学園入学

 目の前にそびえ立つ大きな建物を見上げながら、一人の少女が目を潤ませ両手を握りしめて感動の表情を浮かべ佇んでいた。


(……やっとこの日がきました!)


 その少女の名はシルビア・ロン・ライデック。腰まであるストレートな白銀の髪と碧眼が美しい美少女で、今年十六歳になったばかりである。

 そしてそのシルビアが見上げていた建物は、王侯貴族達が通う学園であったのだ。


(お兄様、私はここで自立出来る事をお見せ致します!)


 シルビアはそう熱意を込めた眼差しでじっと学園を見つめていたのである。

 実はシルビアはこのミリドリア学園があるライデック王国の国王の妹で、王女であったのだ。

 しかし何故シルビアがそんな風に決意を持って一人で立っているのかと言うと、原因はシルビアの兄の過保護っぷりであったのだ。

 それもただの過保護ではなく、超超超が付くほどの過保護なのである。

 そもそもシルビアが産まれてすぐに、元々病弱であったシルビアの母は重い病で亡くなってしまった。

 そんな事もあり、父や兄が必要以上にシルビアの身を気遣うようになってしまったのだ。

 シルビアが何処に行くにも大勢の護衛が周りを囲み、何か遊ぼうとすると入念に危険がないか確かめられ結局遊び始められるのは一時間後。そのような状態で少しでも転んだりしたものなら、それは城をひっくり返すほどの大騒動になったのだ。

 そして極めつけは一切外出を許可してもらえず、城の奥にあるシルビアの部屋とその部屋に通じている外部とは隔離された中庭にしか行動範囲が認められていなかった。

 さらに数年前、不慮の事故で父も亡くなり国王を継いだ兄の過保護がエスカレートしてしまった。

 そんな息の詰まる生活を強いられ続けたシルビアは、とうとう我慢の限界に達しキレてしまったのである。


「お兄様! 私はもう十六歳になるのですよ! いい加減自立させてください!!」

「いやしかしシルビア、お前に何かあってからでは遅いだろう? だからお前は何も気にせず今まで通り……」

「絶ぇぇぇ対嫌です!!」


 シルビアは目くじらを立てて兄であるランティウスに言い放ったのだ。


「私の自立を認めてくださらないのでしたら……お兄様のこと大っ嫌いなりますよ!」

「なっ!?」


 そのシルビアの言葉に、ランティウスはショックを受けた顔で固まってしまったのである。

 すぐさまランティウスはシルビアを説得しようと試みたが、シルビアの意思は固く聞き入れてもらえなかったのだ。

 そうして話し合いの末シルビアは一人で自立出来る事を証明するため、寮が完備されているミリドリア学園に入学する事が決まったのだった。


(ああ~早く魔法が使ってみたいです!)


 さらにシルビアがこの学園に来たかったもう一つの理由に、魔法を教える教科がこの学園にあったからだ。

 何故ならシルビアはまだ一度も魔法を使った事がない。

 ランティウスはもちろん両親も魔法が使えていたので、おそらくシルビアも魔法が使えるはずなのだが、ランティウスが危ないからと頑なに使用を禁止し全く魔法の基礎を教えてもらえなかったのである。

 だからこそシルビアはずっと魔法に憧れを持ち、魔法を教わる事の出来るミリドリア学園に入学したいとずっと思っていたのだ。

 シルビアは念願叶ったこの状況に喜びうち震えていた。

 するとそんなシルビアを奇異な目で見ながら学園に入っていくシルビアと同じ年頃の子息令嬢の存在に気が付き、シルビアは慌てて表情を引きしめると何食わぬ顔で学園に向かって歩いていったのだった。


◆◆◆◆◆


「はい。事前にお送りしてあります入学証明書をご提出ください」


 笑顔で受付と書かれた机に座っている女性に、シルビアはポケットから一枚の封筒を取り出して手渡したのだ。

 そしてその受付の女性は封筒を手に取り中から一枚の紙を取り出して、机に置かれているリストと見比べたのである。


「……はい。確認できました。ようこそ我がミリドリア学園へ。貴女のご入学を歓迎致します。シルビア・嬢」

「ありがとうございます」


 受付の言葉にシルビアはにっこりと微笑んだ。


(よし! 怪しまれていないですね!)


 シルビアはそう心の中でガッツポーズをしていたのである。

 何故シルビアの家名が別の名前になっているのかと言うと、シルビアが王女である事を公表しながら入学すると気を使われ、場合によっては至れり尽くせりの状況になり自立した証明にならないと思ったからだ。

 だから身分を隠す事に大反対していたランティウスを押さえ込み、宰相に相談して偽造の書類と辺境に住んでいる伯爵家の娘という身分に変えてもらったのだった。


「ではまず先に、能力検査をしてからその結果をもとにクラス分けを致しますので、この身分証を持ってこの地図に書かれた場所に向かってください」

「……分かりました」


 受付の女性から身分証と学園内の地図を受け取り、いく場所を示されたシルビアは意気揚々と検査場所に向かったのである。

 ちなみに何故シルビアの家名が変わっただけで名前がそのままなのに、誰もシルビアが王女だと思わないのかと言うと……。


「なあなあ聞いたかシルビア王女様の噂。なんでもお城の奥で厳重に守られて淑やかに暮らされているらしいな」

「ああ、どうも国王が誰にも見せたくないと隠されているとか」

「なんでも見た者を魅了するほどの美貌の持ち主らしい」

「あれ? 俺が聞いたのは人に見せられないほど醜い見た目って聞いたぞ?」

「あら、私がお聞きしたのはわがまま過ぎて手に終えないから、お城の奥に閉じ込めているとお聞きしましたわよ?」

「俺は病弱で明日も知れない状態らしいって聞いたが?」


 そんな噂話を検査会場に向かう廊下で話していた子息令嬢達の横を、シルビアは何食わぬ顔で横切っていったのだ。


(……ある意味、お兄様の超過保護がここで役立っていますね)


 長年ほぼ監禁といっていいほどの生活をしてきた事で、シルビアの姿は一部の人間にしか知られておらず、その存在は謎に包まれていると噂されるようになっていたのである。

 だからこそそのままシルビアと名乗っても、まさかその噂の王女がここにいるとは誰も思わないでいたのであった。

 そうしてシルビアが目的の場所に到着すると、すでにそこには多くの新入生達が集まっていたのだ。

 するとその中に一際目立っている一人の令嬢がいた。

 その令嬢は腰まである豊かに波打つ青い髪に、濃い紫の瞳をしたキツめの顔立ちと豊満な体をした美少女であったのだ。しかし端から見ても分かるほどにわがままな性格がにじみ出ていたのである。

 さらにその令嬢の周りにいる取り巻きだと思われる三人の令嬢が、その令嬢を褒め称えていたのだ。


「メリダ様は今日も素敵ですわ!」

「わたくし達の憧れです!」

「メリダ様なら絶対、特待生クラス確定ですよ!」

「おほほほ! 当然ですわ! わたくしメリダ・デ・ランドラックは特待生に選ばれるべき存在ですもの!」


 メリダと呼ばれた令嬢はそう声高々に宣言しながら、口元に手を添えて高笑いをあげていた。

 だがそんなメリダ達を他の生徒達は遠巻きに冷めた目で見ていたのだ。


(……ランドラック家って、確かお父様の弟……私の叔父様にあたる方が婿養子で入られた公爵家だったはずですね。そしてその叔父様には、私と同い年の娘がいるとお聞きした事が……。ではあのメリダが、私の従姉妹になるのでしょうか? ……正直ちょっと嫌ですね)


 シルビアはそう思いながらなんとも言えない表情で、まだ高笑いをあげているメリダを遠く離れた位置から見ていたのだった。

 するとその時、突然周りがざわめきだし皆同じ方向を向き出したのである。

 シルビアはその皆の様子に戸惑いながらも同じ方向に視線を向けた。


(うわぁぁぁぁ! お兄様に負けず劣らずのイケメンです!!)


 そうシルビアが驚いて見ていたのは、優しい微笑みを浮かべながらその場にいる人々に手を振り歩いてきている一人の男性であったのだ。

 その男性は美しい青い瞳の持ち主で、背中まである長くきらめく金髪を後ろで一つにまとめており、そしてなにより白い制服がよく似合っていたのである。


「きゃぁぁ! リシュエル王子よ!」

「おお! あの方が隣国の王太子ながら、飛び抜けた魔力をお持ちのため特別にこの学園へ入学された方か!」

「確か特待生クラスのリーダーをされていらっしゃられるとか」

「すげぇ! こんな近くでお会い出来るなんて」

「ああ~お近づきになりたいわ~」


 そう口々に生徒達が声に出し、尊敬と憧れの眼差しでリシュエルを見ていたのだ。


(リシュエル王子……確かお兄様からお聞きした事がありましたね。同盟国である隣国のサザール王国の王太子で、名前をリシュエル・フォン・サザール。歳は……私の二つ上で十八歳だったはずです。そしてその類まれなる魔力と優れた剣術をお兄様が絶賛されていましたね~)


 シルビアはその事を思い出し、改めてすごい人なんだと感心しながらリシュエルを見ていた。

 するとそのリシュエルに駆け寄る人物がいたのである。


「リシュエル様! お久しぶりですわ!」


 甘い声でリシュエルに話し掛けたのはメリダであったのだ。


「ああ、メリダ嬢お久しぶりですね。この前の夜会以来ですか」

「ええ、あの時はご一緒に踊らさせて頂いてとても楽しかったですわ」

「私も楽しかったですよ」


 そう言ってリシュエルはメリダに微笑むと、メリダは頬を染めながら嬉しそうにしたのである。

 そんな二人を見て他の令嬢達が悔しそうにしていたが、相手が公爵令嬢であるため何も出来ないでいたのであった。


「リシュエル様は何しにここへおみえになられたのですか?」

「今年の新入生の様子を見にきたのですよ」

「まあそうでしたの。でもきっと……リシュエル様がいらっしゃられる特待生クラスには、わたくししか入れる者はいないと思われますわ」

「……そうですか」


 勝ち誇った顔で言い切るメリダに、リシュエルは苦笑いを浮かべるとゆっくりと他の生徒を見回したのだ。

 そして微笑みを浮かべたまま一人一人の生徒を見ていたのだが、その視線がピタリとシルビアの所で止まったのである。

 リシュエルはじっとシルビアを見つめると何かに驚いた表情に変わった。


「リシュエル様、どうかなされたのですか?」


 そのリシュエルの様子を訝しがったメリダは、リシュエルの視線を追ってシルビアの方を見たのだ。

 そしてそこにいるシルビアを見て眉根を寄せたのである。


「……あの方がどうかなさいましたの? まさかリシュエル様! あの女に好意を寄せられているのですか!?」

「いえ、そう言うわけではないのですが……少し気になる事がありまして」


 メリダがリシュエルに突っ掛かっていったので、リシュエルは困った表情でシルビアからメリダに視線を戻した。


「気になる事、ですか? それは一体なんですの?」

「いえ、メリダ嬢がお気になさる事ではないですよ。それよりも、能力検査頑張ってくださいね。貴女が特待生クラスに入れる事を祈っていますよ」


 リシュエルはそう言ってにっこりと微笑みメリダの言葉を防いだのである。


「では皆さん、能力検査頑張ってくださいね」


 さらにリシュエルは笑顔のまま他の生徒達にも声を掛け、そして来た道を戻っていったのだ。

 しかしその時、ちらりともう一度だけシルビアを確認しほくそ笑むとぼそりと小さく呟いたのである。


「……今年は面白くなりそうだ」


 そうしてリシュエルはその場から去っていったのだった。

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