剣術授業

「よし! じゃあさっそく一対一の打ち合いから始めるぞ!」

「……え? 打ち合いから!? いやいや早すぎだろう!」

「そうですよゴーランド先生。確かに私達二、三年生は何度か剣術を経験していますので打ち合い自体は特に問題ありませんが、一年生の……特にシルビアはまだ今日が初めての授業なのですよ? まず基礎から始めた方がいいかと思われますが?」


 ゴーランドの発言にセシルとリシュエルが即座に反論の声をあげた。

 しかしゴーランドはそんな二人をニヤニヤとした顔で見てから、シルビアに視線を向けたのだ。


「どうする嬢ちゃん? 基礎からやるかい?」

「ん~大丈夫です。どうぞそのまま進めてください」

「「シルビア!?」」


 シルビアの言葉に、リシュエルとセシルが同時に驚きの声をあげ困惑したのだった。


「ははっ! まあそう言うと思っていたけどな。ほれ、本人の了解も得た事だしこのまま続けるぞ。じゃあ今から二人一組で打ち合いをしてもらう。そんでその組み合わせは……」


 そう言ってゴーランドが組み合わせを発表したのだが、その組み合わせにシルビアを除いた全員が動揺したのである。

 何故なら騎士であり剣術に優れたカイザとシルビアが組まされていたからだ。


「ゴーランド先生! シルビアにカイザを組ませるのはさすがにおかしいと思います!」

「俺もリシュエル先輩に同意する! シルビアには一年生の俺か、俺と組む事になったマキア先輩と組ませる方が妥当かと思うんだが!」

「……今回は私もそう思うわ」

「さすがに僕もこれはどうかと思うよ? 普通に考えてカイザは殿下と組ませるもんだと思うけど? それなのに……なんで殿下の相手が僕なの?」

「ゴーランド先生……俺、剣に関しては手加減が苦手なんだけど?」


 ゴーランドに向かって一斉に抗議の声をあげた。

 しかしそんな皆の抗議を無視してゴーランドは、戸惑っているシルビアに用意してあった木剣を手渡したのである。


「嬢ちゃん、出来るか?」

「え、ええ。正直何故皆さんがそんなに声を荒げていらっしゃるのかはよく分かりませんが、特に問題はありませんよ?」


 そのシルビアの発言に、ゴーランド以外が驚きの表情でシルビアを見たのだ。


「さあさあ、いつまでも騒いでいないで始めるぞ! ほらカイザ、お前達から始めるから木剣を受け取れ」

「え? あ、わぁ!」


 楽しそうに笑っているゴーランドが、まだ困惑しているカイザに向かって木剣を放り投げた。

 それをカイザは慌てて受け取ったのである。


「ほら、他の奴らは危ないから少し離れて見学をしていろ。ちなみにこの二人が終わったら、次はセシルとマキアの組みだからな。お前達は準備運動だけはしっかりしておけよ」


 そうゴーランドはセシル達に言ってから、もう一度シルビア達の方に顔を向けたのだ。


「開始はお前達のタイミングで良いからな。好きなように始めていいぞ」

「……好きなように始めていいと言われてもな……」


 ゴーランドの言葉にカイザは複雑そうな顔で受け取った木剣を見つめ、そしてシルビアの方を見た。

 するとそのシルビアはとてもワクワクとした表情で剣を構えていたのである。


「……へ~少しは出来るみたいだな」


 シルビアの構えを見たカイザは、スッと表情を引き締め剣を構えだした。

 そんなカイザにシルビアはにっこりと微笑みを向けたのである。


「よろしくお願い致します」

「あ、ああ。こちらこそよろしく」


 シルビアの表情を見て実力を計りかねたカイザは、困惑の表情を浮かべていたのだ。


「ではこちらから行きますね」


 そう楽しそうに言うとシルビアは、姿勢を低くし一気に駆け出したのである。


「なっ!?」


 予想に反した素早い動きにカイザは驚きの声をあげ、すぐに反応する事が出来なかった。

 するとその隙にシルビアはカイザの間合いに入り、持っていった木剣をカイザの脇腹に向かって打ち付けようとしたのだ。

 しかしさすがにカイザはその動きに反応し、大きく体を反転させシルビアの剣筋から逃れたのである。

 そしてそのまま後退しシルビアから距離を取って剣を構えたのだが、その表情は激しい動揺が現れていた。


「な、なんだあの動きは!?」


 だがそんなカイザの動揺など気付きもせず、シルビアはにこにこと笑いながら体勢を直すと再びカイザのもとに駆け出したのである。

 そんなシルビアに今度はカイザも対するため、剣をしっかりと両手で持ち直し振り下ろしてきたシルビアの剣を受け止めた。


「っ! 見た目に反してなんて重い打ち込みをしてくるんだ!」


 苦悶の表情を浮かべながらもカイザはシルビアの剣を力一杯押し返し、素早くシルビアの体に剣を打ち込もうとしたのだ。

 しかしシルビアはひらりとその場で跳躍し後ろに一回転して飛び退くと、何故か不満そうな表情に変わったのである。


「……本気を出して頂けませんか?」

「え?」

「私に手加減は不要です」

「いや、手加減しているつもりは……」

「今度はお願い致しますね」


 そう言うと同時にシルビアは、さきほどよりも素早い動きでカイザに斬りかかっていった。

 そんなシルビアの動きにカイザは驚愕しつつも、繰り出される剣技をひたすら受け止める事しか出来なかったのである。


「……ゴーランド先生、もしかしてこうなる事を分かっていたのですか?」

「ふふん、まあな」


 ニヤニヤしながらシルビア達の打ち合いを見ているゴーランドの横にリシュエルが立ち、呆れた表情を向けたのだ。


「しかし……結構いい勝負になるんじゃないかとは思ってはいたんだが、まさかあのカイザの方が押されるとはな。ん~これならリシュエル王子と組ませればよかったかもな」

「……出来れば遠慮したいです」

「お? さすがにリシュエル王子もあの嬢ちゃんの実力に怖じけづいたのか?」

「いえ、そう言うわけではないのですが……もし彼女と戦った場合、きっと私でも本気を出さないと相手にならないと思います。そうしますと、場合によっては彼女に怪我を負わせてしまう可能性も十分あり得ますので……」

「ああ~、まあそうだな」

「それに…………もしそんな事になりましたら、あの人が絶対黙っていないでしょうから」

「あの人?」

「いえ、なんでもありません」


 苦笑いを浮かべたリシュエルをゴーランドは不思議そうな顔で見たのであった。

 そうしてひたすら防戦一方だったカイザを助けるように、ゴーランドは二人に終了を言い渡したのである。

 不満げな顔のシルビアとぐったりとした表情のカイザは、お互い一礼をしてから唖然としている皆のもとに戻っていったのだった。


  ◆◆◆◆◆


 剣術授業を終えたシルビアは着替えを済ませてから、セシルと共に教室に戻るため廊下を歩いていたのである。


「……シルビア、お前一体何者なんだ?」

「え? どういう事ですか?」

「魔法授業の時といいさっきの剣術授業の時も、あれは普通ではあり得ないだろう!」

「そうですか? そんなに難しい事をしているつもりはないのですけど?」

「それが変だって言っているんだ」

「変、と言われましても……私としては何が変なのかがさっぱり分からないのですが?」

「だから! ……ん?」


 きょとんとした顔でセシルを見ているシルビアにセシルがさらに言い募ろうとしたその時、ふと廊下の向こうからメリダと取り巻き三人衆がシルビア達に向かって歩いてきている事に気が付いたのだ。

 するとメリダ達はシルビア達の行く手を遮るように、横並びに並んで立ちふさがったのである。


「あの~メリダさん、そこに立たれますと通れないのですが?」


 戸惑った表情を浮かべながらシルビアが小首を傾げた。

 その隣に立っているセシルは眉根を寄せ、明らかに不快な表情でじっとメリダを見ていたのだ。

 そんな二人を魔法科を表す紺色の制服を着たメリダ達が、腕を組みながら睨んでいたのである。


「貴女……どうやら辺境の地に住んでいる伯爵の娘らしいわね」

「え? ええ、そうです」

「ふん! そんな田舎娘が特待生に選ばれるなんて身の程をわきまえなさい! 普通は自分の立場を自覚して自ら辞退するものよ。それなのに貴女は……ハッキリ言って、その白い制服は貴女に全く似合ってなくてよ!!」


 目尻をつり上げながらメリダがシルビアに言い放った。

 そしてそのメリダの言葉に同調するように、取り巻き三人衆も声をあげたのである。


「そうですわ! そうですわ! 全然似合っていませんわ!」

「そもそも田舎娘が、この学園に入ろうと思った事自体おかしいのよ!」

「貴女……今からでも遅くないから、家に帰ったらどうなの?」


 さらにメリダは一歩前に進み出て、見下すような目でシルビアを見てきたのだ。


「そもそも貴女のような者が、リシュエル様と同じ教室で一緒に授業を受けている事自体おかしい事なのよ! その事を分かっているのかしら!」


 そうして口々に騒ぎだしてきたメリダ達を見て、シルビアは困った表情で隣に立つセシルを伺い見た。

 するとセシルはチラリとシルビアを見てから小さくため息を吐き、頭を軽く振ったのである。


「相手にするだけ無駄だ。このままだと授業に遅れるから行くぞ」

「え、ええ……メリダさん、失礼しますね」

「ちょっ、まだわたくしの話は終わっていませんわよ!」


 まず先にセシルがメリダ達の間を無理矢理すり抜けていったので、シルビアもそれに続くようにメリダの横を抜けようとした。

 そんなシルビアを行かせまいとメリダは手を伸ばしてきたのだが、シルビアはスッとメリダの手を避けさらに立ちふさがってきた取り巻き三人衆の間を流れるように抜けると、呆れた顔で見ていたセシルと合流してそのまま振り返らず廊下を歩きだしてしまったのだ。

 その二人の後ろ姿を見てメリダは顔を真っ赤にさせながら鬼の形相で、手をシルビアに向かってかざしたのである。


「メ、メリダ様!? 一体何を!?」

「お黙りなさい。このままではわたくしの気が収まらないのですわ! あの女に風の魔法を当てて転倒させますわ!」


 そう言うなりかざした手の前に小さな魔方陣を展開させ、そこから渦を巻いた風をシルビアの背中に向かって撃ち出した。

 しかし何故かその風の渦はシルビアに到達する前に、何かに遮られるように消えてしまったのだ。


「え?」


 唐突に消えてしまった自分の魔法に驚き、あのセシルが何かしたのかと視線を向けたが、セシルはおろかシルビアも全くメリダの魔法に気が付いている様子がなかったのである。


「どういう事ですの? ……いいわ! 今度こそ当ててみせますわ!」


 メリダは自分に言い聞かせると、もう一度シルビアに向かって風の魔法を繰り出した。

 だが今度もさきほどと同じように、何かに遮られるように霧散してしまったのだ。


「……どうしてですの?」


 呆然と呟きながら、もう魔法が届かない距離まで行ってしまったシルビア達を見つめていたのである。


「メリダ様……」


 そんなメリダを心配そうな表情で三人衆が見ていると、メリダはゆっくりと手をおろし信じられないと言った表情でその場に立ち尽くしていた。

 その時、次の授業が始まるチャイムが鳴り響いたのである。


「っ、いけませんわ! 貴女達、急いで戻りますわよ!」

「「「は、はい!」」」


 ハッと我に返ったメリダは、慌てて三人衆に声を掛けると教室に戻るため急いで廊下を駆けていったのだ。

 そうして誰もいなくなった廊下の曲がり角に、隠れるように立っていた黒髪に黒い瞳の全身黒い衣装に身を包んだ男性が、スッと手のひらに展開していた魔方陣を消し静かにその場を立ち去っていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る