第10話 振る舞い
「ロイド、こっちよ!!」
セリーナは庭園を駆けていく。ルーデン帝国より北方に位置するヤルカン王国には様々な花が咲き乱れていた。花の芳しい匂いを潜り抜けながら、タルハは彼女の後を追いかけた。図書館整備人として正式に王宮勤めが決まり、職場である図書館へ2人で向かっている途中だった。本来姫であるセリーナが案内することはないのだが、彼女がどうしてもやりたいと聞かなかったため、現在に至る。
「セリーナ姫、少し待ってください」
「ロイドってば遅いわ」
ふふふと楽しそうに後ろを振り返りながら走っていたセリーナだったが、タルハの背後に何かを見つけたのか段々と笑顔がなくなり、やがて無表情になった。彼は彼女の視線を辿って後ろを振り返ると、そこにはレイが立っていた。
「姫様……なぜあの名前をこの者に」
(ロイド、曰く付きの名前だとは思ったが、どうやらこの騎士に関係ありそうだ)
タルハは何を考えているのか気取られないように軽く会釈をしたが、レイはそれにも気づかないくらいセリーナのことをじっと見つめていた。彼女はその視線に耐えられなくなったのか、ふいと視線を庭園の方へと向けた。
「理由なんてないわ。真っ先に思い浮かんだ名前が彼の名前だったってだけよ。そう、それだけだわ」
セリーナはそう言ってそのまま王宮へと歩き始めた。すれ違い様に「ごめんなさい、部屋へ戻るわ」とタルハの耳元で彼女は囁いた。彼は軽く頷くと、レイと向き合った。彼はじっとタルハを見つめたまま何も言わない。しかし、不意に彼が口を開いた。
「……ロイドという名前をお前は気に入っているか?」
何もかもを見透かされそうな黒曜石に見つめられ、タルハは嘘をつけないと即座に思った。
「気に入っている、と思います。ただ……」
「ただ?」
「騎士様は私がこの名前をセリーナ姫から賜ったことに不服そうですが」
その言葉にレイの眉がピクリと動いたが、すぐに無表情に戻った。
「別に不服ではない。そのロイドという名前、姫様と俺以外にとっては不吉な名前とされているだけで」
「というと?」
レイははあ、と大きく一つため息を吐いたかと思うと「ちょっと付き合え」と言って図書館の方へと歩き始めた。
「お前、図書館整備に配属になったんだろう?俺が案内する」
「騎士の仕事は大丈夫なんですか?」
「基本は姫様の護衛だから、今はいいんだ。俺と今は顔を合わせたくないだろうし」
2人の間に沈黙が訪れたが、すぐにレイが話し始めた。
「ロイドについてだったな?」
「はい」
「ロイドは俺の兄上の名前だ。そして姫様のかつての恋人であり、重罪人として処刑された男でもある」
こうして語られた数年前の出来事にタルハは酷く驚かされた。
「当時、セリーナ姫はおいくつだったんだ?」
「22かな?今年26歳になられたから、もう4年も前の出来事なんだな……」
レイはどこか遠くを見ながらポツリと呟いた。タルハはセリーナが自分よりも年上だったという事実にも非常に驚かされた。
「姫様の言動は幼く見られがちだが、実際は彼女がああいう風に振る舞ってるだけなんだ」
「なぜ?」
実際、タルハも彼女の言動から勝手に彼女は自分より年下だと考えていた。
「他国の王家の嫁にならないためだよ」
「なるほど」
先ほどの話を聞いて納得したタルハだったが、少し気になることがあり、レイに尋ねた。
「一つお聞きしたいのですが」
「なんだ?」
「セリーナ姫は政治の道具になるのが嫌、奴隷制度が蔓延っているこの国が嫌。だから、身分も何もかもを捨てて国外逃亡したい。そういうことでしたよね?」
「恐らく。俺も姫様自身ではないから断言はしかねるが、少なくとも兄上の話を聞き、兄上が亡くなった後の彼女の様子を見る限りではそうだと言っていいだろう」
「では、政治の道具としてではなく自らの意思で他国に嫁ぎ、奴隷制度をはじめとする腐敗した政治がなくなれば、彼女の憂いは晴れるということでしょうか?」
「そういうことになるな。そんな虫のいい話、あるわけないが」
タルハは何も言わなかった。その時、ちょうど図書館の前に辿り着いた。
「先ほど、紹介状は貰ったか?」
「はい、頂きました」
「なら、それを受付で見せればあとは司書なり何なり、適当な人間がお前を案内してくれるだろう」
そう言って踵を返してスタスタと歩き始めたレイにタルハは「ありがとうございました!!」と出来るだけ大きな声で礼を言った。彼は振り向かず、片手を挙げてタルハに応えた。
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