初登校日

 学園寮に直接届けられていた特待生用の白い制服を身にまとい、シルビアは晴々とした気持ちで教室に入っていった。

 そして教室内を見回し前方の席に座っていた人物を見付けると、にこにこと笑顔を浮かべながらその場所に向かって行ったのである。


「セシル、おはようございます!」

「ん? ああ、おはよう。……朝から元気だなお前」

「今日を凄く楽しみにしていましたから! ……あれ? セシルは元気が無さそうですね?」

「……ちょっとまだ眠いだけだ」


 真新しい特待生の白い制服を着たセシルは、口元を手で隠し小さくあくびをしたのだ。


「昨日は眠れなかったのですか?」

「まあ……寮生活初日だったからな。なかなか寝付けなかっただけだ。そのうち慣れるだろう」

「そうなのですね。あ、隣に座っていいですか?」

「べつに構わないが。しかし、その様子だとシルビアはよく眠れたみたいだな」

「ええ、それはぐっすりと。だって楽しみにしていた授業中に寝てしまうなんて、そんな勿体ない事したくなかったからです!」


 セシルの隣にシルビアは座ると気合い十分である事をアピールした。


「そ、そうか……」

「ふふ、本当にシルビアは授業が楽しみなんだね」

「あ、リシュエルさん、おはようございます」

「……リシュエル先輩、おはようございます」

「二人共おはよう」


 爽やかな笑顔でシルビアの近くにリシュエルが立ち、シルビアに少し砕けた喋り方で話し掛けてきたのだ。

 そしてリシュエルは、自然な動きでシルビアの隣の席に座ったのである。

 すると当然のようにカイザとロイが、リシュエルの後ろにある席にそれぞれ座ったのだ。


「カイザさんとロイさんも、おはようございます!」

「おはよう、シルビアさん」

「……おはよう」


 笑顔で挨拶をしたシルビアに、カイザとロイも挨拶を返したのだった。


「……なんか、ここだけ人口密度が高いんだが?」


 他にも席は沢山あるのに、ほぼクラス全員が一ヶ所に固まって座っているこの状況にセシルは呆れていたのである。

 ちなみにマキアはいつの間にか教室にいて、一番後ろの席で静かに本を読んでいたのだ。


「シルビア、その制服よく似合っているね」

「ありがとうございます。……ただ、制服というものを初めて着ましたから、なんだか違和感を感じています」

「まあ最初はそう感じるのかもしれないけど、そのうち慣れてくるよ」


 にっこりと微笑んできたリシュエルを見て、シルビアはうなずいたのだった。

 そうしてシルビア達は他愛のない会話を続けていると扉が開き、そこから20代後半ぐらいの見た目で背中まで伸びた波打つ水色の髪と紫の瞳をした、綺麗な顔立ちの男性が軽快な足取りで教室に入ってきたのである。

 しかしシルビア達は入ってきた男性を見て驚愕に目を見開き、言葉を無くしてしまっていた。

 何故ならその男性の服装が凄かったからだ。

 多分魔導師の服装だと思われるのだが……色がピンクという普通ではまず魔導師の服に使われない色をしていたのである。

 さらに襟元や裾、袖口などにレースがふんだんにあしらわれ、そしてキラキラと光る装飾品が至る所に縫い付けられていた。

 極めつけは首から下げている紫色のマラボーで、ふわふわとした羽が歩くたび揺れていたのだ。

 その明らかに異質な服装の男性を全員が唖然と見つめている中、男性は教壇に立ちにっこりと笑ってきたのである。


「はぁ~い! 皆さんおはようございま~す。あたしは~今日からこのクラスの担任兼魔法の授業を担当する事になった、エリス・ロンウェイよ。これからよ・ろ・し・く・ね」


 エリスと名乗った男性は全員に向かってウインクをしたのだった。

 その瞬間、全員の表情がピシッと固まってしまったのだ。


「あらやだ~。皆、あたしを引いた目で見ないで~!」


 エリスは体をくねらせて悲しい表情をしたのである。

 するとセシルが何かに気が付き、ハッとした顔で椅子から立ち上がったのだ。


「エリス・ロンウェイって……まさか、あの有名なエリス・ロンウェイ大魔導師様なのか!?」

「う~ん、まあ~そう呼ばれる事もあるけど、あたしは大魔導師って呼ばれるのは好きじゃ無いのよね~。なんだったらあたしの事は、親しみを込めてエリスちゃんって呼んでくれても構わないわよ?」


 そう言ってエリスは投げキッスを飛ばした。

 しかしセシルはそんなエリスを見てげんなりした顔で椅子に座り直したのだ。


「マジか……あの憧れのエリス・ロンウェイがあんな人物だったなんて……」


 ガックリとうなだれてしまったセシルを見て、シルビアは不思議そうな顔で問い掛けたのである。


「セシル、あのエリス先生はそんなに有名な方なのですか?」

「……有名は有名、超有名な人だ。元々は庶民の出なんだが、その飛び抜けた魔法力であっという間に魔導師になり、さらには数々の偉業を成し遂げて先の王からの信頼と爵位を得ると同時に、世界でも数人しかいない大魔導師になった凄い人……の、はずなんだがな」


 セシルは胡乱げな眼差しをエリスに向けた。


「……私の国でもエリス・ロンウェイの名は広く知られているよ」

「そうなのですか? ……本当に凄い方なのですね」

「まあ私も、本人に会うのは今日が初めてなんだけど……色んな意味でなかなか凄い方のようだね」


 エリスを見ながらリシュエルは困惑した表情を浮かべていたのである。


「エリス・ロンウェイか……実は前から大魔導師の実力っていうのを一度体験したかったんだよな。今の僕とどれだけ実力に差があるのか知りたかったからさ。だけど……あれを見る限りではあまり強そうに見えないな」

「まあ……人は見た目で判断出来ないからな。俺の知り合いの爺さんも、見た目ヨボヨボだけど、戦うと剣の腕前は一流だったからさ」


 複雑そうな表情をしているロイに、カイザが苦笑いを浮かべながら話していたのだ。

 そんな皆の様子に、エリスは頬を膨らませて腕組みをし機嫌悪そうに声をあげた。


「もぉ~! あたしの発言を無視しないで!」

「あ、すみません……ちょっと質問なのですが、エリス先生は男、の人なのですよね?」


 シルビアは恐る恐る手をあげてエリスに質問したのだ。


「勿論男よ! 見れば分かるでしょ?」

「見ているからこそ疑問がわいてきたのですが……それにエリス先生のような方を初めて見ましたから」

「……まあ、こんな見た目でこの話し方だから誤解するのも無理は無いわね。ああそうそう先に言っておくけどあたし、ただ綺麗で可愛い物が好きでさらに喋りやすいからこんな話し方をしているけど、ちゃ~んと女の子が好きだからね」


 エリスはそう言ってシルビアにウインクしてきたのだった。

 しかしシルビアはそのウインクを受けて戸惑った表情で、リシュエルの方を見たのである。


「……この場合、どういった反応を返せばいいのでしょうか?」

「べつに何も返さなくて大丈夫だよ。ああいう方も世の中にはいるんだと思って受け入れてあげればいいだけだから」

「なるほどです。……しかし、まだまだ私の知らない事が沢山あるのですね」

「ふふ、これから色々知ればいいよ」

「ちょっと~! だからあたしを無視しないでってば!」


 リシュエルがシルビアに優しく微笑んでいると、エリスが再び頬を膨らませて機嫌を悪くしたのだ。

 するとマキアが静かに手をあげ、冷めた眼差しでハッキリと発言したのである。


「エリス先生、いい加減そろそろHRを始めてもらえませんか? このままでは授業時間に支障が出ますので」

「あ、ああそうね。ごめんなさい。では出席を取るわね」


 そうしてようやく朝のHRが始まったのだった。


  ◆◆◆◆◆


 HRを終えたシルビア達は魔法の授業を受けるため、教室から魔法の演習場に移動したのだ。

 そこは校舎の外にあり、ぐるりと周りを木々で囲われた広い校庭のような場所であった。


「ここが魔法の演習場ですか……聞いていた通り広い所ですね。でも……」


(この学園の卒業生であるお兄様から、魔法の演習場は凄いとお話を伺っていたのですが……本当にそうなのでしょうか?)


 シルビアがそんな疑問を浮かべていると、隣にリシュエルが立ちその疑問に答えてくれたのだ。


「確かに最初は殺風景すぎて不思議に思うかもしれないけど、あの周りを囲っている木々にそれぞれ結界の魔法が施されているんだよ。だからもし魔法が暴走しても、外には影響しないようになっているから安心していい」

「まあ! そんな魔法があるのですね! 出来れば施している所を見てみたかったです」


 リシュエルの説明にシルビアは目を輝かせながら、周りの木々を見つめていたのである。


「大丈夫よシルビアちゃん、そのうち結界魔法の授業もやるからね。すぐに自分で出来るようになるわよ」

「本当ですか!? わぁ~今から楽しみです!」

「ふふ、ここまでやる気満々な子がいると教えがいがあるわね~」


 興奮しているシルビアを見てエリスは楽しそうに笑ったのだった。


「……なあ、前からずっと疑問だったんだが、どうしてシルビアはどんな魔法でも初めて見たみたいに喜ぶんだ? 普通に生活していれば何かしらの魔法に関わると思うんだが? それもこのクラスに入ったのなら魔力も十分あるだろうし……」

「……本当にここに来てから、生まれて初めて魔法を見たのです」

「…………は? 嘘だろ? この魔法大国で魔法を見た事がない人間がいるはずないだろう!?」

「本当に見た事がないとしか言えないのです……」

「……お前の親は一体どんな環境でお前を育ててたんだよ」

「え? 監……いえ! 私は家族から危ないと言われて全く魔法に触れさせてもらえず、さらに私の周りでは魔法の使用が禁止にされていたので実際目にする事が無かったのです」

「そう、なのか……しかしよくこの学園に入学するのを認めてもらえたな」

「それは物凄ぉぉぉく頑張って説得しましたから!」

「そ、そうか。頑張ったんだな」

「ええ!!」


 シルビアは拳を握りしめながら力説し、それをセシルが引きつった顔で聞いていたのである。

 するとそんなシルビアにリシュエルが話しかけた。


「……シルビアは、そんな制限のある生活を強いられて家族の事を嫌いにならなかったのかい?」

「いいえ、大好きです! まあ、暑苦しいほどの愛情には時々うんざりはしていましたけど……それでも私の事を想ってくれている行動だと分かっていましたから」

「そうか……貴女の兄が聞いたら泣いて喜ぶだろうね」

「まあ、言うつもりはありませんけどね。言ったら最後もっと酷くなる事が目に見えて分かりますから……」


 さらに悪化した兄の様子を想像してうんざりしていたシルビアは、リシュエルが『家族』という言葉から『兄』という表現に変えた事に違和感を感じていなかったのだった。

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