ギフト

 雲一つない青空の下、地元の公園のベンチに椎葉流紀は座った。水玉模様のミニスカートに薄い水色のパーカーを合わせた私服姿の彼女は、手提げ袋を持っている。目の前で元気よくサッカーで遊んでいる子供たちを微笑ましく見つつ、手提げから一冊の文庫本を取り出す。



 ギフト/判家悠久

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054881119253



 総文字数約58万の大長編小説。厚いその本の帯には「全ては未知なるキリンスーパーラバーズチャレンジカップクリスマスへと。」の文字。背表紙のあらすじに目を向けながら、この小説を勧めてきた高校生のことを待っていると、木の葉が風に揺れた。



 第一章:希望 2016-2017

 2016年リオデジャネイロオリンピック男子サッカー。U-23代表は召集前にケガ人が続出し付け焼刃のオーバーエイジ枠を使い切るもグループリーグで惜しくも敗退。日本サッカー協会は強化の一環として、高校サッカーの構造改革に踏み切る。東京オリンピックメダル獲得の為に、形振り構わない強化案に次々サインする日本サッカー協会。高校サッカー選手権本選枠も48校から新たに6校の”ギフト枠”を設け54校へ、日本中が興奮の坩堝に。


 そして舞台となる青森。元は女子校から男女共学に変わった私立晴明高校で、ギフト枠を奪うべく権謀術数試行錯誤の限りを尽くす。

 厳しい練習で女子サッカー部全員から反感を買い休部に追い込んだ3年襟香。小柄ながらも陸上部真っ青のアスリート指向の2年優子。今は男子サッカー部マネージャーの女子二人を男子メンバーの中に招集し、切磋琢磨しては高校サッカー選手権青森予選に挑む日々。


 第二章:躍動 2018-2019

 2018年、ギフト枠を加えた高校サッカー選手権の興奮覚めやらず。

 新たな提案として、キリンスーパーラバーズの若社長本阿弥悦桃から、日本サッカー協会に年末の新生キリンスーパーラバーズチャレンジカップクリスマスを打診される。世界初の男女混合カップ戦。しかも日本の相手は、強豪国のイタリアにアルゼンチンが内定される。


 そして、キリンスーパーラバーズチャレンジカップクリスマスで無様な戦いを避ける為に、Jリーグのヤマザキデザートハイパーカップにおいて、ギフト枠の延長線として新たな女子枠が承認される。

 J2フラン横須賀の襟香と華、J2川崎エブリワンの文耶、J1横浜マドリガルの慧、以上女子四人が優勝で得られるJ1昇格戦参加権1枠を巡り熱い試合を繰り広げて行く。


 Jリーグの躍動と並行して、高校サッカー選手権での雪辱を晴らすべく、青森県の晴明高校も闘争心に火が着いたままに。エースストライカーの襟香が卒業した現在、戦力として読めるのは3年生の右サイドバック優子と2年のゴールキーパー継明で漸く。しかしそこは勇躍名を馳せた晴明高校男子サッカー部。入部セレクションに大型新人真希が参加し先頭を切ってはただ阿鼻叫喚も。


 何れ来る日の為に、日々研鑽して行くイレブン達。キリンスーパーラバーズチャレンジカップクリスマスまでの過程で生まれ行く葛藤と凌ぎ。男女混合サッカーの進化は止まりを知らず。


 やがて時は2018年クリスマスシーズン。キリンスーパーラバーズチャレンジカップクリスマスは世界同時中継され、驚愕の世界初の男女混合カップ戦の幕が開く。



 あらすじ通り、この作品は高校サッカーをテーマにした青春スポーツ小説。この物語に椎葉流紀が出会った理由は、1週間ほど前、街の図書館でよく会う女子高生に貸してもらったから。又貸し行為ではなく、彼女の私物らしい。一方的にオススメの小説を聞き出し、その本を借りるという強引なやり方に苦笑いしていると、「あの……」と小さな声が聞こえた。顔を横に向けると、黒色のボブヘアの少女が立っている。大人しい雰囲気の彼女は、なぜか黒色のセーラー服を着ていた。

「千尋さん。もしかして、これから部活ですか?」

「……はい」

 コミュニケーションが苦手なのか、高校生の彼女はモジモジしている。一方の流紀は偶然知り合った彼女に向けて、両手を合わせる。

「ごめんなさい。忙しいのに呼び出して。この本を返す約束でしたね。サッカーとかあんまり詳しくないけど、この本は面白かったです。表現力が高くて、文章から作者さんのサッカー愛が伝わってくるようでした。特に好きなのは、長距離走トレーニングの話です。第1章の後半は笑って泣ける内容で面白いと思いました。今度、この本を買おうと思います」

 簡単な感想を伝えた後で、彼女は本を差し出す。それを両手で受け取った千尋は、年下の少女に頭を下げてから、一目散に逃げていく。そんな彼女の後姿を見て、流紀はため息を吐く。


「同じ本を読んで、感想を伝え合ったら、仲良くなれると思ったのに……」と本音を漏らした後で、彼女は書店へ向かい歩き始めた。


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