強化合宿

 シルビアが学園に通いだして半年ほどが経った。

 すっかり学園にも慣れ、楽しい学園生活を満喫していた。

 そんなある日、生徒全員で学園の所有する山に建てられた宿泊施設にやってきたのだ。

 これは毎年恒例の強化合宿であり、三日間外の世界と切り離された状態で集中的に授業を受けることになる。

 さっそくシルビア達特待生クラスの生徒は、宿泊施設から少し離れた開けた場所に集まった。


「は~い、じゃあさっそく授業を始めるわよ」


 いつものようにエリスが手を叩き全員の視線を集めると、にっこりと笑みを浮かべながら授業を開始した。


「今日は今までの応用編をやるわよ。ちなみにここの周辺には、特殊な結界が張ってあるから思いっきり魔法を使ってもいいからね」


 そうエリスは言うと、大きな火の玉を作り誰もいない方に撃ち出した。

 すると火の玉は物凄い早さで飛んでいき、遠く離れた場所の地面に当たると火柱が高く上がったのだ。

 しかしその周辺の地面は黒く焦げ残ったが、少し先の木々は全く無傷であった。


「こんな感じよ。さあ順番に得意な魔法を撃ち出しちゃっていいわよ」


 そうしてシルビア達は次々と魔法を放ったのである。

 まずカイザは腰に差していた剣を引き抜き横にして持つと、刀身に手を添えて目を閉じた。

 その手のひらに魔方陣が展開すると、スッと撫でるように横にスライドした。するとその刀身に炎が纏ったのだ。

 それはカイザの得意の魔法剣であった。

 カイザは目を開けると剣を両手で持ち、真剣な表情で前を見据えた。

 そして大きく振りかぶると、叩き斬るかのように振り下ろしたのだ。

 その瞬間、刀身から炎が大きく伸びその先にあった大木を真っ二つに叩き割った。


「カイザ先輩、凄いです!」

「ありがとう」


 剣を鞘に収めると、カイザは爽やかな笑みを浮かべながらシルビアにお礼を言った。

 その時、マキアがじっとカイザを見つめていることに誰も気がついていなかった。

 次に前に出たのはセシルであった。

 セシルは真面目な顔で手を前に突きだし手のひらに魔方陣を展開させると、その先に大きな岩の塊を出現させたのだ。

 宙に浮いているそれをセシルは上手く操り、遠く離れた場所に見上げるほど高く浮き上がらせた。

 そしてそれを一気に地面に落としたのだ。

 地面が揺れるほどの衝撃と激しい衝突音が辺りに響き渡る。

 それを見届けたセシルは、なんてことのないような表情で魔方陣を解き皆のもとに戻ってきた。


「セシル、前よりも精度が上がりましたね!」

「ああ、少し魔力の調整をしたからな。威力はそのままで正確に目的の場所へ落とせるようになった」


 そう言ってセシルは、シルビアから視線を外し地面にめり込んでいる巨石を満足そうに見つめた。

 その横をロイが通り抜けて前に出た。

 そしてセシルの落とした巨石を見てボソッと呟いた。


「まあまあだね。だけど……」


 ロイは静かに右手をあげ、頭上に魔方陣を展開させた。

 するとそこから何本かの稲妻が発生し、そのまま巨石に落ちていったのである。

 次の瞬間、激しい爆発音と共に巨石が粉々に弾けとんだのだ。

 セシルはその光景に呆然となる。


「もう少し石の強度を強くしないと、落ちきる前に壊されるよ」

「……はい」


 魔方陣を解きセシルの前に立ったロイは、腕を胸の前で組みため息をつく。

 セシルは悔しそうに唇を噛み小さく返事を返した。

 そんなセシルの肩にロイは手をおく。


「だが確実に強くはなっているよ。本当なら僕の魔法で跡形もなくなっているはずなのに、割れはしたけど破片が多く残っているからさ」

「本当に俺、強くなっていますか?」

「ああ、さらにこれから強くなると思うよ。僕が保証してあげる」

「ありがとうございます!」


 ロイの言葉にセシルは嬉しそうに頭をさげたのだ。

 続いてマキアが固い表情で前に出た。

 マキアは両手を前に突きだし一度大きく深呼吸をする。

 そして意識を集中させて魔方陣を展開さると、そこから大きな水球を浮かび上がらせた。

 その水球を見てマキアはホッと息をはく。

 すると突然、水球がぐにゃぐにゃとうごめきだしたのである。


「え?」


 マキアは驚きながらその奇妙な動きを繰り返す水球を見つめ、慌ててコントロールしようとした。

 しかしどうしても安定せず、焦りの表情が浮かぶ。

 次の瞬間、その水球が物凄い勢いでマキアの方に向かって飛んできたのだ。


「きゃぁ!」

「危ない!」


 マキアは自分の身を守るように手で頭を覆い身構えた。

 そのマキアをカイザが素早い動きで引き寄せその場から飛び退いたのだ。

 すると水球は今までマキアがいた場所に落ち破裂した。


「マキア嬢! 大丈夫か!?」


 カイザは水球の行方を見届けてから胸に抱いたマキアに声をかけた。

 しかしマキアは、一体何が起きたのかよく分かっていない様子で見下ろしてくるカイザに視線を向けたのだが、突然目を見開いて一気に顔を赤らめたのだ。


「っ!!」

「どうしたマキア嬢!? どこか怪我をしたのか!?」


 マキアの様子に戸惑いながらもカイザが問いかけると、マキアは目を泳がせながら慌ててカイザの胸から離れようとした。

 だがカイザはマキアを離そうとはしなかったのである。


「何を慌ててるんだ?」

「な、な、なんでもないわよ! いいから離して!」

「……やっぱり様子おかしいぞ? あ~先生、マキア嬢を宿泊施設に連れていくけどいいですか?」

「え? ええいいわよ」

「必要ないから!」

「いやいや、ちょっと休んだ方がいいと思うぞ?」

「本当に大丈……きゃぁ!」


 カイザはマキアを横抱きに抱き上げ、そのままスタスタと歩いていく。

 マキアはその腕の中で必死に暴れるが、結局連れていかれてしまった。

 そんな二人の後ろ姿を見つめ、エリスはポツリと呟いた。


「ふふ青春ね~。でも……相手は鈍感そうだから、マキアちゃん大変そう」

「何がマキア先輩大変なのですか?」


 エリスの呟きを聞き、シルビアは不思議そうな顔で問いかけた。


「……貴女の相手になる子も大変そうね」


 シルビアを見つめ、チラリとリシュエルを見てからエリスは苦笑いを浮かべたのだった。


 とりあえずマキアはカイザに任せることにして授業を続けることになった。

 今度はリシュエルが前に出て右手を前に突きだし、皆と同様に魔方陣を展開させる。

 そこから風の渦を発生させどんどんと大きくさせていった。

 次第にその渦は巨大な竜巻となり、周りの木々を巻き込みはじめたのである。


「す、凄いです……」


 見上げるほどの巨大な竜巻に、シルビアは目を見開いて感嘆の声をあげる。

 しかしそんな巨大な竜巻が発生しているのに、シルビア達には全く影響がなかった。

 なぜならリシュエルが完璧にコントロールをしているからだ。

 そうしてある程度大きくなった竜巻をリシュエルは上空に浮き上がらせ、一瞬で霧散させた。

 リシュエルは魔方陣を消し手を静かにおろした。


「さすがリシュエルね。あの竜巻の魔法って、本当は操るの結構難しいのよ。だけどそれをいとも簡単にやってのけるんだもの。なんだかあたし、自信なくしちゃうわ」

「いえ、まだまだ私などエリス先生の足元にも及びませんよ」


 小さくため息をついたエリスに、リシュエルは苦笑いを浮かべながら声をかけたのである。


「はぁ~まあいいわ。じゃあシルビアちゃん、最後は貴女よ」

「はい!」


 エリスに呼ばれ、シルビアは元気よく返事を返した。

 そしてウキウキとしながら前に出たのだ。

 するとなぜか、エリス達は後退しシルビアから距離を取ったのだ。


「皆さん、どうかされたのですか?」

「いえ、念のためだから気にしなくていいわよ」

「??」


 シルビアは不思議に思いながらも、それ以上は深く考えず両手を前に突きだした。


(ん~思いっきりやっていいと言われましたし、せっかくですしあの魔法を試してみましょう!)


 さっそくシルビアは右手と左手それぞれに違う魔方陣を展開させた。

 その瞬間、リシュエル達に動揺が走ったのである。

 シルビアはそんな皆の様子に気づかず楽しそうにしながら続けた。

 まず右手の魔方陣から激しくうねる炎を出現させ、左手の魔方陣からは先の尖った氷の塊を出現させた。

 しかしその氷の塊は中が空洞となっていた。

 それをシルビアは満足そうに見てうなずき、あろうことかその二つを近付けたのである。

 普通に考えれば相反するその性質から、合わせれば相殺することが容易に想像できたのだが、なぜかどちらも消えることなく融合し氷の塊の中心で炎がうごめいていたのだ。

 そのまさかの現象にリシュエルはエリスの方を見た。


「……そんな目で見られても、あたしもあんな魔法初めて見たわよ」


 動揺を隠しきれない様子でエリスは首を横に振った。

 そんな中シルビアは合わせて一つになった魔方陣を操り、炎の入った氷の塊を撃ち出した。

 そしてそれは物凄い速度で目標にしていた大木に当たると、一瞬で大木と周辺の地面を凍らし瞬く間に炎が大木を包み込んだ。

 次の瞬間、大木が激しく弾け飛んだのだ。それと同時に地面も大きくえぐれた。

 さらに炎は消えることなく、氷の粒をまといながら周辺の木々を次々と破壊していったのだった。


「上手くいきました!」


 魔法を消しご満悦な様子でリシュエル達のもとに戻っていったのだが、そのリシュエル達は呆気にとられた表情で立ち尽くしていたのである。


「何かあったのですか?」


 リシュエル達の様子にキョトンとしながらシルビアが問いかける。

 するとエリスが手で両目をふさいで一度大きなため息をつくと、手を離してシルビアに話しかけた。


「ねえシルビアちゃん、さっきの魔法はどこで覚えたの?」

「え? 自分で考えたものですけど?」

「そ、そう。まあなんとなくそんな気はしてたけど……相変わらず規格外のことをする子ね」


 呆れた表情のエリスを不思議そうに見ていると、そのシルビアのもとにリシュエルが近づいてきた。


「まあ、シルビアが規格外なのは今に始まったことではないですからね。……ああシルビア、今の爆風で髪が乱れているよ」


 苦笑いを浮かべていたリシュエルは、シルビアの髪を優しく手で漉き整えてあげた。


「あ、ありがとうございます……」


 シルビアはリシュエルの手を感じながら胸をドキドキさせ、恥ずかしそうに下を向いてしまった。


「シルビア、どうかしたのかい?」

「っ! い、いえ、なんでもありません!」


 心配そうに顔を覗き込んできたリシュエルに驚き、シルビアは慌てて離れると手を前に突きだして激しく首を横に振った。


「しかし様子が……もしかして高度な魔法を使ったことで体に不調が出たのでは? それならさきほどのマキアと同じように私が抱き上げて連れていってあげるから、宿泊施設で少し休んだ方がいい」

「いえいえ! 本当に大丈夫ですから!! 私、元気いっぱいです!!」


 手を伸ばしてくるリシュエルにシルビアは後退りながら離れようとしたが、リシュエルはそれでも近づいてくる。

 そんなリシュエルを見てとうとうシルビアは、その場から逃げ出してしまった。


「シルビア! 走っては体に障るよ!」

「なんともありませんので、追いかけてこないでください!」


 走り出したシルビアをリシュエルが慌てて追いかけはじめたのだ。

 そしてエリス達はそんな二人を、呆れた表情で見ていたのだった。

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