第7話 忠臣大将

 家族は貧乏でもなければ裕福でもなかった。このままでは、学を身に付けることもなく、その辺の店で働いて適当な町娘と結婚し、平凡な家庭を築いて朽ちていく。そう思い、恐怖を感じたサルヴァドールは若干12歳にして、軍隊に志願した。

 最初は門前払いだった。当時、入隊できる年齢は15歳からだったため当然の反応である。だが、真剣なその様子に彼の後の師匠であるベルデが入隊させた。

 

 それがおよそ10年前のことである。


 入隊後、誰よりも訓練と勉学に勤しみ、繰り返されるヤルカン王国との小競り合いに派遣されては功績を上げた。そして、メキメキと頭角を現した結果、同僚に妬まれていじめを受けることになった。集合時刻を一人だけ教えられずに遅刻しそうになる、わざとぶつかられて昼食の乗ったトレーを床に落として昼食抜きになる、訓練着が切り裂かれるなんてことはざらにあった。

 それでもサルヴァドールは耐えた。忍耐の5年を過ごし、17歳になった頃、少佐昇進への打診があった。


 なぜ若造に過ぎない上に貴族でもない彼に昇進の打診があったのか。それは、サルヴァドールが入隊して以来着々と進められていた宮廷大改革のためだった。これまでは血統主義がとられ、貴族しか昇進することは許されなかった。恐らく10部属をまとめるのにそれが最も手っ取り早かったからである。


 しかし、アルザッハ辺境伯の謀反事件を機に始皇帝は実力主義へと舵を切った。腐った幹部たちを下ろし、実力のある者たちを新たに幹部にする。そして、皇帝への忠誠心を強める。そういう背景があった。


 サルヴァドールが少佐へ昇進する際、他に昇進する者も皇族や貴族に紹介されることになっていた。新体制のお披露目でもあった。よって、正衣着用のドレスコードがあった。


 ベルデから贈られた正衣が朝、入浴している間に盗まれ、途方に暮れた結果、仕方なく訓練服で会場へサルヴァドールは向かった。

 会場へ到着するや否や正衣やドレスに身を包んだ人々に「庶民だから常識がないんだ」と罵られ悔しさで唇を噛み締めていると、タルハが歩み出て、後ろに控えさせていた者からある物を手渡した。

 それが新しい正衣だった。タルハはそのまま何も言わずに席へ戻る。観衆は唖然としていた。皇族が自らの手で物を授けるシーンなど見たことがなかったからだ。少し驚いた後に満足そうな始皇帝、まっすぐ前だけを見つめるタルハ、そんな2人の様子に涙が止まらないサルヴァドール。

 結局異様な雰囲気の中、昇進式は執り行われた。


 なぜタルハがそのようなことができたのか。実は、タルハは日常的にこっそりと訓練場を覗き、誰を懐刀にするか見定めていた。その際にサルヴァドールがいじめにあっていることを知るも、皇族という立場上下手に手助けすることができず、黙って見過ごしていた。しかし、今回のことは事前に起こることが予想されていたため、あらかじめ新しい正衣を用意させて控えの者に持たせていた。


 それが事の真実。


 それ以来、サルヴァドールはタルハの側近になれるようこれまで以上に努力を惜しまず、年に一度昇進するという尋常ならざる快挙を遂げ、若干22歳にして大将の地位にまで上り詰めた。

 元々大将だったベルデが老衰を理由に退職を願い出たと同時に、サルヴァドールを後任に推薦したことも大きかった。


 こうして、今のサルヴァドールは形作られた。


 話が終わる頃にはお互いの杯はすっかり空になっていた。力のある給仕の者を呼んで、サルヴァドールを自室まで送り届けさせるとぼんやりと一人シャルハは月を見ていた。


「あまり飲み過ぎると、お体に障りますよ」


 ロニが寝床を用意しながら嗜める。


「今宵くらいは許せ。俺が宮殿を離れてから色々変わったんだな、と。宮殿の人々も弟も、親父も、皆」

「ええ、全ては変わっていきます。ずっと同じものなんてありません」


 彼女の声は少し寂しそうだった。


「そうだな、変わらないものなんてないな。でも、変わっていっても、離れていくわけではない。どうしても手放したくないものは握りしめるだけだ。そうだろ?」

「おっしゃる通りです……それでは、おやすみなさいませ」

「ああ、おやすみ」


 ロニが退室した後、シャルハは杯を置いて寝床に入ったのだった。





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