救出劇
裏手に回ったシルビア達は、そこにもう一つ扉があることに気がついた。
「どうやらこちらには見張りはいないようですね」
「……そのようね。で、どうするの? このままもう少し様子を見るか、思いきっていってしまうか」
「このままここで待っていても、さらに相手の人数が増えてしまう可能性があるのでここはいきましょう」
「わかったわ。じゃあシルビアちゃん、貴女は危ないからここで……」
エリスはうなずきシルビアの方に振り返ったが、そこにはシルビアの姿がなかった。
「え? シルビアちゃんどこ!?」
「っ! あんなところに!」
リシュエルが息を詰まらせながら険しい表情で見た先には、シルビアが一人で裏口の方に向かっていたのだ。
「ええ!? いつの間に!?」
「わからないですが、今はすぐに追いかけないと!」
「そうね!」
二人は辺りを警戒しながらも慌てて茂みから飛び出しシルビアを追いかけた。
そして裏口の手前でようやく追い付いたのだ。
「シルビア! どうして一人でいってしまうんだ!!」
「え? 周りに見張りがいないようでしたので、行動するなら早い方がいいかと思いましたから」
「それはそうかもしれないが、一人でいくなど危ないだろう!」
「大丈夫ですよ。ちゃんと辺りを警戒しながらきましたから」
「そういうことではなく!」
キョトンとした顔のシルビアを見てリシュエルはさらに言いつのろうとしたのだが、その肩にエリスが手を置いた。
「リシュエル……諦めなさい。それよりもあまりここで騒ぐと見つかってしまうわ」
半分呆れた表情を浮かべながらも辺りを気にしているエリスを見て、リシュエルはぐっと口を閉ざし周りに視線を向けたあと小さくため息をついてからシルビアの方に顔を向けた。
「……シルビア、お願いだから一人で無茶だけはしないで欲しい」
「わ、わかりました」
真剣な表情でじっと見つめてくるリシュエルにシルビアはドキッとし、動揺しながらもうなずいたのだった。
苦笑いを浮かべながら二人の横を通り抜け、エリスは裏口の取っ手を掴み開けようとしてみた。
「ん~やっぱり鍵がかかっているみたいね」
「やはりそうですか。だからここに見張りがいなかったのですね」
「そのようね……どうする? あたしの魔法で無理に壊すこともできるけど、まずその音で気がつかれちゃうだろうし……」
「そうしましたら、解除の魔法を使いましょう」
「へっ?」
シルビアは腕を組んで考え込んでいたエリスの横に立つと、その取っ手に手をかざし魔方陣を展開させるとすぐに小さく鍵の開く音が聞こえた。
その音を聞いたシルビアは魔法を消すと、取っ手を掴んでゆっくりと回した。
すると扉が静かに開いたのだ。
「嘘でしょ? 解除の魔法って複雑で簡単には使えない魔法なのよ? あたしでも上手く使えないのに……」
呆然と呟いているエリスに気がつかずシルビアは、少し開いた隙間から中の様子を伺うとそのまま大きく開けて中に入ろうとした。
だがその扉をリシュエルが掴み止めた。
「シルビア……また一人でいこうとしていたね?」
「見える範囲では誰もいませんでしたよ?」
「それでも貴女が先に入っていい理由にはならない。ここは私が先に入るから、貴女はエリス先生のあとについてきて」
「ですが……」
「いいね」
「……はい」
強い口調のリシュエルに渋々うなずいたシルビアは、剣の柄に手を置きながら慎重な足取りで入っていったリシュエルとエリスに続き中に入ろうとした。
しかしその足がピタリと止まり後ろを振り返ったのだ。
◆◆◆◆◆
リシュエルは足音を立てないように歩き辺りを警戒しながら奥に進んだ。
その後ろにはエリスが緊張した面持ちでついてきている。
そして奥にあった一枚の扉に近付くと耳を当てた。
「いい加減この縄を解きなさい!」
「うるせぇ! お前こそいい加減に黙れ!」
「いいえ黙りませんわ! あなた達のような下賎な者に屈するわたくしではありませんのよ!」
捕まっていてもなお強気のメリダの声と、激しく貧乏ゆすりしながら機嫌の悪い男の声が中から聞こえてきた。
「あ~うぜぇ、お頭が身代金手に入れるまでは手を出すなって言われてるから仕方なく我慢してるが、正直殴って黙らせてぇ!」
「ふん、殴れるものなら殴ってみなさいな!」
「っ! このアマ!! オレを馬鹿にするのも大概にしろ!」
その怒気をはらんだ声と共に激しく椅子が倒れる音が響いてきたのだ。
「まずい!」
リシュエルは焦りの色をにじませながら剣を引き抜き扉を蹴破った。
「なっ!?」
突然弾け飛んだ扉に唖然としていた男は、飛び込んできたリシュエルに気がつき慌てて短剣を抜いた。
だがリシュエルは間髪入れず男との距離を縮めると、素早い剣さばきで倒したのだ。
するとその音に気がついた表にいた男が、扉を開けて中に駆け込んできたのである。
「はぁ~い。あなたもおねんねしましょうね」
エリスのそんな言葉と同時に男の体が一気に浮き上がり、天井に頭をぶつけると気を失った。
そのまま床におろして完全に動かなくなったのを確認してから、エリスは魔方陣を消した。
「とりあえず、見張りは二人だけのようですね」
「そのようね」
辺りを警戒しつつリシュエルは、呆然としたまま縄で縛られて床に転がされているメリダに近づいた。
「メリダ嬢、お怪我はありませんか?」
「リシュ、エル様?」
まだ状況が飲み込めていないメリダは戸惑いの表情でリシュエルを見る。
リシュエルはすぐに縄を剣で切って外すと、メリダを立たせてあげた。
「メリダ嬢もう一度お聞きしますが、お怪我はありませんか?」
「え、ええ。どこも怪我などしておりませんわ」
「それはよかったです」
そう言ってリシュエルはにっこりと微笑んだ。
するとメリダの頬がどんどんと赤らみ、そしてようやく状況が理解できたのだ。
「まあ! リシュエル様! わたくしを助けにきてくださったのですね!」
「ええ、ご無事でよかったです」
「嬉しいですわ! たったお一人でわたくしを助けにきてくださるなんて!」
「……あたしもいるんだけどね」
両手を組んで目を輝かせリシュエルだけを見つめているメリダを見て、エリスは苦笑いを浮かべていた。
「メリダ嬢、私以外にもエリス先生と……」
王族スマイルでメリダに答えようとしたリシュエルは、あることに気がつき慌てて部屋の中を見回した。
「エリス先生! シルビアは一緒ではないのですか!?」
「え? シルビアちゃん? っていないわ!!」
リシュエルの問いかけにようやくエリスもシルビアがいないことに気がついた。
「っ! まさかどこかで捕まっているのでは!」
嫌な予感が頭をよぎり、リシュエルは物凄い早さで来た道を駆け戻っていった。
そのすぐあとをエリスも切迫した様子で追いかけていったのだ。
「……一体なんですの?」
あとにはポカンとした顔のメリダだけが一人その場に残されていたのだった。
裏口までの道のりにはシルビアの姿はなく、リシュエルの表情に焦りの色が浮かんだ。
そしてリシュエルは、裏口から外に飛び出すと同時に大きな声で名前を呼ぶ。
「シルビア!!」
「はい?」
リシュエルの必死の呼び掛けにいたって普通な声でシルビアが答えた。
すぐさまその声がした方にリシュエルが顔を向けると、そこには不思議そうな顔で振り返っているシルビアがいたのだ。
「シルビア無事でよかった……ってそれは!?」
シルビアの無事な姿にホッとしたリシュエルだったが、その足元を見て目を見開いた。
「はぁはぁ、ちょ、ちょっとリシュエル、早すぎよ! ……ん? どうした…………へっ?」
リシュエルに遅れて出てきたエリスは、息を切らしながら抗議の声をあげたが、驚愕の表情で固まっているリシュエルを訝しがり、その視線の先を追って同じような表情で固まった。
何故ならシルビアの後ろには大柄の男数人が気を失って倒れていたのだ。
さらにその体には光の紐が何重にも巻かれていたのである。
しばし呆然としていたリシュエルだったが、すぐにハッとし急いでシルビアのもとに駆け寄った。
「シルビア、この男達は一体……」
「実はリシュエルさん達が小屋に入られた時に、何者かがここに近づいてくる気配を感じましたので……」
「ではもしや……この男達全員をシルビア一人で倒した、ということか?」
「ええ。このままではリシュエルさん達に危険が及ぶと思いましたので、余計なお世話かとは思いましたが私がお相手させていただきました」
そう言ってシルビアは苦笑いを浮かべたのだった。
そんなシルビアと地面にのびている男達を見比べ、リシュエルは額を手で押さえてから疲れた表情で問いかけた。
「シルビア、怪我はしていない?」
「はい。どこも怪我などしておりません。それよりも……メリダさんは救出できたのでしょうか?」
シルビアはリシュエルの反応を不思議がりながら、後方の小屋に視線を向けた。
そのシルビアの言葉を聞き、リシュエルとエリスはメリダを一人置いてきてしまったことに気がついたのだ。
「しまった……」
「え? もしやまだでしたか!? なら急いでいきませんと! あ、それとも連れ去られてしまったあとだったのですか? それでしたらもう一度探索魔法を……」
「いや、ちゃんと救出はしたよ」
「そう、なのですか? ではどうしてここにメリダさんがいらっしゃらないのでしょうか?」
「それは……」
バツが悪そうな顔で答えようとしたリシュエルに、突然小屋から飛び出してきたメリダが後ろから抱きついたのだ。
「酷いですわリシュエル様! わたくしを一人あのような場所に置いていかれるなんて!」
「ああすみません、メリダ嬢」
「もう! わたくし心細かったですわ!」
お腹に両腕を回してしっかりと抱きついているメリダは、ご機嫌ななめな様子でリシュエルの顔を見上げていた。
そんなメリダにリシュエルは困った表情で謝罪の言葉を口にした。
それでもメリダの機嫌は直る様子もなく、さらに腕を解く気配もなかったのだ。
するとシルビアはそんな二人の様子を見てなんだか胸がモヤモヤし、腹の底がムカムカしだした。
(なんでしょうこの気持ち……リシュエルさんに抱きつくメリダさんを見ていると、とても嫌な気持ちになります。正直今すぐ離れて欲しいです)
とても黒い感情がわき起こってくることにシルビアは戸惑うが、どうしても押さえることができなかった。
その時、メリダがリシュエルの前に回り込み正面から抱きつこうとしたのである。
「っ!!」
咄嗟にシルビアの体が動き、メリダの肩を後ろから掴んでひき止めたのだ。
メリダは止められたことで不機嫌をあらわにしながら振り返った。
「は? なぜ貴女がここにいるのですの!」
ひき止めたのがシルビアだとわかると、メリダは目をつり上げ睨み付けながら手を振り落とした。
しかしシルビアはそんなメリダよりも自分の咄嗟の行動に動揺していたのだ。
(私、どうしてメリダさんを止めてしまったのでしょう?)
そう自問自答していると、リシュエルが心配そうな顔で話しかけてきたのである。
「シルビア、どうかしたのか?」
「!!」
リシュエルの顔を見た瞬間、シルビアは自分の気持ちに気がついたのだ。
(そうか私、リシュエルさんのこと…………好き、だったのですね)
マキアから聞いていた恋という気持ちと今の感情が全く同じであったことに気づき、ようやくリシュエルに対しての恋心を自覚したのだ。
突然目を見開いて固まってしまったシルビアにリシュエルは困惑すると、メリダを自分から引き離しシルビアの肩に触れようとした。
「っ!!」
シルビアは咄嗟に後ろにさがりリシュエルから離れたのだ。
明らかに様子のおかしいシルビアに、リシュエルは探るような目を向けてきた。
「シルビア?」
「わ、私…………先に戻ります!」
顔を赤らめながらシルビアはリシュエルの顔を直視することができず、すぐさま踵を返すと宿泊施設に向かって走り出してしまったのだ。
「なっ!? シルビア待って!」
突然走り出してしまったシルビアに驚いたリシュエルは、慌てて追いかけようとしたがその腕をメリダが掴んでひき止めてきたのだ。
「リシュエル様! またわたくしを置いていくおつもりではありませんわよね!」
「メリダ嬢、離してください!」
「嫌ですわ!」
急いで追いかけたいリシュエルの腕をメリダがしっかりと両腕で掴み、全く離してくれなかった。
「あ~リシュエル、ここはあたしがシルビアちゃんを追いかけるから、貴方はメリダちゃんを宿泊施設まで送っていってあげなさい」
「しかし!」
「多分あたしの予想だと、今貴方が追いかけても余計逃げられると思うのよね」
「それは一体?」
「これはあたしの口からは言えないわ。ああ、追い付けなくなっちゃうからあたしは行くわね。それからちゃんとメリダちゃんを送ってあげるのよ」
そうしてエリスはシルビアのあとを追って駆け出していった。
その後ろ姿をリシュエルは困惑しながら見ていたのだった。
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