第2話 再会の時
ルーデン帝国始皇帝が10部族を治める戦を終えたのがちょうど満月の晩だった。そこから、次期皇帝の即位の儀も満月の夜に行われることになった。満月が南中する24時に儀式は開始される。そして、即位したばかりの皇帝とその臣下が共に朝日を眺めることにより、この国の末永い繁栄を願う。
25歳を今日迎えたタルハが即位の儀に向けて控え室で衣装を整えている頃、続々と宮殿には重役が集まりつつあった。その中には、現在では女傑として有名なレンデル辺境伯及びその夫もいた。
「おお、すっげえ宮殿久しぶりだ。あれ?こんな飾りあったっけ?タルハの趣味か?なあ、メルチアはどう思う?」
「煩いなあ。ちょっとは静かにできないの?」
「相変わらず冷たいなあ、俺のメルは」
「はいはい」
「俺のメルは否定しないんだな」
ニヤニヤと笑うシャルハの足を思い切り踏むと、メルチアは澄ました顔をして近くの重鎮達に挨拶し始めた。シャルハは痛みで顔を歪めながらも、嬉しそうに彼女の後をついていくのだった。
「お姉様!!」
誰かがメルチアのことを呼び止める声がし、彼女は後ろを振り返る。すると、そこにはメルチアの3歳年下の妹、レリチアが感極まったように立っていた。
「レリチア」
「会いたかったです!!」
レリチアはメルチアのところまで駆けていくと思い切り抱きついた。周りの人の目を気にして赤面するメルチアに構わず、彼女は嬉しそうだ。
「護人の方はどう?」
「うーん、ルストがいるから全然平気!!寧ろ、ルストが過保護過ぎてどうしようか困ってるくらいよ」
レリチアが愚痴っていると、彼女の後ろから大男が現れた。
「それは、レリチア様が危険なことばかりなさるからです!!仕える身にもなってください!!」
「だそうよ?」
「これが過保護って言ってるんです!!」
レリチアはそう言って不服そうに頬を膨らませた。メルチアの代わりにレンデル族代表の護人になったレリチアの護衛として、ルスト大将も宮殿に駐在していた。話を聞く限り、お転婆姫の護衛はかなり骨が折れるらしい。
「もう23なんだから、子どもっぽい言動は控えてね?」
「はーい、お姉様」
そう言って彼女はまた頬を膨らませるのだった。
「あれ、お義兄様は?」
「さあ?さっきまでその辺を彷徨いてたけど……」
「彷徨いてたって、夫の扱い雑過ぎませんか?お姉様」
「シャルハはそのくらいがちょうどいいのよ」
「女傑……」
レリチアが目をキラキラと輝かせていると、ルストが「絶対意味間違っています」と突っ込んでいた。それを見てメルチアが笑っていると、遠くの方でシャルハが手招きしているのが見えた。
「ちょっと、シャルハに呼ばれてるみたい。また後でね」
「はい、お姉様」
「では後ほど」
メルチアは2人に見送られて、シャルハのところへ足を進めた。
彼女がシャルハの元に辿り着くと、こっちだと手を掴まれた。
「どこへ行くの?」
「タルハのところだ」
「え?皇帝になる直前は誰にも会えないんじゃ」
「んなのこの俺が守るかよ」
シャルハはそう言ってずんずんと歩みを進め、あっという間に控え室に辿り着いた。
「開けるぞ、タルハー」
シャルハがそう言って紗を返事も聞く前に開けると、そこには一人を除いて誰もいなかった。
「ロニ!!」
驚き固まっていたロニにメルチアは駆け寄って抱き締めた。そんな彼女をまたロニが強く抱き締め返した。
「メルチア様」
「元気そうで何よりだわ」
「メルチア様も。そしてシャルハ様もお元気そうで何よりでございます」
シャルハは「ああ」と頷くと、「ロニも息災のようだ」と満足そうに言った。しかし、2人が間近でいつまでも見つめ合いにこにこ微笑んでいる姿を見ていると、流石のシャルハも気まずそうに口を挟む。
「おアツいところ悪いんだが、タルハに会いたいんだ。ロニ、あいつが今どこにいるか知ってるか?」
「殿下は即位の儀のために玉座の間へ移動をされている途中かと」
「ってことは、こっちの道行った方が早いな。メル、行くぞ」
「あ、うん……ロニ、また後で話しましょう」
「はい、メルチア様」
名残惜しげにメルチアとシャルハはロニと別れると、玉座の間へ向かっているというタルハを追いかけて宮殿を走り出した。約10年前の記憶を辿り、走り続けるとようやく豪勢な衣装に身を包んだ男が廊下の先に見えてきた。その男、及び彼を囲んでいた集団は闖入者かと身構えたがシャルハとメルチアの姿を見てすぐに戦闘態勢を解いた。
「兄上、メルチア姉様……」
「よお、タルハ」
「今晩は、タルハ」
にこにこと月夜に微笑む2人の姿は、タルハにとって眩しかった。
「定例会議以来だな」
「はい」
「いよいよね」
「はい」
3人の間に暫しの沈黙が訪れた。が、すぐにメルチアがそれを破った。
「貴方なら大丈夫。私たちは必ず側にいる」
「北方は俺たちに任せておけ」
タルハはその言葉に少し目を瞠ったかと思うと、弱々しげに「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。
「どうしたの?」
メルチアが心配そうにタルハの顔を覗くと、真っ赤な顔をして彼は後ろに仰け反った。
「姉様、近いです」
「へ?」
キョトンとしているメルチアをシャルハが抱き寄せた。
「人妻に邪な思いを抱くな」
「抱いてません!!」
「……やっと昔のお前になったな」
シャルハは柔らかい笑みを顔に浮かべた。
「お前はお前のまま皇帝になればいい。それだけ言いたかったんだ。じゃあな。メル」
そう言って先に去っていくシャルハにメルチアは慌てて、タルハの両手を取って言った。
「シャルハの言う通りよ。皇帝の荷は重い。でも、それは一人で持ったら、の話でしょう?遠慮せずに頼っていいからね?あ、でも皇帝になったら今みたいな口は利けないのか。まあ、それはタルハがなんとかしてね!!それじゃあ、また後で」
嵐のように去っていったレンデル夫婦をタルハは見送った後、先程までの緊張からどこかリラックスしたような雰囲気がタルハから滲み出ていたのだった。
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