第6話 宮殿到着
かくして、タルハはヤルカン王国へ密行し、シャルハは実家である宮殿に戻ったのだった。宮殿にこっそりと馬車を乗り付け降りてきたシャルハを迎えたのはミクリアだった。シャルハは身バレを防ぐため、顔を黒いベールで覆っている。
ミクリアは一瞬驚いた。というのも、シャルハがそうしていると、タルハのように思えたからだ。背格好が同じだと顔を隠してしまえば誰とはわからない。タルハはこれを見越していたのだろう。
(なんたる周到さ)
すっかりミクリアがタルハの策に感心していると、シャルハは顔は見えないが怪訝そうな顔をしたように思えた。慌てて、ミクリアは先頭を行く。
「現在、陛下が彼の国へお渡りになられたことを知っているのは公爵と公爵の夫人であらせられるレンデル辺境伯、そして私と……」
「俺ですよ」
前からやって来たのはサルヴァドール大将だった。
「サルヴァドール・ランダリオンと申します」
サルヴァドール はそう言って、右手を差し出した。シャルハはその手を取って握った。その際、サルヴァドール は常人であれば痛いと泣き叫びそうなくらいの強さでシャルハの手を握ったのだが、彼のベールはピクリとも動かなかった。サルヴァドール は意外そうな顔をしたあと、すぐに手を引っ込めた。
「では、また後ほど」
颯爽と去っていくサルヴァドールの姿が消えたかと思うと、シャルハは右手を左手で摩った。
「あの野郎、俺を試してやがったな」
「え?そうなんですか?」
ミクリアがシャルハを驚いて見る。
「きっと、お前があの手を握ってたら骨が折れてただろうさ。まあ、いい。行くぞ」
先を行くシャルハのことも忘れて、ミクリアは一人、右手を大事そうに握り込んだのだった。
人払いのされた執務室に着いて早速、シャルハは前皇帝のことを尋ねた。
「親父は今どこにいるんだ?」
「ご隠居されております」
「なるほど、言えないと」
「申し訳ございません」
シャルハはベールをそのままに、執務机に座った。
「別に、俺のことは親父には隠し通せんだろうから、もしここにいるのなら言っておくべきかと考えたまでだ。ここにいないのなら出来るだけ教える人数は限られた方がいい。早速、仕事を始めよう」
「ですが」
ミクリアは窓の外を見た。日が沈みかけていた。
「今日は長旅でお疲れでしょう。執務は明日からに致しましょう。夕餉のご用意をお持ちいたします」
「……わかった」
シャルハは不服そうながらも頷いた。そして、ミクリアの去り際に一言付け加えたのだった。
本来はタルハのものであり、現在はシャルハのものとなっている私室へ皇帝に相応しい豪勢な夕餉が運ばれてきた。目の前で毒味がされ、安全確認をしたところで一人の男が入室してきた。
「お呼びでしょうか」
「やあ、サルヴァドール大将。さあ、腰掛けると良い。他の者は下がってくれ」
サルヴァドールは訝しげにしながらも、シャルハの目の前の席に腰掛ける。他の給仕の者たちは一礼して部屋を出ていき、2人きりとなった。
「大将も食べてくれ。宮殿の料理は美味いぞ」
「いえ、俺は」
頑なに料理に手をつけよとしないため、シャルハ自分が食べるのをやめて、改めてサルヴァドールをじっくりと見た。己が信じた正義に忠実そうな顔立ちだ。
(俺を試したことから察するにタルハには心の底から忠誠を誓っているんだろうな)
「俺の顔に何か?」
「お前、庶民の出身だな?」
「それがどうかしましたか」
明らかに声を低くして威嚇するサルヴァドールに、シャルハは弾けたように笑った。
「ははは、どうもしない」
「は?」
「少し確かめたかったんだ。鎌をかけただけだ」
「一体……」
気の抜けた声を出すサルヴァドールに対し、シャルハは楽しそうに言った。
「お前と握手をした時、あり得ないくらいの力で俺の手を握ったな?」
「あれは……」
決まり悪そうにさっとサルヴァドールは視線を逸らす。
「あの時、俺が信用に値するやつか、鍛えてきたやつかを測ってたんだろ?俺は宮殿では女の尻を追いかけて皇位継承権を捨てた軟弱な男と名高いらしいからな」
サルヴァドールは目を大きく見開いた。
「その噂を知っていらしたのですか」
「勿論だ。どんな間抜けだと俺は思われていたんだ」
心外そうにシャルハは
「大将さんよ、タルハの失恋話を知ってるか?」
「陛下の?いえ、存じ上げておりません。しかし、なぜそれを今?」
「タルハの初恋の相手は俺の奥さんなわけ」
「はあ」
サルヴァドールは何が言いたいのかわからないという顔をしている。
「俺がタルハから見事に掻っ攫った分、あいつの憂さ晴らしのためにもと噂を泳がせてたんだよ。揉み消すことなんて簡単なんだけどな」
「なるほど」
サルヴァドールは頷いた。
(少しずつではあるが、俺に心を開き始めている)
「噂が邪魔にならないうちは面白いからそのまま放っておいてもよかったんだが、ここでこの役を任された以上、邪魔になるようだったのでな」
シャルハはサルヴァドールを見ながらニッコリと笑った。その笑顔に何か黒めいたものを感じ、シャルハとタルハは兄弟なのだということをサルヴァドールはひしひしと感じていた。
「まあ、とにかく食え。招待しておきながら何も食わせずに帰すわけにはいかんだろう。俺の立場を考えてくれ」
そう言われて、シャルハは一口二口と料理に手をつけ始め、あまりの美味しさに手が止まらなくなっていた。そんなサルヴァドールの様子をシャルハは面白そうに眺めていた。
夕餉を食べ終えた2人は床に胡坐をかいて晩酌をしていた。
「俺が入隊したのは10年前のことです。そして、陛下にお会いしたのは5年前です。あの日は大雨でした」
酔っている様子のサルヴァドールは顔をほんのりアルコールで赤くしながら昔話をポツポツと語り始めた。
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