第11話 別れの音
朝早くタルハは図書館で本の整理をしていた。すると、背後から何者かが近づいてくる気配を感じた。即座に振り向くとそこには、微笑みながら佇むセリーナがいた。
「姫」
「仕事はどう?ロイド」
「やっと慣れてきたところです」
大量の本を抱えながら肩を竦めながら言った。
「姫は?」
「私はー……」
大きな窓の方を見ながらセリーナは気まずそうにした。
「ちょっと嫌なことがあって」
二人の間に沈黙がやって来たかと思うと、カツンカツンという足音が聞こえてきた。騎士の歩き方だ。
「姫様、戻りますよ」
本棚の間から現れたのはレイだった。セリーナは「嫌よ、戻らないわ」と頑を張った。タルハが二人の顔を交互に見遣っていると、セリーナが深いため息を吐きながら言った。
「お父様はルーデン帝国の皇帝と政略結婚をさせようとしてるのよ。それで、無理矢理帝国を乗っ取ろうと画策しているの。さっきちょうどその話をされたの。私はお父様の駒になるのも、見ず知らずの皇帝の妻になるのも真っ平ごめんよ」
タルハもレイもなにも言わなかった。
「勿論、わかっているわ。私が王族である以上、国民の血税で生かされている以上、国繁栄のためにこの命を捧げなければならないことを。でも、それじゃあ、私は何のために自我を持っているの?ねえ、どうして?」
セリーナは一人両手で顔を覆ってひっそりと泣いた。男二人は顔を見合せて俯くばかりだった。
その日の夕方、タルハは意を決してセリーナの部屋の扉を叩いた。
「どなた?」
「ロイドです」
扉の向こうから「開けていいわ。お茶菓子の用意を」という声が聞こえたと同時に扉が開いた。
「珍しいわね」
「少し」
タルハがちらりと辺りを見渡すと、敏いセリーナは「皆、下がっていいわ」と言った。侍女たちは一瞬顔を見合わせたが、主人の命令は絶対なため、主人が腰掛けるソファの前のローテーブルにお茶菓子を並べた後に静かに退室していった。
「さて、どういったご用件かしら」
セリーナがわざと戯けたように振舞う様子をタルハは入り口付近に立ったまま黙ってじっと見ていた。そんな彼の様子に彼女は一つため息を吐いた。
「どうして、そんな深刻そうな顔をするの」
「姫、これはずっと考えていたことなのですが」
そこで一息置いてから、タルハは一気に言い切った。
「逃げましょう」
彼の手はセリーナの方へとまっすぐ差し伸べられた。それを見て、彼女は大きな目をさらに大きく見開いて痛く驚いている様子だった。思わず、といった風に彼女はその手に自らの手を重ねようとした。しかし、すぐにその手を引き、胸の前で抱き込むと悲しそうに首を振った。
「ロイドは優しすぎるわ。私の今朝の愚痴を気にしているのね。でも、大丈夫よ。私はこのヤルカン王国の王女だから。役目をしっかり果たすわ。国民のために。今朝は、まさかお父様がこんなに早くも動くとは思ってなくて……気が動転していて、あなたを惑わせてしまったわ。ごめんなさい」
タルハは「そうですか、では僕ができることは何もなさそうだ」と踵を返した。そして、扉を開ける直前に振り向くことなく言った。
「おやすみなさい。また会える日まで」
ガチャンと扉が開く音がし、すぐにまた同じ音が辺りに鳴り響いた。しかし、最後の音は決別の音がした。タルハはその音をしかと聞き届けると、その瞳に光を宿して確かな足取りで自室へ向かった。そして、その足でそのまま王城を後にした。
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