兄と妹
ランティウスと共に廊下に出た途端、黄色い歓声が廊下に響き渡った。
そのあまりの声に驚きシルビアは廊下の先に視線を向けると、そこには両側の壁際にびっしりと立ち並び興奮した面持ちでじっとランティウスを見つめている大勢の生徒がいたのである。
シルビアはその様子に目を瞬かせながら、戸惑いの表情で隣に立つランティウスを見た。
「……どうも私が来たと言う噂が広まって、さっきよりも人が増えてしまっているね」
ランティウスは集まっている生徒達を見て苦笑いを浮かべると、シルビアの腰に手を添えて歩くように促したのである。
その瞬間、シルビアに向かって鋭い視線が注がれたのだ。
(……うわぁ~。お兄様って、こんなにも人気のある方だったのですね。まあ確かに……城にいた時も、お兄様が私の部屋を訪れると侍女達が色めき立ってはいましたから。うん、改めてお兄様は凄い方なのだと実感しました!)
嫉妬や妬みの視線を浴びせさせられているシルビアだったが、逆にそれがランティウスの人気の現れだと思うとなんだか嬉しくなっていたのである。
一方そのランティウスの方は、何故かこの状況で嬉しそうに微笑んでいるシルビアを見て、鋭い視線を向けてきた者を咎めようと思っていた黒い気持ちが収まり変わりに疑問が湧いてきた。
「シルビア、嬢……何をそんなに嬉しそうにしているのかな?」
「おに……いえ、ランティウス様の人気の高さを知れて嬉しくなっていたのです」
「そ、そうか。シルビア嬢は私の事で嬉しくなっていたのか」
シルビアの言葉を聞き、ランティウスは満足そうな顔で嬉しそうにしていたのである。
そうして二人は周りを気にする様子もなく、にこにこと微笑みながら立ち並ぶ生徒達の間を抜けていったのだ。
「白金に白銀……なんて絵になる二人なんだろう」
微笑みながら歩いていく二人の姿を見てすっかり生徒達の視線は羨望の眼差しに変わり、そんな感想を持ちながら去っていく二人に見惚れていたのであった。
◆◆◆◆◆
暫くランティウスと共に学園内を歩き漸く人気が無い場所までやってくると、シルビアはキョロキョロと辺りに人がいないのを確認してから、空いてる教室にランティウスを連れ込んだ。
そしてなるべく声を潜めながらランティウスに問い掛けたのである。
「それで……お兄様、どうしてここにいらっしゃられたのです?」
「それはさっきも説明しただろう? 久しぶりに母校の様子を見にきたんだよ」
「……本当の所は?」
「シルビアの様子を見に」
「はぁ……やっぱりそうでしたか」
ランティウスの言葉を聞き、シルビアは呆れた表情でため息を吐いた。
「お兄様……私、この学園に入学する条件として出されていた、毎日の私の様子を手紙に書いて報告するはちゃんとしていますよ?」
「それは勿論、毎日楽しみに読んでいるよ。シルビアからの手紙は私の日々の糧だからね」
「そんな物を糧と言われましても……でも、ちゃんと手元に届いているのでしたら、わざわざ様子を見にいらっしゃられる必要はないと思いますが?」
「実は……手紙を見ていたらシルビア本人に会いたくなってね」
「会いたくなってね、って……まだ城を出てから一ヶ月しか経っていませんよ!?」
「いや一ヶ月もだよ!!」
「そ、そうですか……」
力強く言ってきたランティウスに、シルビアは頬を引きつらせながら引いてしまったのだ。
「さて、では案内の続きを頼もうか」
「……まだ続けるのですか? 正直私よりもお兄様の方が校内を知っていらっしゃるではないですか。さっきから私の知らなかった事ばかり教えてくださっていますし……」
「時間ギリギリまでシルビアと一緒に過ごしたい!」
「……そう、ですか」
キッパリと言い切ったランティウスに呆れながら、シルビア達は教室から出て再び校内を歩き回ったのである。
すると廊下の向こうからスカートを少し持ち上げ、シルビア達に向かって駆けてくる女生徒の姿があったのだ。
「あら? あれは……」
シルビアは近付いてくる青い髪の女生徒を見てそれが誰か分かり、一体どうしたのかと不思議そうな顔になった。
しかし隣に立っているランティウスは、さきほどまでの緩んだ表情から一変しスッと王族の顔になったのだ。
その突然の変化にシルビアは疑問を持ち、ランティウスに問い掛けようとしたがそれよりも早く女生徒が声を掛けてきたのである。
「ランティウス様~!」
「……やあ、メリダ久しぶりだね」
目をキラキラとさせ頬をほんのり染めながら、高揚した様子でメリダがランティウスの目の前に立った。
ランティウスはそんなメリダを見て、にっこりと王族スマイルを浮かべたのである。
「もう! ランティウス様、いらっしゃられるのでしたら事前にわたくしにご連絡して頂きたかったですわ! そしたらわたくし自らお出迎え致しましたのに!」
ムッと口を尖らせて不満そうな顔をメリダはしたが、ランティウスはそれでも王族スマイルを維持し続けたのだ。
「すまないね。急に決まった事だったから」
「それでもですわ! だって最近ランティウス様、忙しいと言って会ってくださらないし舞踏会でも全然お相手してくださらないのですもの……わたくし、寂しかったですわ」
そう言いながらメリダはランティウスの腕に寄り添おうと近付いた。
しかしランティウスはスッと避けシルビアを連れて距離を置いたのである。
「ランティウス様? どうしてお避けに……って、何故貴女がそこにいるの!!」
漸くシルビアの存在に気が付いたメリダが、目くじらを立てながらシルビアを睨み付けてきたのである。
するとランティウスはシルビアを背に庇い、メリダの視線から隠したのだ。
「ランティウス様!?」
「メリダ、すまないが今はこの女生徒に学園の案内をしてもらっている所だから、これで失礼させて頂くよ」
「え!? でしたらわたくしがご案内致しますわ! そんな田舎娘よりもわたくしの方が身分的にも相応しいですもの!」
「……」
メリダの言葉を聞き、ランティウスの表情が王族スマイルのままピシッと固まった。
だがメリダはそんなランティウスの様子に気が付かず、シルビアに向かって怒りだしたのである。
「ちょっと貴女! いい加減ランティウス様から離れなさい! ランティウス様の側に居ていいのは、わたくしのような高貴な身分の者だけですわよ!」
「そう、言われましても……」
鋭い視線を受けシルビアは困りながらもランティウスの背後から顔を出し、ちらりとランティウスの様子を伺い見た。
そしてその目が笑っていない事に気が付くと、背中に冷や汗をかきだしたのだ。
(こ、これは……非常によくない状況の予感がします)
なんだかランティウスの背中から冷気が漏れだしてきているような気配も感じ、困惑の表情を浮かべながらもこれ以上刺激を与えないでほしいと願ったのである。
しかしそんなシルビアの願いなど分かるはずもなく、メリダは胸を張って爆弾を投下してきた。
「わたくしはランティウス様にとって妹みたいな存在ですのよ!」
その瞬間、ランティウスの体から一気に冷気が吹き出し周りの温度が急激に下がったのだ。
「な、なんですの!?」
そこで漸く只ならぬ雰囲気に気が付いたメリダが、顔を強ばらせながら周りをキョロキョロと見回した。
そしてシルビアは、ランティウスが後ろ手で魔方陣を展開させ何かの魔法を発動させようとしている事に気が付いたのである。
シルビアは慌ててそのランティウスの手を掴んだ。
「お、お兄様落ち着いてください! 私は全く気にしていませんから!」
メリダに聞こえないように声をひそめながらも、ランティウスに思い止まるように説得した。
「だが……」
「本当に大丈夫ですから!!」
ランティウスの手を掴み必死な表情で見つめてくるシルビアを見て、展開していた魔方陣を静かに消したのである。
その様子を見てシルビアはホッと息を吐くと、青い顔で狼狽えているメリダの方に顔を向けたのだ。
「メリダさん……あまりランティウス様を怒らせるような発言はなされない方がいいですよ」
「なっ!? わたくし怒らせるような事言っておりませんわ!」
「……自覚がないのでしたら、今度からは言動にお気を付けください。これはメリダさんの為でもあるんですよ。得に『妹』と言うフレーズは危険です」
「何故貴女にそんな事言われなくてはいけないの! わたくし、事実を言ったまでですわ! そもそも全く表に出てこようとしない王女よりも、わたくしの方がランティウス様の妹らしいと皆様言ってくださるのよ!」
その瞬間、再びランティウスから冷気が漂いはじめてきた事に気が付いたシルビアは、慌ててランティウスの前に躍り出て大袈裟に首を振り頷いた。
「そ、そうですよね! そもそも王女が表舞台に出られていないのですし、他の皆様がメリダさんにそう言われているのも頷けます!」
そう言い切りながらもちらりとランティウスの方を見て、意味ありげな視線を送ったのだ。
(……誰かさんが私を閉じ込めなければ、こんな事にならなかったのですよ?)
すると私の思いに気が付いたランティウスが、バツの悪そうな顔で目を反らした。それと同時に冷気も無くなったのだ。
そしてシルビアがメリダの意見に同意した事で、メリダの険しい表情が少し緩んだのである。
「あ~メリダ……私の妹だと公言するのであれば、授業をサボる行為は見逃せないのだけど?」
「っ!」
どうやら授業をサボっている自覚はあったようで、目を泳がせながらたじろぎはじめた。
「今すぐ教室に戻りなさい」
「で、ですが……その生徒も授業に出ておりませんわ!」
「この生徒の許可はすでに取ってあるから問題はない」
「うっ……分かりましたわ。このまま戻ります。ですが……今度はわたくしとのお時間も作ってくださいね!」
「……ああ」
そうしてメリダはもと来た道を戻っていったのである。
「……お兄様、これで少しはご自分がなされた事(監禁紛い)による結果をご自覚頂けましたか?」
「……すまなかった」
去っていくメリダの後ろ姿を見送りながら、シルビア達はそんな会話を交わしていたのだった。
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