恋とは?

「「はぁ~」」


 宿泊施設の一室でシルビアとマキアが、椅子に座りながら同時にため息をついた。

 この宿泊施設では二人一組の部屋割りとなっており、特待生クラスで同性同士のシルビアとマキアは同じ部屋で寝泊まりすることになっているのだ。

 そのシルビアとマキアは浮かない顔でお互いを見た。


「……マキア先輩、だいぶお疲れのようですが大丈夫ですか?」

「それは貴女もでしょ」


 そう言うともう一度揃ってため息をついたのだった。


「そう言えばマキア先輩、エリス先生がおっしゃっていたのですが何か大変なのですよね?」

「え? 大変?」

「ええ。カイザ先輩がマキア先輩を抱き抱えられたまま戻られていく姿を見て、エリス先生がそうおっしゃられていましたので」

「……」


 マキアはその時のことを思い出し、なんとも言えない顔で頬を赤らめ視線を反らした。


「マキア先輩?」

「……エリス先生にはバレバレのようね。まあ、分かって欲しい相手には気がつかれていないようだったけど」

「??」


 全く意味が分からずシルビアは小首を傾げてマキアを見ていた。

 そんなシルビアに気がついたマキアは苦笑いを溢した。


「とりあえず私のことは気にしなくていいわ。確かに大変かもしれないけど、これは自分でなんとかしないといけないことだから。それよりもシルビアの方こそどうなの?」

「え? 私、ですか?」

「そうよ。リシュエル先輩とはどうなの?」

「へっ!? ど、ど、どうしてここでリシュエルさんの名前が出るのですか!?」

「どうせさっきのため息も、リシュエル先輩が原因なんでしょ?」

「そ、それは……」


 マキアの指摘にシルビアは目を泳がせた。


「……ねえシルビア、貴女リシュエル先輩のことどう思っているの?」

「え? どう思っているって……とても尊敬出来る方だと思っていますが?」

「そう言うことではなくて、好きかどうかよ」

「ス、キ?」

「ええそうよ。もちろん恋愛感情の好きって言う意味よ」

「……」


 シルビアは真剣な表情で黙り顎に手を添えて考え込んだ。

 そして再び視線をマキアの方に向けた。


「マキア先輩、そもそも恋愛感情の好きってどういうものなのでしょうか?」

「え?」

「すみません。正直よくわからないのです……」


 そう言ってシルビアは困った表情になる。


「貴女、今まで恋愛小説とか読んだことないの?」

「……家族から、お前には恋など知る必要はないと言われ、一切読ませていただけなかったのです」

「なにそれ」

「まあ、私のことを考えてくれてのことだと思うのですが……そのようなこともあり、いまだに恋というものがいまいちよく分からないのです」


 苦笑いを浮かべたシルビアを見て、マキアは小さくため息をついた。


「分かったわ。教えてあげる」

「ありがとうございます!」

「じゃあまず第一に、相手のことを考えるだけでドキドキする。第二に無意識のうちに相手の姿を目で追ってしまう。第三に相手に声をかけられたり触れられると、心臓が飛び出しそうになるほど苦しくなる。第四に一緒にいるだけでとても幸せな気分になる。第五に相手が他の女性と一緒にいるだけで、モヤモヤしたり嫌な気分になる。第六に自分だけを見ていて欲しいという独占欲がわく。まあとりあえずこんな感じかしら」

「とてもお詳しいのですね! 参考になります! あ、もしかしてマキア先輩、どなたかお相手がいらっしゃるのですか?」

「え?」

「なんだか誰かを思い浮かべながら話されていましたので」

「っ!! わ、私のことはどうでもいいのよ! さあこの話はここまで! もう遅いから寝るわよ」


 顔を赤くしたマキアは慌てて椅子から立ち上がると、自分のベッドに向かいすぐさま布団に潜り込んでしまった。

 そんなマキアに戸惑いながら、シルビアも就寝するため部屋の明かりを消し自分のベッドに横になった。

 しかしすぐに眠ることの出来なかったシルビアは、目を閉じながらさきほどのマキアの言葉を考えていた。


(好き、ですか……)


 その時ふと脳裏にリシュエルの顔が浮かび、一気に顔が熱くなった。


(ど、ど、どうしてここでリシュエルさんの顔が!? ま、まさか私……いえ! リシュエルさんは尊敬している方で、そんな感情なんて!)


 考えれば考えるほど頭が混乱しだし、そのまま朝まであまり眠ることが出来なかったのであった。


 次の日シルビアは、寝不足と考えすぎで朦朧としながらもなんとかその日の授業を終えることができた。

 しかしなんだかリシュエルとは顔を会わせづらかったため、いつも以上にセシルと行動を共にしリシュエルとは距離を取っていたのである。

 そんなシルビアの様子にリシュエルは、笑顔を顔に張り付かせたまま不機嫌オーラを漂わせていた。

 はっきり言ってこのことで一番の被害者はセシルである。

 ずっとリシュエルから鋭い視線を向けられ続け、授業が終わる頃には疲労困憊となっていたのだ。

 セシルはシルビアに捕まる前にそそくさと宿泊施設に戻ってしまった。


「一緒に戻ろうと思っていたのですが……」

「シルビア!」

「っ! ……リシュエル、さん」

「今日は一体どうしたんだい?」

「ど、どうにもしていませんよ」


 険しい表情で近づいてきたリシュエルに、シルビアは作り笑顔を浮かべながら内心激しく動揺していたのである。


「だが、どうも私を避けているように見えたけど? それに……なんだか顔色が悪いようだ。もしかして眠れていないのか?」


 シルビアの寝不足気味に気がついたリシュエルは、心配そうな表情に変わりシルビアの頬に触れようと手を伸ばしてきた。

 そのことに気がついたシルビアは咄嗟に後退した。

 まさか避けられるとは思ってもいなかったリシュエルは、手を伸ばしたまま呆然とシルビアを見つめた。

 しかしシルビアはその視線に耐えられず目を反らすと、ふとその先にマキアの姿を見つけたのだ。


「マキア先輩! 今お帰りですか? 私もご一緒します!」


 シルビアはそう大きな声で呼び止めると、リシュエルにペコリと頭をさげてから急いでマキアのもとに駆けていった。


「あ、シルビア!」


 リシュエルが慌てて後ろから呼び掛けていたが、シルビアは敢えて気がつかない振りをしてその場を去っていったのである。

 そんなシルビアとリシュエルの様子を見て、マキアは呆れていたのだった。


  ◆◆◆◆◆


 その日の夜、シルビアは窓際で夜空を見ながら浮かない顔をしていた。


(今日はリシュエルさんに悪いことをしてしまいました。でも、どうしてもいつものように出来なかったんですよね……)


 自分の態度に戸惑いながら視線を眼下の森に移した。

 するとその時、なんだか気になるものが目に入ってきたのである。


(あれは……)


 シルビアはそれをじっと見つめ、すぐに見覚えがあることに気がついた。


(エリス先生!? それもあの格好は……前に街で見かけた時と同じですよね? ですがどうしてこんな時間にあの姿で外に?)


 目立たないようにローブを羽織りフードを被っているが、それがエリスであると一目で分かった。

 そして同時にシルビアは、そのエリスのことがなんだかとても気になってしまったのである。

 シルビアは居ても立っても居られず、座っていた椅子から立ち上がると部屋から出ようとした。

 しかしそんなシルビアに、静かに読書をしていたマキアが声をかけたのである。


「シルビア? こんな時間にどこか行くの?」

「えっと……ちょっと気分転換に外へ散歩しに行ってきます」

「え? 今から!?」

「はい。なんだかこのままでは、また今夜も寝れなさそうですので……」

「ああそう言うことね。でも危ないから、あまり遅くなっては駄目よ」

「はい、ちょっと散歩したらすぐに戻ってきます」


 そうしてシルビアは宿泊施設から一人外に出て、エリスがいた所に駆け足で向かった。


 暫く暗い森の中を進み、ようやく目的の人物を確認出来る距離までやってきた。

 シルビアは見間違いではなかったことにホッとしながらも声をかけようか迷っていると、どうもエリスは誰かと話しているようだと気がついた。


(エリス先生、誰とお話をしているのでしょう? ここからでは相手の姿も話している内容も聞こえないのですよね)


 そう思いながらシルビアは、邪魔をしないようにそっと近づいていった。


「……………ろ」

「……い……まっ……もう……」

「……わ……おま…………な」

「っ!!」


 突然エリスが胸を押さえてうずくまり苦しそうにしだしたのだ。

 それと同時に相手の気配が消えた。

 シルビアは苦しみだしたエリスに驚き、慌ててエリスのもとに駆け寄った。


「エリス先生!!」

「っ! ……シルビア、ちゃん……なんで……貴女が、ここに」

「そんなこと今はいいです! それよりも胸が痛いのですか!? すぐに回復魔法をかけますね!」


 シルビアはエリスに手をかざし魔方陣を展開しようとした。

 しかしその手をエリスが掴み発動を止めた。


「エリス先生?」

「回復、魔法はいいわ……そもそも、これは回復魔法では、治らないから」

「ですけど!」

「気持ちだけ貰っておくわ。それにもう収まってきたから大丈夫よ。ありがとう」


 エリスは立ち上がるとにっこりと笑い被っていたフードを外した。


「本当に大丈夫ですか?」

「ええ大丈夫よ」

「それならいいのですが……もしかしてどこかお体が悪いのですか?」

「ん~ちょっと持病があってね。時々胸が痛くなるのよ。でも心配するほどじゃないわ。今みたいにすぐよくなるから」

「……あまり無理はなさらないでください」

「分かっているわ。心配してくれてありがとうね。それよりもシルビアちゃん、どうしてここにいるの? それも一人で。危ないわよ」

「実は部屋からエリス先生の姿が見えてなんだか気になってしまい、思わずきてしまったのです。エリス先生こそどうしてここに? さっきまで誰かとご一緒のようでしたし……」

「え? ……見たの?」


 スッとエリスの表情が消え目を細めると、声のトーンがさがった。

 その明らかにいつもと違う様子にシルビアは驚きながら首を横に振った。


「い、いいえ。誰かとお話ししているようには見えましたが、その姿も声も私の位置からは分かりませんでした」

「そう……」


 シルビアの言葉を聞き、エリスはホッと息をはくと表情を戻した。


「こんな所でどなたと会われていらっしゃったのですか? それもいつもの先生らしくない暗めのローブを着てらっしゃいますし……」

「ふふ、それは聞くだけ野暮ってものよ」

「え?」

「あら、まだシルビアちゃんには分からないかしら? こんな時間に隠れて逢いたい相手なんて決まっているものよ」

「そうなのですか?」

「ん~シルビアちゃんには色恋の授業も必要かもね」


 そう言ってエリスはシルビアに向かってウインクしたのだった。


「さあ、本当に遅い時間だし部屋まで送っていくわ」

「ありがとうございます」

「じゃあ行き……ん? 何か声が聞こえるわね」

「え? ……確かに聞こえますね」


 エリスが何かに気がつき耳をそばだてると、シルビアも同じように耳をすましてみた。


「……様!」

「……どこですか!?」

「お返事して……」


 どうやら三人の女性が誰かを探しているようであった。

 シルビアとエリスはお互いを見合い、そして無言でうなずき合うと急いでその声がしたほうに駆けていったのだった。

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