活気溢れる街中を見回す。


「姫さん、あんまり夢中になっていると迷子になる」

「ま、迷子になんてなりません! それよりもクロード……その呼び方はさすがにここでは止めてもらえないかしら。とりあえず今のは、周りの方々に聞かれていないようでしたけど……」

「あ~そうか。じゃあなんて呼ぶか……」

「呼び捨てで構わないですよ」

「それは無理だ。まあ無難に『お嬢様』でいいだろう」

「そう、ね。それに……今のクロードの姿でしたらその方がピッタリですものね」


 クロードの姿をじっと眺めうなずいた。

 なぜなら今のクロードの姿はいつもの全身真っ黒な服ではなく、執事の服をしっかりと着こなしているのである。

 さらに髪も整えられているのでその端正な顔が際立ち、端から見れば完璧な執事に見えるのだ。

 しかしクロードは自分の姿を見てげんなりした。


「オレ、こういう服は動きにくくて好きではないんだが……」

「でも、すごく似合っていますよ!」


 にっこりと微笑むシルビアを見て、クロードはなんとも言えない表情になる。

 実はマリーにシルビアの側で護衛をするならその格好では駄目だと止められ、無理やり執事の格好をさせられたのだ。

 クロードはもう一度自分の姿を見て小さくため息をつくと、気持ちを切り替えて自分の役に徹することにした。

 そして姿勢を正しスッとシルビアに手を差し出した。


「ではお嬢様、迷子にならないよう私の手をお取りください」

「……迷子にはならないわよ。でも、初めての場所だしお願いしますね」


 そうしてシルビアはクロードの手を取り、二人で街中を歩くことになった。


「それでお嬢様は、街に出て何をされたかったのですか?」

「特にこれといって目的があるわけではないのですが……よく侍女達が、街で買い物をしてきて楽しかったと話しているのを聞いていたので、私も一度体験してみたかったのです」

「……そう、ですか」


 クロードはじっとシルビアを見つめてからそう呟いた。

 シルビアは城に閉じ込められていた頃、楽しそうな侍女達の会話を寂しそうな笑みを浮かべながらただ黙って聞いていたのだ。

 その時のことをクロードは思い出し自然と握っている手に力がこもった。


「クロード?」

「お嬢様、今日はいきたい所にどこでもお連れ致しますよ!」

「え? あ、ありがとうございます」


 力強く言ってきたクロードに戸惑いながらも、シルビアはうなずいたのだ。

 するとその時、シルビア達の近くを走り抜けていった小さな女の子がつまずきそのまま地面に倒れてしまった。

 そして顔をあげると大きな声で泣き出してしまったのである。

 どうやら倒れた拍子に膝を擦りむき血が出てしまったようだ。

 さらに手のひらも擦り傷だらけになっていた。

 そんな女の子を周りの人々は戸惑いながら見ているが、誰も助けに駆け寄ろうとはしなかったのである。

 なぜなら周りの人々は明らかに貴族の風貌をしており、逆にその女の子は庶民の服装であったから。


「怪我をした子に身分なんて関係ないでしょうに……」

「え? お嬢様!?」


 シルビアは眉間に皺を作ると、すぐさまその女の子のもとに駆け寄った。

 そして服が汚れることも気にせず地面に膝をつくと女の子を助け起こした。


「大丈夫?」

「痛いよぉぉ!」


 女の子は両手で目を隠し痛みを訴えて泣きじゃくる。

 そんな女の子を見て困った表情をするが、シルビアはスッと怪我をしている膝に手をかざした。


「習ったばかりで上手くできるかは分からないですけれど……」


 そう呟くとシルビアは手に意識を集中させた。

 その瞬間、手の先に魔方陣が展開されそこから淡い光が女の子に注がれていった。

 するとみるみるうちに女の子の傷が消えていったのである。

 さらに女の子の体全体も淡く光だし、擦り傷等細かな傷が一瞬で治ってしまった。


「もう、痛くない!」


 女の子は驚きの表情で自分の手のひらと擦りむいていた膝を見つめる。

 そんな女の子を見てシルビアはホッとすると魔法を止めた。


「はじめての回復魔法が上手くできて、本当によかったです」


 しかし黙って成り行きを見ていたクロードは気がついていた。

 転んだことで破れてしまたスカートの一部が、今は見る影もなく直っていることに。


「こ、これは回復魔法の最上級魔法……超再生魔法では!? あらゆるものを再生することができる伝説級の魔法で、使える者は滅多に現れないと聞いていたが……まさかこの目で見られるとは」


 クロードは呆然と見つめながら呟いていた。

 だが当のシルビアはそのすごさに全く気がついておらず、女の子も泣いていたことでそもそも自分の服が破れていたことを知らなかったのだ。


「もう大丈夫?」

「うん! お姉ちゃんありがとう!」


 女の子は元気よく立ち上がると、ペコリと頭をさげてから手を振り去っていった。

 その後ろ姿を優しく見つめ見送ると、クロードの方に顔を向けた。


「お待たせしてごめんなさい」

「い、いや、大丈夫だ……」

「ん? クロードどうかしたのですか? なんだか戸惑った表情に見えますし、口調も戻っていますよ?」


 不思議そうな顔を向けてくるシルビアを見て、クロードは一度手で顔を覆い小さくため息をつくと再び手を離した。


「なんでもありませんよ、お嬢様。さあ行きましょう」


 再び執事の仮面を被ったクロードはにっこりと微笑み、紳士的な振る舞いでシルビアを立たせるとスカートの汚れを叩き落とした。

 そして手を取り歩くように促したのである。

 しかしその足はさきほどよりも早足になっていた。


「ク、クロード、少し早くはありませんか?」

「……」


 戸惑いの声で問いかけるが、なぜかクロードはそれに答えようとはしてくれなかったのだ。


(……あの場で、姫さんの超再生魔法に気がついていたのはオレだけだったが、下手に他の奴に知られる危険性を考えると早くこの場を立ち去った方がいい)


 シルビアの魔法の力に目をつけてくる者が現れるのではと心配したクロードは、そのまま無言でその場を離れたのだった。


 暫く街中を進みさきほどの場所からかなり離れたことで、ようやクロードは歩みを緩めシルビアの手を離した。

 そこは寂れた場所で人もまばらにしかいないような所であった。


「……クロード、ここは?」

「え? あ~考え事をしていたらここまで来てしまったか……すみませんお嬢様、ここはあまり見る所がございませんので別の場所に移動しましょう」

「そう、なのですか……」


 シルビアはそう答えながら何気に周りに視線を向けた。

 するとそのシルビアの目に気になるものが映ったのである。


(あれは……)


 そこには真っ黒なコートを羽織りフードを目深に被っている人物がいたのだが、そのフードの間から水色の髪が見えた。

 シルビアはその人物を知っている人のような気がして、顔を伸ばしその顔を確認したのだ。


(あ、やっぱりエリス先生です! でも珍しいですね。いつも明るい色の服装を好んで着ていらっしゃるのに、今日はあのような黒色を……それに表情もどこか暗いような?)


 いつもと違うエリスの様子に疑問を抱きながら見つめていると、エリスはそのまま建物の間の細い路地に入っていってしまったのだ。

 なんだかそのエリスが気になり、シルビアは追いかけようと路地に向かった。

 しかしその手をクロードが掴み引き留めたのである。


「お嬢様、どちらに行かれるおつもりですか?」

「ちょっとあそこの路地まで……」

「……あそこは駄目だ」

「え?」


 シルビアの示した場所を見てクロードは、眉根を寄せると険しい表情で止めた。


「あの奥は……あまり大きな声では言えないような店や人が多くいる場所だ。姫さんは近付かない方がいい」


 そのクロードの言葉を聞いてシルビアは、もう一度エリスの入っていった路地に視線を向けた。


(そんな怪しい所に、どうしてエリス先生は入っていったのでしょう?)


 そんな疑問を浮かべていると、クロードが怪訝な表情で問いかけてきた。


「姫さん、あそこで何か見たのか?」

「……クロードは見ていなかったのですか?」

「別の所を見ていたからな。……一体何がいたんだ?」

「…………いえ、多分私の見間違いだったようです」


 場所が場所だけに、エリスが入っていったことは言わない方がいいような気がしたシルビアは、にっこりと笑みを浮かべて誤魔化したのである。

 しかしクロードはそんなシルビアをじっと見つめてきた。


「本当に私の気のせいでしたから。ねえクロード、私あなたのお勧めのお店に行きたいです! 案内お願いします!」


 シルビアはクロードの手を取りとりあえずこの場を離れることにしたのだが、そのクロードは納得のいっていない顔をしていた。

 だがこれ以上追及しても答えないだろうと悟ると、代わりにシルビアの前に出て先導することにしたのだ。

 そうしてクロードに連れらていきながらシルビアは、もう一度だけちらりと誰もいない路地に視線を向けたのだった。

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