君は陽を追い空を駆ける

 その作品は、椎葉流紀にとって、初めて読んだジャンルの小説だった。


 君は陽を追い空を駆ける/豊羽縁

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054888884862


 学校の休憩時間に読み始めたこんなタイトルの文庫本のページを閉じ、隣を見る。すると、教室のドアが開き、臨席の彼と付き合っているらしい別のクラスの同級生が顔を出した。その彼女、小野寺心美は、目を丸くして首を捻る。

「流紀ちゃん。倉雲君、知らない?」

「トイレだと思うよ。そういえば、心美ちゃんって倉雲君と相合い傘したんだって聞いたけど……」

 そう尋ねた流紀はジッと彼女の顔を見る。一方で心美は動揺の表情で頬を赤く染めていた。

「まだやってないよ。中々チャンスがなくて……」

「そう。雨が降ったら、相合い傘して一緒に帰りたいって考えてるわけね」

「そのつもり……」

 照れた顔もかわいいと思いながら、椎葉流紀は両手を合わせる。

「ごめんなさい。からかうつもりはなかったんだけど、今読んでる小説に相合い傘のシーンが出てきてね。その描写が自然で良かったと思ったら、心美ちゃんのこと思い出して」

「どんなお話?」


 興味津々な顔で心美は彼女に近づく、すると、流紀は「背表紙に書いてるあらすじ読んだほうが分かりやすい」と言葉を添えて、今読んでいる小説を彼女に差し出した。


「はじまりは桜の咲かない入学式で」

 こんなキャッチコピーの帯がかけられた文庫本を心美が手に取る。それから、言われるまま、背表紙に書かれたあらすじに目を通した。



 友情や愛情に淡白な感情しか持たない始和は入学した高校である部活動のビラを貰う。そのことが始和の価値観や考えを大きく揺さぶっていくことに。

 ビラをくれた謎の先輩や中学校の先輩、ノリのいい同級生、少し暗い性格の友人など様々な人の影響が彼女を変えていく。始和は何を見つけ、どうするのか。



「面白そうなあらすじ」

「読み進めるまで気付かなかったんだけど、百合なんだよね」

「百合? 花がどう関係しているのかな?」

 無垢な彼女の発言を聞き、流紀は思わずクスっと笑う。

「花のことじゃなくて、ジャンルのこと。簡単に説明すると、女の子同士の恋を描いたヤツで、ガールズラブとかGLって呼ばれることもあるみたい。私はキャッチコピーとタイトル、あらすじが気になったから買っただけで、そういうのに興味があるわけじゃないから、勘違いしないように。まあ、百合は初めて読んだけど、文章が上手で読みやすかった」

「流紀ちゃん。私、この本読んでみたいです」

 唐突に距離を詰めた心美は流紀に頭を下げる。

「まあ、貸してあげるけど、心美ちゃん……」

「私は自然に相合い傘をやる方法を学びたいだけだから、勘違いしないで」


 心美はウキウキ気分で流紀から本を借り、教室に戻った。そのあとで流紀が窓を見上げると、白い雲が青空を流れていた。

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