最強王女

 さきほどまでとは打って変わり、戦場はまるで地獄絵図のようだった。

 飛び交う飛竜に翻弄され、陣形は崩れ兵士達は右往左往している。

 完全に指揮系統は崩壊していた。

 そんな中でもリシュエル達はなんとか持ち直そうと奮闘していたが、相手の圧倒的な強さに防戦するので精一杯であった。


「くっ、このままでは」

「殿下、左手だけで戦うなど無茶です! 俺がお守りしますので、どうか後方にお引きください!」

「……この状況で引けると思うか?」

「そ、それは……」


 襲いくる魔族を左手で剣を持ち倒しているリシュエルの言葉に、カイザは言葉を詰まらせた。

 この魔族に取り囲まれ上空には飛竜が旋回している状況では、少しでも隙を見せた途端終わるのが目に見えて分かるからだ。


「もう戦うしかない」

「……くっ」


 カイザは唇を噛み、剣を握り直して魔族達を睨みつける。

 リシュエルも険しい顔で周りの魔族を見つめ、シルビアの顔を思い浮かべた。


(シルビア、約束を守れなくてすまない)


 そんなリシュエルに向かって、上空にいた飛竜が一気に降下してきたのだ。

 しかしその時、突然リシュエルの目の前でまばゆい光が溢れだした。


「なんだ!?」


 その予想外の事態にリシュエルは驚き、降下していた飛竜も慌てて上昇する。

 さらに人間や魔族も、戦いを忘れその光に注目した。

 だがエリスは、その光を見て驚きの声をあげる。


「ちょっ、まさかあれって転移魔法じゃないの!?」


 見覚えのある魔方陣が見え驚愕の表情を浮かべていた。


「あれが転移魔法って……エリス先生しか使えないのでは?」

「あたしの知る限りでは他に使える人なんていないわよ。一体誰が……」


 リシュエルの問いかけに、エリスは困惑した表情で首を横に振った。


「あ」


 誰からともなくそんな声が聞こえると、ゆっくりと地面で光る魔方陣が浮上していきそこから人の足が現れだす。

 続いてふわりと揺れる白いスカートが見えだすと、リシュエルに動揺が走った。


「ま、まさか!」


 見慣れたそのスカートに目を見開いているうちに、どんどんと魔方陣は上昇し白いジャケットと背中できらめいて揺れる白銀の髪が見えてきた。

 そしてとうとう全身が現れた。


「……女神様」


 突然現れたその女性を見て、一人の兵士が思わずそう呟いた。

 なぜなら魔法の余韻で女性の体の周りはキラキラと輝き、白い服と髪がふわりと揺れていてとても幻想的な光景であったからだ。

 確かに見る人によっては、女神が降臨したように見えるだろう。

 そんな中、リシュエルが大きな声で叫んだ。


「シルビア!」


 リシュエルの声に、目を閉じていたシルビアは目をゆっくり開ける。

 そして目の前に愛しい人の姿を見つけ、嬉しそうに微笑んだ。

 その神々しい姿に、兵士達の間で女神が降臨したと一気に広がった。

 そんなことになっているとは思わず、シルビアは魔方陣を消しすぐにリシュエルのもとに駆け寄る。


「リシュエル!」


 シルビアはなんの躊躇もなくリシュエルに抱きつく。リシュエルはそんなシルビアに戸惑いの表情を向けた。


「っ、シルビアどうしてここに……」

「それはもちろん、皆さんを助けに来たのです。まあ私の力なんてたいしたことないかもしれませんが、城でじっとしていることなんて出来ませんでした」

「だが……」


 そこにエリスが声をかけてきた。


「シルビアちゃん、貴女転移魔法を使えたのね」

「エリス先生の魔法を思い出して使ってみました」

「思い出して使ってみたって……普通は簡単に使えないのよ?」

「そうなのですか?」


 エリスの言葉にきょとんとした顔を向ける。


「……もうシルビアちゃんなら、なんでもありなんでしょうね」


 シルビアを見ながらエリスは苦笑いを浮かべた。

 するとそこにランティウスが駆け寄ってきた。


「シルビア! どうしてここに来たんだ!」

「お兄様、私も戦います!」

「駄目だ! 今すぐその転移魔法を使って……リシュエルを連れて戻れ!」


 シルビアに抱かれているリシュエルの右腕を見て、ランティウスは険しい表情になる。

 その視線に気がついたシルビアは、ハッとした顔でリシュエルの右腕を見た。


「っ!」

「シルビア、私のことはいい。貴女だけでもすぐに戻ってくれ」

「いいえ! それよりも治癒魔法を」

「いや、もう施して……」


 リシュエルの制止を無視して体を離したシルビアは、目を閉じ意識を集中すると右腕に向かって手をかざして魔方陣を展開させる。

 そこから光が降り注ぎ、次第にリシュエルの体が輝きだす。


「え? これ本当に治癒魔法? なんだか威力が桁違いよ?」


 エリスは目を見開いてシルビアの魔法を凝視する。

 すると驚くことに失くなった右手部分に光が集まりだし、次の瞬間元通りに復活していたのだ。


「なっ!?」


 その出来事に、その場にいた者は唖然とした。

 しかしシルビアはそんな皆の様子に気がつかず治癒魔法をかけ続けていると、破れた服まで元の状態に戻ったのだ。


「……超再生魔法」


 エリスはシルビアの魔法を見て、ボソリと呟いた。


「超再生魔法?」

「……どんなモノでも再生出来てしまう伝説級の魔法よ。その存在だけは知っていたけど……さすがにあたしでも使えないわ」


 ランティウスの問いかけに、エリスは呆れた顔で首をすくめた。

 シルビアは魔方陣を解き目を開くと、右手が戻っていることに驚く。

 リシュエルも困惑しながら、確かめるように右手を閉じたり開いたりを繰り返し感触を確かめていた。

 その様子にシルビアは嬉しさが込み上げ、再びリシュエルに抱きついたのだ。


「よかった!」

「シルビア……」


 リシュエルもその完治した右手でシルビアを抱きしめた。

 そんな二人の様子にランティウスは複雑な表情をし、エリスは苦笑いを浮かべる。

 カイザは魔族達を警戒しながらも、嬉しそうに目に涙を溜めていた。

 するとその時、上空にいた飛竜が大きないななき声をあげた。

 シルビア達は驚き一斉に上空を見上げる。

 そこには、コウモリのような羽をはやした魔族が魔族のリーダーに話しかけ、シルビアを指差していたのだ。


「あ! あの魔族、あたしを縛っていた魔族の中にいた奴だわ!」


 エリスは至るところボロボロになっているコウモリ羽の魔族を見て、声をあげた。

 それと同時に、魔族のリーダーは飛竜を操りリシュエルからシルビアへと標的を変えたのだ。

 そのことに気がついたリシュエルはシルビアを後ろに庇い、ランティウスやエリスもシルビアを守る位置に移動する。

 しかしその中でシルビアは、静かに魔法を足にかけていた。

 そして右手をあげると、空中に魔方陣を浮かび上がらせたのだ。

 突然現れた魔方陣にリシュエル達は警戒していると、シルビアが一気に跳躍しその魔方陣の上に降り立つ。


「なっ! シルビア!?」


 リシュエルは驚きの声をあげるがシルビアは振り向かず、次々と上空に向かって魔方陣を出現させた。

 それに合わせてシルビアも飛び移っていく。

 そうして全体を見下ろせるほどの高さまで到着すると、魔方陣の上に立ったまま正面で浮いている飛竜と魔族のリーダーを険しい表情で見つめた。


「ガ、ガイアス様、気をつけてください、あの女ただ者じゃありませんから!」

「……そうだろうな」


 ガイアスと呼ばれた魔族のリーダーは、顔を強ばらせながらもうなずいた。

 そして飛竜の手綱を操りいつでも襲える体勢をとると、シルビアに話しかけた。


「おい、人間の女。お前は一体何者だ?」

「……私はただの人間です」

「そんなはずはないだろう! それはただの人間如きがの力ではない! お前、本当に人間か?」

「一体何を言っているのかは分かりませんが、私は普通の人間です」

「……まあいい。しかしその力、殺すには惜しいな。どうだ? オレ様に忠誠を誓うなら、お前だけは殺さないでいてやるぞ?」

「……」

「いくら桁外れに強い魔力を持っていても、このオレ様の飛竜には到底敵わないだろう。悪い話ではないと思うがな?」


 ガイアスは余裕の顔でニヤリと口角をあげ笑った。

 その様子をシルビアはじっと見つめ、そして小さなため息をつく。


「私がそのような申し出を受けるはずがないでしょう」

「そうか。断るということだな」

「ええ。まあそもそも、リシュエルを傷つけたあなた達を私は絶対に許すつもりはありませんから!」


 そう言うなりシルビアは右手をかざし魔方陣を作ると、そこに手を差し入れた。

 そしてゆっくりと手を引き抜くと、炎が揺らめく魔法の剣を握りしめていたのだ。


「なっ!?」


 初めて見るその魔法にガイアスは驚いていたが、シルビアは気にせず姿勢を低くして戦闘体勢に入った。

 それに気がついたガイアスは、すぐさま手綱を操り飛竜を飛ばす。

 どうやら手加減しては殺られると瞬時に悟ったらしい。

 飛竜も同じことを感じ取ったらしく、殺られる前に殺るという気迫で全速力でシルビアに向かって飛んでいったのだ。

 それはあっという間の出来事だった。

 飛竜の姿がその速度で見えなくなると同時にシルビアもまたその姿を消し、次に姿が現れるともといた場所から数メートル離れていた。

 そしてその後ろでは全身を斬り裂かれ炎で焼かれている飛竜とガイアスが、地面に向かって落下していたのだ。

 その一瞬の出来事に、戦場にいた者は皆何が起こったのか理解できず呆然とシルビアを見上げている。

 そんな中でガイアス達が地面に激突した音だけが、大きく響き渡った。

 シルビアは炎の剣を手に持ちながら、動かなくなったガイアスをじっと見つめる。

 するとその姿を見て、一人の兵士がボソリと呟いた。


「戦女神様……」


 その途端兵士達の間でその言葉が伝染していき、それぞれの武器を掲げながらシルビアを称えだしたのだ。


「我らには戦女神様がついているぞ!」

「そうだ! 俺達は絶対負けるはずがない!」


 さらにその中で何人かの兵士が、シルビアについて話し出す。


「俺聞こえてきたんだが……戦女神様のお名前は『シルビア様』らしい」

「そのお名前って……」

「ああ、シルビア王女様と同じお名前なんだ。それも、陛下を『お兄様』とお呼びしていた」

「ではやはりあのお方が、シルビア王女様なのか!」

「おお! シルビア王女様!!」


 さきほどまで戦女神と称えていた兵士達は、今度はシルビアを王女と呼び歓喜の声をあげる。

 その様子にさすがのシルビアも戸惑っていると、下からリシュエルが叫んだ。


「シルビア、後ろだ!」


 その声にハッと振り向くと、飛竜の大群がシルビアに向かって飛んできていた。

 シルビアはその数を見て炎の剣を消すと、両手を前にかざし左右それぞれに魔方陣を展開させた。

 そしてそのままの体勢で、リシュエルに向かって叫んだ。


「飛竜は全て私が引き受けます! ですから、リシュエルは下の魔族をお願いします!」


 そう言い放つと、シルビアは魔方陣から様々な魔法を繰り出し飛竜に向かって撃ち出していった。

 その様子を下で見ていたリシュエルはうなずき、剣を手に持って地上の魔族に向かって駆け出していったのだ。

 そうして圧倒的な強さを持つ飛竜の大群をシルビア一人で壊滅させたことで、士気の上がった人間側に負ける要素など全くなかったのであった。

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