学園訪問
すっかり学園の生活にも慣れてきたある日──。
いつもと変わらない朝のHRの時間にそれは起こった。
突然遠くの廊下から何か騒がしい声が聞こえてきたのである。
「あら? 一体どうしたのかしら?」
教壇の前に立っていたエリスが不思議そうな顔で廊下の方に顔を向けたが、廊下側には窓が無くそこからでは状況を知る事が出来なかったのだ。
シルビア達も不思議そうな顔でお互いを見合い、段々と大きくなっていく声に戸惑っていた。
「ん~気になるし、ちょっと様子を見てくるわね。あなた達はここで待機……」
そうエリスが言い掛けた時、教室の扉をノックする音が響いたのである。
「あ、はい。どうぞ?」
困惑しながらエリスが返事をすると、ゆっくりと扉が開きそこから白髪混じりの頭髪と、くるんとした口髭を生やした初老の男性が入ってたきたのだ。
「あらハンリー学園長? どうかされたのですか?」
「ああエリス先生、HR中なのにすまないね」
入ってきた男性を見てエリスが驚きながら問い掛けると、ハンリー学園長は穏和な顔のまま謝りそして自分の口髭を撫でながら一歩身を引き扉の方に声を掛けた。
「どうぞお入りください」
ハンリー学園長が恭しく言うと、そこから一人の若い男性が教室の中に入ってきたのである。
その男性は白金に輝く髪と美しい碧眼をした気品溢れる美青年であったのだ。
シルビアはその男性を見て思わず目を見張り激しく動揺していた。
(な、な、なんでお兄様がここに!?)
そう、その男性と言うのは、シルビアの兄でありこのライデック王国の国王でもあるランティウスであったのだ。
ランティウスは教室内を進みながらちらりと視線をシルビアに向け、一瞬愛しそうに微笑んだのである。
(うっ! お兄様……そのあからさまな態度は止めて頂きたいです)
正直泣きたい気持ちを抑えながら、ランティウスの動向を見守った。
そしてまさかの国王登場に、教室にいる者全員が困惑の表情を浮かべていたのである。
しかしランティウスはそんな皆の様子を気に止める事もなく、王族スマイルを浮かべながらエリスのもとに近付いていった。
エリスはハッとし慌てて右手を胸に当て頭を下げたのである。
「エリス、頭を上げていいよ。それから突然来てしまって申し訳ないね」
「いえ……ランティウス様のその麗しいお姿を見られて、あたし嬉しいですわ!」
「ふふ、エリスは相変わらずだね」
どうやら二人は知り合いだったようで、砕けたように話し出した。
「それにしてもランティウス様、今日は一体どうなされたの?」
「いや、久しぶりに母校の様子を見たくなってね」
「まあそうでしたの……ああなるほど。だからあんなに廊下が騒がしかったのね。突然の国王の訪問だったから皆、一目見ようと大騒ぎしてたのでしょう?」
「……このような騒ぎにするつもりは無かったのだけどね」
ランティウスはここまでの道中に起きた騒ぎを思い出し、苦笑いを浮かべたのだ。
しかしふと思い出したように、ずっと黙ってにこにこ笑顔で立っていたハンリー学園長の方に振り返り、にっこりと微笑んだのである。
「ハンリー学園長、ここまでの案内ご苦労だった。後は別の者に頼むから、貴方は戻ってくれて構わない」
「え? ですが……」
「貴方も忙しい身だろう? 私の事は構わず仕事に戻ってくれていい。それとも……名ばかりの学園長、と言うわけではないのだろう?」
「っ! で、ではお言葉に甘えさせて頂き、これで失礼致します!」
にっこりと黒い微笑みを浮かべたランティウスを見てハンリー学園長の顔が一気に青ざめ、額からダラダラと冷や汗を流しながら一礼し慌てて教室から出ていってしまった。
(……あんな表情のお兄様、初めて見ました。いつもは私に優しい微笑みを向けてくださるばかりでしたのに……)
初めて見るランティウスの様子にシルビアは戸惑っていると、今度はシルビアの隣に座っているリシュエルの方にランティウスが顔を向けたのだ。
「やあ、リシュエル王子久しぶりだね。私の卒業式以来かな? 元気そうで何よりだ」
「ランティウス王もお変わりないようで」
「君の学園での噂はよく私の耳にも入っているよ。相変わらずのようだね」
「私なんて、ランティウス王に比べればまだまだですよ」
二人は王族の顔で笑顔を浮かべていたのである。
しかし隣に座っているシルビアはとても気が気じゃなかった。
(そもそもお兄様、一体どうして来たのです!? 母校の様子を見に来ただなんて絶対ただの口実ですよね? ま、まさか私を無理矢理連れ戻しにきたとか? いや、さすがにそのような事は……しないと信じたいです!)
ランティウスの考えが分からず不安を抱きながらも、お願いだから関わらないでくれとシルビアは必死に心の中で願っていたのだ。
するとそんなシルビアの様子に気が付いたセシルが、シルビアの方に顔を近付け小声で話し掛けてきたのである。
「おいシルビアどうした? なんか顔色が悪いようだが……具合が悪いのか?」
「いえ、そう言うわけで……」
セシルの方に顔を向け苦笑しながら答えようとしたその時、突如シルビアとセシルの顔の間を物凄い勢いで氷柱が通り過ぎていき後ろの机に突き刺さった。
「うぉ!?」
後ろの席に座っていたカイザは驚きの声をあげながら椅子から飛び退き、驚愕の表情で身構えたのだ。
その隣に座っていたロイも驚きの表情を浮かべながらも、ちゃっかりと防御魔法を自分に掛けていたのである。
「おいロイ! 俺にも防御魔法掛けろよ!」
「なんで僕が、カイザなんかにそんな事しなくちゃいけないの? 殿下を守るためなら兎も角、カイザならこれぐらい自分でなんとか出来るだろう?」
「くっ! 相変わらずの殿下至上主義者め!」
キッとカイザはロイに鋭い視線を送るが、ロイは敢えて無視し防御魔法を解いた。
その後ろの方の席でマキアは呆れた表情を浮かべながら二人を見ていたのである。
そんな中、氷柱が目の前を通り過ぎていったシルビアとセシルは、青い顔のままゆっくりと飛んできた方に顔を向けたのだ。
するとそこには、黒い微笑みを浮かべながら手の上に魔方陣を展開し、そこから氷柱を浮かばせているランティウスが立っていたのである。
(そ、そう言えばお兄様は氷魔法が得意でしたね。ですが……何故、今このタイミングで使われたのでしょう?)
唐突な魔法発動に、魔法を見た喜びよりも疑問の方が大きかったのだ。
そのランティウスはセシルの方をじっと見つめ、目をスッと細めながら話し掛けてきた。
「君は確か……セシル・ヴィランデ君だったね。君……ちょっと女性に対して顔を近付け過ぎじゃないかな? まだ君達は学生なのだし、男女の距離感はちゃんとした方がいいよ」
「はぁ……」
「……返事は?」
「っ! は、はい!」
何故そんな事を注意されなければいけないのか分からず曖昧に返事を返したセシルに向かって、ランティウスが黒い笑みを深くした事で、セシルは咄嗟に身の危険を感じ大きな声で返事を返したのだ。
そんなランティウスを見て、シルビアは額に手を当て小さくため息を吐いたのである。
「ランティウス王、さすがに教室内で魔法を放つのはお控えください」
苦笑を浮かべながらリシュエルは手のひらに魔方陣を展開し、机に突き刺さっている氷柱を炎の魔法で溶かしたのだ。
ランティウスもそこでさすがにやり過ぎたと感じたのか、魔方陣を解き浮かべていた氷柱を消したのだった。
「もう~ランティウス様、一応貴方は皆の先輩に当たる方なのですから、もっと考えて行動して欲しいわ!」
「……すまない」
「それよりも、わざわざこの教室にまで来て何かご用事でもあったの?」
「実は……久しぶりに母校を訪問したのでせっかくだし、私の後輩に当たる特待生クラスの者に案内を頼もうと思ったのだ」
「あら、じゃあ誰に……」
「ああもう決めてあるから」
エリスが人差し指を頬に当てながら悩む素振りを見せると、すかさずランティウスはそれを止めたのである。
シルビアはなんだかとても嫌な予感を感じ、身を縮めてその予感が外れる事を必死に願った。
しかしシルビアの願いは叶わず、ランティウスはシルビアに視線を向けるとふわりと微笑んだのだ。
「あの女生徒に案内を頼みたい」
(うう……やっぱり……)
予想通りの言葉にシルビアは心の中で唸ったのである。
「シルビアちゃんを? だけどあの子、今年入ったばかりの新一年生だからランティウス様の案内が出来るとは思えないわよ?」
「それでも構わない。むしろその初々しい感性で案内してもらえる方が、見慣れた学園内も新鮮に感じられると思うからね」
そう言ってランティウスはもう一度シルビアに向かって微笑んだのだ。
その微笑みを見てシルビアは、頬をひきつらせてしまった。
エリスはそんな二人を見て、困った顔でシルビアに問い掛けたのである。
「シルビアちゃん……どうする?」
シルビアはエリスに向かって必死に顔を振り無理だとアピールしてみたのだ。
だがランティウスは笑顔を顔に張り付けながら、少し低い声で声を発した。
「シルビア嬢、そんなに私の案内が嫌なのかい? ……だったら仕方がないね。このまま貴女を……」
「っ! い、嫌だなんて言っていませんよ! ちょっと首がこっていたので振って解していただけです! も、勿論喜んで案内させて頂きます!!」
とんでもない事を言い出しそうな気配を感じたシルビアは、慌てて椅子から立ち上がり無理矢理笑顔を作って肯定したのである。
するとそんなシルビアを見て、ランティウスはとてもいい笑顔で頷いたのだ。
「ありがとうシルビア嬢。ではさっそく今からお願いするとしよう」
「い、今ですか?」
まだHRも終わっていない状態なので、シルビアは困った表情でエリスの方を見た。
「……シルビアちゃん、行っていいわよ。それとこの後の授業内容は、後で個別で教えてあげるから心配しなくていいからね」
「……はい」
呆れた表情を浮かべながらエリスが答えたので、シルビアは渋々頷いたのだ。
そうしてシルビアは、上機嫌なランティウスと共に教室を出ていったのであった。
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