第2話 魔女の薬

 先帝が崩御した後も、第二皇帝タルハの素晴らしい治世が続いた。その後、第二皇帝の実の息子、セルハが皇帝の後を継いだ。ルーデン帝国史上、栄華を極めた時代だったという。豪華絢爛。その言葉がまさに相応しい、そんな時代。誰もルーデン帝国の永続性を疑わなかった時代。しかし、そんな時代は長くは続かない。平和は崩れ去る。


 世界情勢が一気に変わる。


 ルーデン帝国より遥か東で、産業革命なるものが起きた。その結果、ルーデン帝国の貿易産業が東の小国に取って替わられ始め、権力が衰退していった。私はその衰退の道を辿る最後の皇帝、第四皇帝メルハ。私の母が、いたくメルチア様に憧れていたため、メルハと名付けられた。この国ではメルチアとシャルハ、そしてタルハの名前は人気が高い。どこかしら文字って名前に取り入れられることがほとんどである。しかし、現実にはメルチア様のような現実をひっくり返すような出来事も力量も私にはなかった。


「陛下!!申し上げます!!先ほど東の港より……」

「陛下!!」

「陛下!!」


 何人もの伝令が執務室に集まってくる。今日はまだ良い方だ。まだ十人も部屋を訪問していないじゃないか。そう、国は逼迫した状況にある。皆が先帝たちのような器量を私に期待していることは知っている。でも、無理だ。限界だ。誰か、助けて欲しい。


「あら、お兄さん。お困りのようね。魔法の薬をあげましょう」


 そんな折、夜、私の寝室に妖艶な美女が訪れた。彼女が置いていったのは瓶と白い粉。危険な物だと分かってはいるのに、何かに縋りたくてそれに手を伸ばす。飲む。押し込む。その後に生まれる多幸感と開放感。その日から女は毎晩私の寝室を訪れるようになる。やがて、その女を抱く。そして、妃にしてくれと望まれる。薬と交換条件。迷うことなく承諾。


 その女の正体は魔女、ではなく東方の国のスパイ。この国を乗っ取るために送られてきた刺客。理解している。でも、もう、私の苦しみを慰められるのは彼女だけ。彼女だけ。彼女と、薬?酒?女?もう何もわからなくなってきた。私は何をしなければならないんだっけ?ああ、私の愛しい人が呼んでいる。サイン?簡単さ。私の名前を書くだけだ。サイン。おしまいのサイン。


 さようなら、私の国民。

 さようなら、私の臣下。

 さようなら、私の先祖。

 さようなら、私の国。

 さようなら、私。

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