第11話 信じた瞳
辿り着いた先は森深くの洞窟だった。先ほどまでメルチアが囚われていた洞窟によく似ていた。馬から降りてヒリヒリと痛む臀部を摩りながら前を見た。そこには久方ぶりに目にする大男、ルスト大将の姿があった。
「ルスト……無事だったのね」
「はい、お蔭様で。メルチア姫は?」
「この通り元気よ。アルザッハ辺境伯に囚われ、一時はどうなることかと思ったけれど。なぜあの牢獄の鍵を?」
「この辺りの土地は我々のものです。余所者が作った施設などたかがしれております」
「そう。侮るのも良くないけど、私が無事逃げだせたところを見ると、その言葉に偽りはないようね」
「何よりです。さあさ、中へ。メルチア姫が舞い戻られるのを今か今かとお待ちしておりました。皆に顔を見せ、喜ばせてやってください」
メルチアはルストの言葉に少々の違和感を覚えながらも、頷いて洞窟の中へと入った。そこには数十人の人々が所狭しと座っており、メルチアが入ると一斉に彼女の方を見た。久々に大勢に見られ、居心地の悪さを感じていると後からやって来たルストが声高々に宣言した。
「このお方が我々が待ち望んでいたメルチア・ドゥ・レンデル姫だ!!このお方は約束を果たしてくださったぞ!!」
その言葉に洞窟中に木霊するほどの歓声が湧き上がった。メルチアはその声に圧倒されながらやはりルストの言葉に違和感を覚えた。細やかながらも、メルチアの帰還を祝って宴が始まった。皆は久々の酒に酔い痴れ、夜が更ける頃、ようやく寝静まった。メルチアは一人、集団から離れた岩場に腰掛け、洞窟の割れ目から空が赤紫色に染まっていく様子を眺めていた。
「ここにおられましたか」
「ルスト」
振り返ると、ルストが岩場を登ってくるのが見えた。メルチアは人が一人分座れるくらいの場所を空けたが、彼はそこに座らず、メルチアの足元辺りで適当に腰を落ち着けた。
「まだ眠ってなかったのね」
「はい」
暫しの沈黙があってからメルチアがそれを破った。
「ここへ来た時、私が約束を果たしたとあなたは言ったわね?あれはどういう意味?」
「言葉の通りです。メルチア姫は約束を果たしにここへ舞い戻られた、そうでしょう?」
ルストが不思議そうに言う。彼女はやはり私が何か知らないことがある、と感じ正直に言った。
「申し訳ないけれど、私がここへ戻ってきたのは成り行きよ。約束など記憶にないわ」
「では、手紙をお読みになっていないということですか?」
「手紙……?」
メルチアはそう言われて思い巡せてみたが、ルストから手紙を受け取った記憶などない。そもそも、宮廷に護人として軟禁される際に持ち込めるものは限られている。手紙や本といった思想に大きく影響をもたらす可能性のあるものは焼き捨てられるのが常だ。彼女の沈黙を受け取ってないとみたルストは途端に怒りを覚えたようだった。
「あの小僧、約束を違えて姫に手紙を渡さなかったのか……!!ふん、所詮は卑しいルーデン帝国の者か」
「待って。ルストの言っている手紙ってもしかしてシャルハ皇子経由で渡されていた手紙のこと?」
「手紙の存在はご存知だったのですか!?」
その様子を見て、メルチアはポツリポツリとこれまでの経緯を話した。毎年誕生日にシャルハから手紙を受け取っていたこと。今年は諸事情で前日に手紙を受け取ったものの読むことを忘れていたこと。レンデル族が皆殺しにあったと聞き駆けつけたこと。これら全てをルストに打ち明けた。ルストは皺のある眦にさらに皺を深く刻んで涙を堪えていたようだった。
「では、手紙は受け取られていたのですね……。王と女王を最後までお守りすることができず、誠に申し訳ございませんでした」
「いいの……あなたが生きている、それだけで心強いわ。もう、死人は蘇らないのだし」
メルチアは顔を伏せるルストの頬にそっと手を添えた。
「それにあなたはきっと最後までお父様とお母様を守ろうとしたはず。でも、生き残った者をここに隠し、私を待っていたということはこれがお父様の最期の命令だったということ。違うかしら?」
「仰る通りです、姫……」
ルストの両目から大粒の涙が溢れ、彼女の手を静かに濡らした。
「姫が護人として宮廷に軟禁されると決まってから、王はどうすれば貴女を将来的に取り戻し、レンデル族を再建できるかをずっと考えておられました。幼い貴女を取り返したところでレンデル族の族長を継承させることはできません。そこで、王は幼い姫をあえて成人するまで宮廷にいさせ、成人となった暁にレンデル族の地へ舞い戻り、継承権を引き継いでルーデン帝国との戦いに備えるよう伝えることにしました。ただ問題はどうやって伝えるかでした。手紙等々は持ち込めない上に手紙を送ったとしても、検閲にかかり焼き捨てられるのが目に見えていました。ここで、私に命令が下るのです。メルチア姫を宮廷まで護衛し、その道中で手紙を姫の成人の日まで渡してくれる人物を懐柔せよとのお達しでした。まさに賭けでした。私の人を見る目を買ってのことだったと考えております。そして、当日、私は貴女を宮廷まで送り届け、適当な人物を見つけるために宮廷中を走り回りました。そして、幼い男児に出会し、彼の一点の曇りもないその目に心惹かれました。直感的にこの子なら預けられる、そう思いました。その時は貴族かどこかの子だと思い、手紙を託してこの地へ逃げ帰ってまいりましたが、方々で噂を聞くに浅黒い肌に琥珀色の瞳、そして白髪を持つ者は皇族以外に有り得ないと。そこで私は初めて宿敵の息子に手紙を託してしまったことに気が付いたのです。それに気が付いた時はとても気が気ではなかったのですが、風の噂で第一皇子が姫にご執心だと聞き、一縷の望みを抱いておりました。……その望みは叶っていたということなのですね、よかった」
メルチアは城下にまでシャルハの溺愛ぶりが伝わっていたのかと思うと、羞恥で舌を噛み切りたい衝動に駆られたがそれはやらなかった。
「では、怪しまれないように毎年1通ずつ渡すという体裁を整え、最後の手紙に本来の目的が書かれていたということなのね」
「ええ、その通りでございます」
「そして、私は肝心の最後を読まなかったということなのね」
「……ええ、その通りでございます」
「ちょっと躊躇ったわね、ルスト」
ふふふ、とメルチアが笑い声を上げるとルストも少し表情を綻ばせた。
「ねえ、どうしてお父様たちは……殺されたの?」
和らいでいた雰囲気が一瞬にして凍りついた。これまでメルチアは両親が殺されたことに対しての怒りを噯にも出さなかったが、その我慢も限界に達し始めていた。そして、本人はそれに気が付いていない。ルストは少し困ったような顔をしながら、言葉を続けた。
「アルザッハ辺境伯の陰謀に嵌ったから、とでも言いましょうか。ええ、その表現がしっくりくる気がいたします」
「辺境伯の陰謀?」
「ええ、我々を手始めに彼らはルーデン帝国を乗っ取る気なのです」
「何ですって?」
メルチアは驚きで目を大きく見開いた。そして、レンデル族族長たちの末路がルスト大将から語られるのを静かに聞いていたのだった。
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