第3話 即位の儀

 皇帝即位の儀はつつが無く行われた。

 満月の光に照らされたタルハは溜息が出るほど美しく、どこか神聖な存在のようですらあった。タルハに思わず見惚れるメルチアの瞳を衣でシャルハが覆うほどには。そこで、一悶着あったことはさておき、儀式のあとはすぐに宴となった。

 どんちゃん騒ぎで皇帝の即位をお祝いし、共に朝日を眺め、新しい時代の夜明けだと皆が確信していた。


「……か、陛下」

「ん?何だ?」

「大変でございます。ヤルカン王国との国境付近で何やら動きがあったとの知らせが」

「何だと?」


 宴も解散になり、タルハはようやく睡眠を貪ろうとしていた矢先のことであった。宰相のミクリアの言葉に彼はすぐに寝台から飛び起き、適当な羽衣に腕を通した。

 ミクリアが先導する。


「レンデル辺境伯は?」

「知らせを受けて領地に向けて先ほど発たれました」

「そうか……」


 ルーデン帝国皇帝即位に際して、隣国であるヤルカン王国を招待していた。唯一国交がある外国と言っても過言ではなかったからだ。しかし、かの王国は国内で問題が発生しており鎮圧に予想以上に時間がかかりそうなため即位の儀への出席は見送ると招待状を突き返してきたのだ。事実上、ルーデン帝国の次期皇帝を認めないというヤルカン王国の意思表示であった。


(クソ、僕のことを舐めやがって)


 タルハが唇を噛み締めながら、会議の間へ向かった。


「この話はどこまで伝わっている?」

「念の為、騒ぎが起こらぬよう殿下とレンデル辺境伯、サルヴァドール大将あたりに情報は留めてあります」

「わかった」


 タルハが部屋に足を踏み入れると、そこにはサルヴァドール大将が立って待っていた。


「よくぞ来てくれた。急なことですまない」

「殿下こそ、よくぞおいでくださいました。お疲れのところ申し訳ございません」


 大将が深々とお辞儀していると、タルハはそれをやめさせ、3人全員床に胡座を組んでヤルカン王国について話し合いはじめた。


「まず、ヤルカン王国に何か動きがあるという情報はどこからのものだ?サルヴァドール大将からその知らせを受けて殿下をこうしてお呼び立てしたわけだが」


 ミクリアがサルヴァドール大将を見て言うと彼は赤毛の天然パーマをガシガシと掻きながら答えた。


「シャルハ元皇子の懐刀、ルトーが今朝方早馬で知らせてきた。まあ、俺に直接言ってきたわけじゃなく、たまたま俺がシャルハ元皇子の隣に座っていたもんで、聞こえてきたんだ。それで、女傑様から殿下にこの情報を知らせるようにと言付かってきたわけ。あとさっさと去ることの非礼も詫びると言っていたぞ。確証を得たいのであれば、レンデル辺境伯に派遣されている俺の部下に状況を調べさせても構わんが?」


 サルヴァドールは少し面倒臭そうな顔をしながら言った。この10年の間、始皇帝が行ってきた宮中大改造で大将という地位まで上り詰めた男だ。かなり肝は座っており、タルハには敬意を払ってはいるが、シャルハに対しては冷たい。恐らくシャルハと直接話す機会がないため、惚れた女の尻を追って宮殿を出て行った軟弱な男という噂を半ば信じているようだった。タルハもせめてものということで、サルヴァドールの誤解を敢えて解くようなことは試みていなかった。

 メルチアが辺境伯になってから、辺境伯と皇帝は定期的に互いの兵を交換し、訓練することを義務付けた。これも宮中大改造の一環だ。訓練内容充実という名目だが、辺境伯を監視する意味もある。裏切りの傷はなかなか癒えぬものだ。


「ルトーは信頼できる人物だ。兄上の側近だった人物だからな」


 タルハがそう言うと、ミクリアも頷き続ける。


「では、ヤルカン王国が何か企んでいることには間違いなさそうですね。具体的にどんな動きがあったか聞いているか?」

「国境付近増兵、城を建設中と耳に挟んだな」

「なるほど。我が国としても、ヤルカン王国とは長い小競り合いが続いてきた。ここらでけりを付けるのも悪くはないと私は思うが、サル、ミクリアはどう思う?」


 その言葉にサルヴァドールは目を輝かせて「大賛成です!!」と言ったが、ミクリアは少々頭が痛そうだった。


「一旦、会議はお開きにしましょうか。ヤルカン王国から攻められた時の対抗措置は午後、考えましょう」

「では、解散」


 タルハが解散を呼びかけると、サルヴァドールは意気揚々と退室していった。


「……なぜ開戦するお気持ちに?」

「まだ開戦するとは言っていない。けりを付けると言っただけで、全ては向こうの出方次第だ。でも、まあ……ルーデン帝国を新たな時代へ導かねばならない、そう思ったからだろうか」


 タルハは不貞腐れたように胡座に肘をつきながら言った。


「私怨でなければいいのですが」

「バカ言え。確かに、即位の儀を断ったことはかなり腹立たしかったが、それだけではない」


 その時、タルハの心にはメルチアとシャルハの顔が浮かんでいた。


(もし、この戦に勝つことができれば2人は安寧に暮らせるかもしれない)


 そんなことを考えながら、「国庫を確認してまいります」と退室していったミクリアをぼんやりと眺めていたタルハだった。

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