第12話 自らの道

 アルザッハの重税に耐えかねたレンデル族長が直談判に向かった。すでに計画を始動していたアルザッハはレンデル族長をそこで切り捨てた。夫の帰りが遅いことから暗殺されたことを察した女王は自分の死後のことをルストに託し、兵を率いてアルザッハと交戦した。だが、その戦に敗北し、その結果が湖の辺りの残骸となった。アルザッハは旗をヤルカン王国のものに差し替え偽装工作をし、シャルハ皇子が来た時にそのように説明した。


 レンデル族の税収は上がっているが、アルザッハから帝国への年貢は徐々に減少傾向にあるとシャルハが危惧していた。つまり、アルザッハがレンデルの税で懐を温めていた。


 レンデルの民は民族としての誇りを汚したルーデン帝国や族長やレンデル族を皆殺しにしたアルザッハ辺境伯への怒りで冷静さを失っている状態だった。


「何もかもルーデン帝国のせいだ」

「帝国を滅ぼせ」

「八つ裂きにしてやる」


 多くの者がルーデン帝国と戦争だと沸き立つなか、それを鎮めようメルチアは懸命だった。しかし、彼女に真っ向から反発する少女が一人いた。


「いくら族長の長女と言えども、私は貴女の意見には賛同しかねます。憎き相手を討つ。それの何が悪いのですか?」


 彼女の幼いながらも凛とした声に周囲が静まる。自然と皆が彼女の方を向いた。メルチアも炎に照らされ、赤く浮かび上がるその少女の顔を見たがハッとした。容姿が彼女にそっくりだったからだ。


「まさか、貴女は……」

「ご察しの通り、族長の次女、レリチアです」

「私の、妹」


 メルチアは震える唇でそっと呟いた。まさか、自分がこの地を離れた後に妹ができているとは想像していなかったのである。自分が両親と離れている間、彼女は両親の温もりに包まれ、最期の時まで共にいたのかと思うと抑えられぬ嫉妬心は幾らかあったが、メルチアはグッと堪えた。


「では、同じ族長の娘ならわかるでしょう。討つべき相手はルーデン帝国ではないと。勿論、我々は帝国側の人間により仲間を失い、土地や権利を奪われた。この私は自由を奪われた。しかし、全体を見渡してみてほしい。彼らの支配により、通貨や道路ができ、水路もできた。その結果、食料供給が安定し、略奪や強盗、浮浪者も随分と減った。確かにルーデン帝国のやり方は正しくなかったかもしれない。だが、過去にばかり囚われてはいけない」

「しかし!!元凶はルーデン帝国です……!!」


 肩を震わせ、叫ぶようにレリチアは言った。メルチアにも彼女の言わんとすることは十分にわかった。しかし、帝国と戦争を始めるわけにはいかなかった。たった数百人程度で十分な装備もなしに、帝国に挑むのは負け戦も同然だからだ。良くて見せしめになる程度だろう。黙り込んだメルチアにレリチアは畳み掛けるように言った。


「お姉様は洗脳を受けたに違いない!なぜ帝国に戦いを挑まないのですか!?お父様もお母様も貴女が帝都で学んだ知識と共にご帰還され、それを戦に役立てるはずだと仰っていた!!」

「レリチア、よく考えて。そもそも知識は戦のためにあるのではないわ。そして、私は帝国と戦をするためにこの地へ戻ったわけではない」

「考えるも何も、この戦いには挑まなければならない。これはレンデル族としての義務です!!」

「違う!!それは考えることを放棄しているだけ!!義務という言葉に甘えているだけよ。皆考えるのよ!!物事をただ一つの視点から考えてはだめ。考えて自らの道を選び、信じ抜くのよ!!そして知識はそのために使う!!」


 これまで淡々と話していたメルチアが声を荒げたためレリチア含め周囲は驚いた。メルチアは大きく深呼吸をすると静かに言った。


「私はルーデン帝国とは戦はしない。だが、誰がアルザッハ辺境伯と戦をしないと言った?」


 メルチアはにっこりと微笑み、周囲の者は目を大きく見開いた。


「私が受けてきた教育は帝国側のもの。だから、帝国と戦争しないのかと思う者もいるでしょう。しかし、私は常にレンデル族の一員だと自覚を持って行動してきたつもりです。いかに帝国側に都合の良い歴史を学ばされようとも疑う姿勢を崩しませんでした。私は私が正しいと思ったことをします。私の思う正しさは必ずしも皆が賛同できる正しさではないかもしれない。それでも、私は私の信じた道を行きます。私の考えに賛同できる者は明日の朝、薪を焚べに来てください。それを持ってアルザッハ辺境伯との戦に備える意思があるとします」


 彼女はそれだけ言うと、その洞窟を出た。辺りは凪いだように静まり返っていたが、すぐにざわざわという話し声が洞窟中に木霊した。皆、明日の朝薪を焚べに行くかどうかを相談しているようだった。ルスト大将はハッと我に返ったかと思うとすぐさまメルチアの後を追いかけた。レリチアはそんな彼の様子を静かに見ていた。 

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