跳躍魔法
ランティウスは大事な公務の時間がきてしまったこともあり、渋々学園から去っていく。
しかしランティウスは、ギリギリまでずっと馬車の窓から顔を覗かせ、見送りに出ていたシルビアを心配そうな顔で見ていた。
一方シルビアは玄関の前で立ち、呆れた表情を浮かべながら軽く手を振って見送っていたのであった。
◆◆◆◆◆
シルビア達特待生クラスは、全員運動着に着替えある建物の中に集まっていた。
そこは円形状の建物で縦に長い造りになっており、外から見れば塔のような外見をしていたのだ。
しかし中は空洞になっており、見上げるととても高い位置に天井が見える。
さらにその壁に沿ってちょっとした出っ張りが、ランダムに天井付近まで設置されていた。
シルビアとセシルは初めて見るその内部構造に、戸惑いの表情を浮かべながら見上げていたのだ。
「ほらほら二人共ボーッとしていないの! 授業を始めるわよ」
苦笑いを浮かべながらエリスが手を叩いてシルビア達の視線を自分に向けさせた。
「じゃあ今日はここで跳躍魔法の実技訓練をするわよ」
「跳躍魔法!?」
エリスの言葉にシルビアは目を輝かせて食い付いたのだ。
そのシルビアの様子にエリスはクスッと笑うと、自分の足元に魔方陣を展開させたのである。
「まあリシュエル達上級生の子は一度習っているだろうから分かっていると思うけど、この魔法は風の魔法を応用した物よ。風の力を自分の足に纏わせる事で高く跳躍出来るの」
そう言うとエリスは見上げる位置にあった出っ張りに向かって一気に跳躍し、危なげなくその出っ張りの上に立って皆を見下ろしてきた。
「うわぁ~!」
シルビアは両手を組んでじっとエリスを見つめ感動していたのだ。
その時シルビアの隣に立っていたリシュエルは、シルビアを優しい眼差しで見つめていたのである。
しかしシルビアは初めて見る魔法に夢中で、そんなリシュエルの眼差しに全く気が付いていなかったのであった。
「……なあロイ」
「……なんだよカイザ」
「あの殿下の表情……俺、初めて見たんだがお前見た事あるか?」
「……いや、僕も見た事ない」
「確かに殿下は女性に対して誰にでも紳士的に接するお方だったけどさ……明らかに他の女性とは違う態度だよな」
「……正直僕はそう言う事に疎いからよく分からん。だけど……あんな殿下は確かに初めて見る」
「ん~なんでだろうな」
「僕が分かるわけないだろう」
シルビア達から少し離れた位置に立っていたカイザとロイが、リシュエルの様子を見て困惑の表情を浮かべながら話していたのだ。
するとそんな二人にマキアが呆れた表情で話し掛けたのである。
「はぁ~お二方は剣術や魔術の力は凄いのに、人の心にはとんと疎いですよね」
「……マキア嬢、それはどういう事だ?」
「べつに僕は疎いとかじゃなく、興味がないだけだ」
「……答えは分かっていますが一応お聞きします。お二方、恋愛小説のような物は読んだ事ありますか?」
「恋愛、小説? いや読んだ事はない。まあ軍議用の資料や鍛練書ならよく読むが、それと今の話と何が関係あるんだ?」
「はぁ? そもそも僕がそんなの読むわけないだろう。魔術書で十分だよ」
「まあそうでしょうね。だからお二方はあのリシュエル先輩の今の様子が分からないのですよ」
マキアはもう一度ため息を吐くと、戸惑いの表情を浮かべている二人をその場に残し離れていってしまったのだった。
「ふふ、これが跳躍魔法よ」
再びシルビアの前に降り立ったエリスは、にっこりと微笑んで魔方陣を解いたのだ。
「エリス先生! 私も早くやってみたいです!!」
「まあまあシルビアちゃん、少しは落ち着きなさい。この魔法は自分の体に魔法を掛ける物だから少しコツがいるのよ。それに油断すると怪我をしてしまう事もあるから、ちゃんと学んでからにしなさいね」
「……はい」
エリスの注意にシルビアはしゅんと気落ちしてしまった。
そんなシルビアを見てエリスは困った表情を浮かべたが、すぐに隣に立つリシュエルに視線を向けたのだ。
「まあもう一度ちゃんとした手本を見れば、勘のいいシルビアちゃんならすぐに出来るようになるわ。だからリシュエル、ちょっとシルビアちゃんにお手本見せてあげてくれるかしら?」
「分かりました」
まだ暗い表情のままのシルビアを見て苦笑いを浮かべていたリシュエルは、エリスに向かって一つ頷くとシルビアの頭を優しく撫でてあげた。
「私の事を見ていてくれ」
「……リシュエルさん」
見上げてきたシルビアにリシュエルは微笑むと、シルビアから離れ壁際に移動したのである。
そして意識を集中して足元に魔方陣を展開させたのだ。
「行きます」
そう上を見上げながら一言発すると、一気に跳躍しさきほどエリスが立っていた出っ張りに飛び乗った。
さらにリシュエルはそこから跳躍し、次々と出っ張りに飛び移りながらどんどん上へと登っていったのだ。
「うわぁ~凄いです!」
リシュエルの姿にすっかり気持ちが浮上したシルビアは、目を見開いてリシュエルを食い入るように見つめていたのである。
しかしその隣に立っているセシルは、不機嫌そうな顔でじっとリシュエルを見ていたのだ。
「……魔法が切れるタイミングですぐに次の魔法を発動しているか。ちっ、全く無駄がない動きだ。だが俺だって、すぐにあれぐらい出来るようになるさ」
そんな事を一人呟いていたのだった。
「リシュエル、ありがとう。もうそれぐらいでいいわ」
「まだ上に行けますが?」
「十分お手本になったから大丈夫よ」
「分かりました」
リシュエルは声を掛けてきたエリスに返事を返すと、今度も危なげなく次々と出っ張りに飛び移り下まで降りてきたのである。
そうして下まで到着したリシュエルは魔方陣を解き、全く疲れた様子も見せずにシルビアのもとに戻っていった。
「リシュエルさん! 凄かったです! まるで飛んでいるみたいでした!」
「ありがとう」
興奮した面持ちでリシュエルに詰め寄るシルビアに、リシュエルは優しい笑顔を浮かべていたのだ。
そうしてその後、エリスがしっかりと跳躍魔法の基礎と使い方を説明しさっそく実践する事になったのである。
まずリシュエルやロイは全く問題なく跳躍魔法を使いこなし、カイザとマキアも多少苦戦しながらも使えた。
さらにセシルはリシュエルほどではないが、なかなかの高さまで跳躍出来たのである。
しかしこの跳躍魔法、見た目は簡単そうに見えるが意外に魔力の消費が激しい魔法であったため、カイザ、マキア、セシルの三人はぐったりしていたのだ。
「セシル……大丈夫ですか?」
床に座り込んでしまっているセシルに、シルビアは心配そうな顔で話し掛けた。
「べ、べつに平気だ。これぐらいすぐによくなる。それよりも次はシルビアの番だろう? ……絶対無茶はするなよ」
「大丈夫ですよ。厳しそうならすぐに止めますから」
「ならいいが……お前の事だからな」
セシルは疑いの目でシルビアを見たが、シルビアは大丈夫だともう一度笑って壁際に移動してしまったのだ。
「シルビアちゃん、落ち着いてやるのよ」
「エリス先生まで……本当に大丈夫ですから」
苦笑いを浮かべたシルビアは視線を自分の足元に移しゆっくりと深呼吸をしてから、教えられた通りに魔法を発動させてみたのである。
すぐにシルビアの足元に魔方陣が現れ、ふわりと風の魔法がシルビアの足を纏った。
「では、行きます!」
そう強く宣言すると、緊張した面持ちで上を見上げ一気に跳躍したのだ。
するとシルビアは、一回の跳躍で数段高い出っ張りに辿り着いてしまったのである。
「なっ!?」
エリスは驚きの声をあげて高い位置に立っているシルビアを呆然と見つめた。
しかしそれは他の皆も同じ反応で、唖然とした表情でシルビアを見ていたのだ。
「嘘でしょ……本当にあの子跳躍魔法使った事ないの? あんな凄い跳躍力の魔法、あたし初めて見たわ」
「……マジかよあいつ。俺が三回ぐらいで登った位置に一回で到達するって……」
「……さすがに私もあれは想定外だったよ」
そんな事を口々に言っていると、シルビアの表情が明らかに変わってきている事に気が付いたのである。
「あれは……興奮しだしているわね」
「……絶対ああなるとは思っていた」
「……」
呆れた表情のエリスとセシルは、ワクワクした表情で上を見上げているシルビアを見ていたのだが、一人リシュエルだけは難しい顔でじっとシルビアを見つめていたのだ。
「跳躍魔法ってこんなに気持ちのいいものなのですね! 普通に飛び上がるだけでは届かない位置にこんなにも簡単に登れるのですから! うん、もっと上に行きましょう!」
シルビアは楽しそうに呟くと、さらに跳躍魔法を足に掛け上へと飛び上がっていった。
「ちょっとシルビアちゃん! あまり上に行くと危ないから今日はそれぐらいで降りてきなさい!」
「あともう少しだけ登ったら降りますから!」
どんどん上へと登っていくシルビアを見てエリスは慌てて制止を促したが、すっかり楽しくなってしまったシルビアは止まらなかったのだ。
そうして天井がよく見える位置まで到達したその時、突如シルビアの体に異変が起こったのである。
「あれ? なんだか体に力が……」
どうやら慣れていない魔法を連続で使った事で、体が耐えられなくなってしまったようだ。
シルビアは立っている事が出来ずフラりと体が傾いで体勢を崩し、そのまま空中に投げ出されてしまった。
「危ない!」
エリスは落ちてくるシルビアを見て顔を青ざめ、すぐさま魔法を発動させようとしたのだがそれよりも素早く動き出した者がいたのである。
リシュエルはさっと自分の足に魔法を掛け、物凄い早さで壁を蹴って登っていった。
そして落ちてくるシルビアを空中で受け止めたのだ。
「シルビア、大丈夫か!」
「っ! リ、リシュエルさん!?」
まさかリシュエルに助けられるとは思ってもいなかったシルビアは、お姫さま抱っこの状態で抱えられながら間近で見つめられた事で激しい動悸が襲ってきたのである。
(ど、どうしてこんなに胸が苦しいのでしょう!?)
その初めての体験にシルビアは無意識に顔を染めながら動揺していたのだ。
リシュエルはそんなシルビアを横抱きで抱えたまま、跳躍の魔法を繰り返して下まで降りていったのである。
「シルビアちゃん大丈夫!?」
「おい、無事か!?」
エリスとセシル、さらには他の皆も降り立ったリシュエル達のもとに駆け寄り心配そうな顔でシルビアを見た。
「し、心配掛けて申し訳ありませんでした」
まだドキドキが収まらないのを不思議に思いながらも、集まってきた皆に謝罪の言葉を述べたのだ。
「そんな事よりも体は大丈夫なの?」
「……少し体は重いですが大丈夫です」
「う~ん、ちょっと無茶な魔法の使い方をしていたから、多分体が追い付かなかったみたいね。も~だからあれほど言ったのに!」
「……すみません」
「今度からはちゃんと人の注意を聞きなさいよ」
「はい……」
シルビアの額に手を置き体の状態を確認しているエリスに、シルビアは申し訳なさそうな顔で謝った。
そしてシルビアはまだ抱き上げたままでいるリシュエルに顔を向けたのだ。
「リシュエルさん、助けて頂きありがとうございました。もう大丈夫ですので降ろして頂いてもよろしいでしょうか?」
「……」
「リシュエルさん?」
「……エリス先生、シルビアの顔色がよくないのでこのまま保健室に連れていっていいでしょうか?」
「まあそうね、いいわよ。確かに大事をとって休ませた方がいいものね」
「ありがとうございます」
「リシュエルさん、本当にもう大丈夫ですから! わざわざ保健室に行く必要ないです!」
シルビアは慌ててリシュエルの腕から降りようとしたが、リシュエルがしっかりと抱き止めていて降りる事が出来なかったのである。
「シルビアの大丈夫は信用出来ない事が分かったからね。いいからおとなしく私の腕の中にいなさい。いいね」
「っ!」
真剣な表情でじっと見つめられさらには強く抱きしめられた事でシルビアは、再び動悸が激しくなってしまったのだ。
そうして顔を赤くして固まってしまったシルビアは、そのままリシュエルに抱かれたまま連れていかれたのだった。
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