第14話 焚べる薪
朝日が差す。冷たい風が森独特の匂いを伴ってメルチアの頬を撫でる。
「朝……」
ポツリと呟いて自分の体にコートが掛けられていることに気が付いた。少し遠くにルストが眠っているのが見えた。コートは間違いなくルストが昨夜着ていたものだ。喋っているうちに眠ってしまったメルチアとレリチアに掛けたものだろう。
「あれ、レリチア?」
隣にいたはずのレリチアが見当たらず、メルチアは声を出す。地面がほんの少しばかり熱を持っており、先ほどまでそこに人がいたことを物語っていた。先ほどのメルチアの声で目を冷ましたルストが大きく伸びをしながら尋ねる。
「おはようございます、メルチア姫。どうかなさいましたか?」
「おはよう、ルスト。レリチアがいないの」
「洞窟に戻られたのでは?」
「そうだ、私、火を起さなくては」
「手伝います」
ルストにコートを返し、2人は洞窟へ向かって歩き始めた。洞窟にあと少しでつくという時になって、パチパチという音が聞こえてきた。
「木が燃える音。それに、この匂い……」
メルチアが後ろを付いて着ていたルストを振り返ると、何も言わず彼女の瞳をまっすぐ見てただ頷いた。彼女も呼応するように頷くと顔をあげてまっすぐ音がする場所へと向かった。視界がひらけてすぐに飛び込んできたのは轟々と燃える真っ赤な炎だった。その周りにはたくさんの人集りができていた。メルチアの登場を受けて、一斉に人々が一箇所を見た。それに合わせてメルチアもそちらへ視線を投げると、そこにはレリチアがいた。
「お姉様、おはようございます。お待ちしておりました……と、言っても私は最後にちょっと薪を投げ込んだだけですけれど」
あははと笑う声に、人々も朗らかに笑った。
「そういうことだよ、姫さん」
「俺たちの命はあんたに預ける」
「昨日の言葉、すごく胸に響いたよ」
口々に人が言う。メルチアは感極まって涙が出そうになり、くしゃりと顔を歪めた。
「お、おい、どうしたんだ姫さん」
「どっか悪いのか?」
「誰か、水持ってきて!」
慌て出す彼らを見て、メルチアは吹き出すと急に笑い出した。そんな彼女の様子を見て驚いていた彼らもすぐに吊られて笑い出した。
「体はなんともないわ。とても、嬉しくて」
言葉をそこで区切ったのち、メルチアは彼女がこれまでで1番と思える笑顔で「ありがとう」と微笑んだのだった。その際に何人もの男が鼻血を出して倒れそうになった話はまた別の話。
「さて、と。じゃあ、グズグズしている暇はないわね。早速皆に計画を話すわ。私の声が聞こえるところまで寄ってもらえる?」
メルチアはそう言って、昨晩レリチアに話したのと同じ作戦を話した。作戦は以下の通りだ。アルザッハ辺境伯の邸宅にメルチアが正面玄関から堂々と入る。その隙に4人1組で編成したいくつかのチームが邸宅に侵入し、見張り等々を倒す。そして、当主の部屋を見つけた場合はその場で殺害。もし見つけ出せなかった場合でも、メルチアが当主と話がしたいと持ち込み、居場所を突き止められる、という算段だった。そんな軍勢がないとレリチアが言ったのはもし、何もかも失敗して軍が現れた場合のことを言っていた。案の定人々の中から同じ質問をする者が現れた。
「そのことだけれど、そうなってしまえば普通なら私たちは全滅よ」
その言葉にゴクリと皆が息を呑む。
「でも、私には、私たちには最大の助っ人がいる。それはルーデン帝国の軍よ。帝国側としてもこれ以上のアルザッハ辺境伯の身勝手な振る舞いは目に余るはず。現在レンデル族が皆殺しにあって熱り立っていることは向こうも重々承知なはずだから、この状況に乗じて兵を送ってくれるかもしれない。私はそれに賭けてみようと思っている」
「帝国側を信用していいのか」という囁きがざわざわと広がる。
「帝国そのものを私も信用しているわけではないわ。でも、少なからず帝都に信用している人はいる。その人たちが少しでも私のことを気にかけてくれているのであれば、必ず帝都から兵は派遣される。どうか、この言葉を信じてほしい」
メルチアの声に人々は最初戸惑いを見せながらも、ゆっくりと頷いた。正直に物を言い、皆を導こうとするその姿は先代の族長をどことなく彷彿させたのが大きかったのかもしれない。
「私たちは今岐路に立っている。これからアルザッハはレンデル族に行った残忍な行いを私たち生き残りや他族にも行うかもしれない。悲しみの連鎖はここで断ち切られなければならない!!私はそのためにここに立っている!私が信じる正しさはこの手の中にある!!そしてあなたたちは私の手を取った!!力を貸してほしい!!愛する人たちを守るために、今ここで!」
彼女の明け方の空に高く響く声に呼応して、人々が「おお!!」と拳を高く挙げて応えた。その様子を一歩後ろから見守っていたルストは一人、涙を流していたのであった。
皆が戦闘準備に入る中、メルチアはレリチアに声をかけた。戦闘服に袖を通しながら、レリチアは返事をする。
「お姉様、どうなさいました?」
「貴女には特別頼みたいことがあるの」
「何でしょう?」
こうしてメルチアは彼女に頼みごとをすると、レリチアは神妙な面持ちで頷いた。
「必ず、掴んでみせます」
「お願い」
2人はそう言って別れ、人々とも再会の誓いを立てた後、メルチアを待っていたルスト共に予定通り洞窟を出発した。
3時間ほど山道を下ると、アルザッハ邸宅が見えてきた。ルスト曰く今日は警備が薄くなっているらしい。もしかすると、逃走したメルチアの捜索のために兵力が割かれているのかもしれなかった。当然だろう。辺境伯にとって最早脅威と言えるものは周辺にないと思っているのだから。
「本当にお一人で行かれるのですか」
ここからは一人でいい、と先を進もうとするメルチアにルストは声を掛ける。メルチアは振り返らずに言う。
「ええ、一人で行くわ。いつだって一人だったもの。戦う時は一人って相場は決まってるのよ」
「ですが」
「だけどね」とルストの言葉を遮ってメルチアが言う。
「だけど、戦っている時は一人でも一人じゃないの。意味、伝わるかしら?」
メルチアはそう言い終えると、歩き始めた。
「ルスト、貴方が死ぬことは許さない。必ず生きて」
「仰せのままに」
ルストがその場から立ち去ったのを感じ取ったメルチアはそのまままっすぐ前だけを見て歩き始めた。わざわざそれっぽく紐で両手を結び、ボロボロの服を着て正門の前に現れると、門番が「誰だ!」と声を上げた。
「レンデル族族長は娘、メルチア・ドゥ・レンデルです。逃亡しても行く場所などないことを理解して舞い戻ってきました」
「通れ」
門が開かれ、2人の兵にがっしりと両腕を捕まれ、歩き始めた。
いよいよ、これから勝負の時だ。
メルチアは両手の拳をきつく握りしめ、屋敷を睨みつけた。
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