人間VS魔族

 リシュエル達は魔族との戦闘を繰り広げていた。

 カイザやアルベルド率いる剣術部隊は、前衛に立ちその剣技で次々と魔族をなぎ倒す。

 ロイやソーニャ率いる魔法部隊は、後方から次々と魔法を撃ち出し飛行する魔族や魔法を使ってくる魔族を撃退していく。

 そして前衛部隊への補助魔法もかけていた。

 しかしそもそも魔族は人間より身体能力が高く魔力も強い。人間からしたら脅威の存在だ。

 さらに今回は数も魔族側が上回っている。普通に考えれば、状況は圧倒的に人間側が不利。だが戦況は人間側が優勢となっていた。

 なぜなら三人の人間が、ずば抜けて強かったからだ。

 まずランティウスはいくつもの氷柱を上空に作り出し魔族の頭上から落としつつ、軍馬を華麗に操り魔族を斬りつけていく。

 次にエリスは不敵な笑みを浮かべながら複雑な魔方陣を展開させ、魔族の中心で大きな炎の渦を巻き起こしていた。

 それも間髪入れずに次々と魔法を繰り出し、魔族達に逃げる隙を与えなかったのだ。

 しかしなんといっても、リシュエルの力が圧倒的であった。

 リシュエルは全身に風の魔法をかけ、目にも止まらない早さで戦場を駆け抜けていく。

 するとその後ろで、一体何が起こったのか分からない表情のまま体を切り裂かれ、魔族達が倒れていったのだ。

 そんな三人の活躍を見て人間側の士気が上がり、さらに攻撃の勢いが増していたのだった。


「リシュエル王子、さすがだな」

「ランティウス王こそ」


 お互い魔族の攻撃を剣で受け止めながら、声をかける。


「この優勢な状況で押しきるぞ」

「はい。必ずここで全て仕留めましょう」

「ああ」


 二人は同時にうなずくと、目の前の魔族を倒しふたたび戦場に散っていった。

 そうして人間側が優位のまま戦いは続き、魔族達の顔には焦りの色が浮かび出していた。

 中には逃げ出そうとする者も。

 だがリシュエルはすぐさま動き、逃げ道を封じる。

 そのままどんどんと魔族の数を減らしていき、ほとんどの者が人間側の勝利を確信していた。


「殿下!」

「カイザか。……何かあったのか?」

「いえ、アルベルド団長がこっちはもう大丈夫だからと言われたため、殿下達の手助けに行くのを許可して頂きました」

「そうか、助かる。それならカイザは、ランティウス王の方に行ってくれ。ここは私一人でも大丈夫だから」

「しかし……」

「この目の前にいる敵達を倒したら、すぐにそちらに合流する」

「……分かりました」


 体勢を低くし一撃で仕留めるべく剣を構えたリシュエルを見て、カイザはうなずくとランティウスの方に体を向け走り出す。

 その姿を目の端に入れながら、正面に群がる魔族を見つめた。


(……シルビア、もうすぐ貴女のもとに帰るよ)


 愛しい人の笑顔を頭に思い浮かべ、リシュエルは一気に走り出した。

 そして凪ぎ払うように剣を振り切ったその時──。


「ぐっ、ぁぁぁぁ!」


 リシュエルの大きな唸り声が響き渡った。

 その声に気がついたカイザが足を止め振り返ると、そこには右肩を押さえながら地面に膝をつくリシュエルの姿があったのだ。

 さらにその押さえている右肩の下には大量の血溜まりが出来ていた。


「殿下!!」


 慌ててリシュエルのもとまで駆け戻り、その体を支える。


「殿下しっかりしてください! 一体何が……っ!」


 カイザは言葉を詰まらせた。

 なぜなら先ほどまで剣を握っていた右手が、二の腕の途中から無くなってしまっていたからだ。

 そのあまりのことにカイザは固まり動けなくなっていると、リシュエルが青い顔で痛みを堪えながら顔をあげた。


「カ、イザ……っ後ろだ!」


 リシュエルの声にハッとしたカイザは、振り向きざまに剣を凪ぎ払うと、断末魔の声をあげながら魔族がその場に倒れ伏した。


「殿下、早く治療を!」

「落ち着け。今、治癒魔法を、かけている」


 確かにその言葉の通りに、左手を傷口にあて魔方陣を展開させていた。

 それによりなんとか出血は収まっているが、重傷であることは変わらない。

 するとそこに、騒ぎを聞きつけたランティウスとエリスが駆けつけてきた。

 そしてリシュエルの状態を見て、ぎょっとする。


「リシュエル王子! 大丈夫か!? その怪我は一体!?」

「ランティウス様。それは……あいつのせいよ」


 険しい表情で上空を見上げているエリスの視線を追い、ランティウスとカイザも上空を見上げ目を見開いた。

 そこには巨大な飛竜が飛んでいたのだ。


「なっ!?」

「あ、あんなのさっきまでいませんでしたよ!?」


 飛竜を見つめながら二人は驚く。


「……昔、文献で読んだことがあるわ。確か飛竜の皮膚は鋼のように固く、飛行速度は人の目では追えないほどの早さとか」


 エリスはそう説明しながら、上空にいる飛竜を見つめ続ける。


「……私も最初、何が起こったのか分からなかったほどですからね」


 そう言いリシュエルはふらつきながら立ち上がった。


「殿下!」


 慌ててカイザがリシュエルの体を支える。

 ランティウスやエリスも、心配そうな顔でリシュエルを見た。


「リシュエル……無理はしては駄目よ。いくら魔法で止血したからって、抜けた血が戻ったわけではないんだから。カイザ、あたしが援護するから、後方の治療用テントに連れていきなさい」

「はい!」


 返事をしたカイザは、リシュエルの左腕を首にかけて歩きだそうとした。

 しかしリシュエルは頭を横に振ってそれを止める。


「連れていかなくていい。……おそらくエリス先生の魔法よりも早く、あの飛竜は襲ってくるだろうから。なぜならずっと、私から視線を外さないでいるので」


 リシュエルが見上げると飛竜と目が合った。

 そしてリシュエルの血で汚れた口を、舌で舐めとったのだ。


「……そんなに私の腕は美味かったか」


 皮肉な笑みを浮かべながらリシュエルは、カイザから離れ魔族が使っていた剣を左手で拾い上げた。


「まあそもそも、飛竜に乗って操っている奴が、私を見逃すとは到底思えないですからね」


 リシュエルの言葉に、三人は同時に上空を見上げ飛竜の背に視線を向けた。

 そこには他の魔族よりも一回り大きく、ガタイのよい爬虫類のような顔をした魔族が飛竜に股がっていたのだ。

 その雰囲気から、魔族のリーダー的存在であることが伺える。


「あ!」


 突然カイザが大きな声をあげ、魔族達の後方上空を指差し驚愕の表情を浮かべたのだ。


「なっ!? あれは!」


 ランティウスも同じ所を見て驚きの声をあげる。

 そこには数えきれないほどの飛竜が、群れをなして飛んで来ていたのだ。

 その光景に、人間側には絶望感が広がったのだった。


  ◆◆◆◆◆


 避難している学園関係者に出会う可能性があったため、シルビアは学園の白い制服を着て自室にいた。

 そしてリシュエルが飛竜に腕を食い千切られる映像を水晶玉で見て、悲鳴をあげたのだ。


「いや! リシュエル!!」

「シルビア様、落ち着いてください!」


 取り乱すシルビアをマリーがなだめようとするが、全く聞き入れてくれない。

 むしろどんどんと顔色が悪くなり、目に涙も浮かべだす。

 そんなシルビアの様子にマリーは焦るが、なんとか落ち着かせようと声をかける。


「リシュエル様は大丈夫です! ほら、もう立たれていますから」

「でもでも、リシュエルの腕が!」

「それでも命はあります! きっとランティウス様やエリス様が、リシュエル様を守ってくださいますよ」

「そうかもしれないけど……」


 涙目のままシルビアは再び水晶玉に視線を移し、そして目を見開いて固まった。

 そのシルビアの様子を訝しがり、マリーも水晶玉を見て絶句する。

 なぜならそこには、大量の飛竜が兵士達を襲っていたのだ。

 完全に形勢逆転している。


「これは一体……」


 マリーは水晶玉を見つめながら、そう呟く。

 すると突然、隣にいたシルビアの方から光が発せられた。


「え?」


 驚いたマリーは横を見ると、目を閉じたシルビアの足元に魔方陣が展開していたのだ。


(……エリス先生の魔法を思い出して使ってみたけど、ちゃんと出来ました! これなら!)


 シルビアは決意を込めて目を開けた。


「何? この魔法?」

「マリー様! 早く姫さんを止めてくれ!」


 マリーが困惑しているとクロードが扉付近に姿を現し、慌てた様子でシルビアに駆け寄ろうとする。


「クロード、どうしたのです?」

「そんな悠長にしている場合じゃない! 姫さん、転移魔法を使うつもりなんだ!」

「え? 転移魔法って、確かエリス様しか使えないはずでは?」

「姫さんなら、使えても不思議はないから! それよりも行き先は確実に戦場だ!!」

「っ!」


 クロードの言葉にハッとし、すぐにマリーはシルビアの方を見るとすでに腰の辺りまで魔方陣が浮き上がっていた。

 そしてその下にあるはずの足は消えていたのだ。


「シルビア様!」

「……私、リシュエル達を助けに行ってきます」

「だ、駄目です! 危険ですので行ってはいけません!!」

「ごめんねマリー。でも、ここでじっとなんてしてられないから」

「だったらオレも一緒に!」


 クロードの言葉に、シルビアは首を横に振った。


「クロードはここに残って、皆を守ってくださいね」


 そう言ってシルビアはにっこりと微笑んだ。


「では行ってきます」


 そうしてシルビアは完全にその場から消え去ったのだった。

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