第9話 陰謀の糸
心配していたような奇襲もなく、無事に朝を迎えたシャルハたち一行は一直線に宮殿を目指した。宮殿に着くなり皇帝への報告よりも先に彼はメルチアの姿を探したが、どこにも彼女の姿を見つけることができなかった。そこで、廊下を歩いていたナルハを捕まえて事情を聞いたところ、メルチアはタルハを伴って故郷へ向かったという。
「どういうことだ。メルチアがアルザッハの領地に踏み入れるなど、地雷を踏むようなものだ。親父もなぜ許可を?それに唐突になぜ、メルチアは故郷を見たいなどと…?」
「あら、お兄様、簡単なことですわ。メルチアお姉様は何もかもご存知なのよ。同族が皆殺しにあったこと。そしてそれがアルザッハ辺境伯による仕業のことも。それに、私が責任を感じてお父上にお願いをしたの」
「今度は何を願ったんだ?」
「メルチア姉様がせめてご両親や同族が亡くなった場所でお祈りできるように、と」
それを聞いたシャルハは血相を変えて皇帝へ謁見を申し込んだ。すぐに許可が下り、皇帝に会いに行った。
「アルハ皇帝」
「アルザッハ辺境伯の件はあとで報告書をあげるように」
「畏まりました。それで、私が謁見を申し込んだのは……」
「おお、ついに心が決まったか」
「はい、心が決まりました」
「そうか」
アルハ皇帝はホッと安心したような顔を見せたが、シャルハはすかさず言葉を続けた。
「私にはメルチアしかいない」
「なんだと?」
安心して玉座に凭れかかった皇帝は今度は前のめりに体を傾けた。
「ナルハから聞いてまいりました。メルチアが皆殺しの件を既に知っていたこと、それがアルザッハ辺境伯による仕業のこと、タルハと共に故郷へ向かったこと、そしてそれをナルハが願い皇帝が容認なさったこと、全てです。そしてそれを聞いた私は不安で張り裂けそうです。メルチアを今失ってしまうのではないかと。メルチアを失ってしまったら私はこの世界をモノクロにしか見れなくなる。私はメルチアと結婚します。それで皇位継承権が剥奪されたとしても構わない」
皇帝は黙ってその言葉を聞いていた。暫しの沈黙があってから口を重々しく開いた。
「お前の気持ちはよくわかった。そんなことだろうと予想していた。だが、今の言葉を思い返してみよ?そこにメルチアの思いはあるか?メルチアも本当にお前と結婚したいと思っているか?皇位継承権のなくなった地位なき男に付いていきたいと思っているのか?」
「そ、れは……」
「結局今までお前が言ってきたことはお前の独り善がりだ」
皇帝のぴしゃりとした言い方にすっかりシャルハは黙りこくってしまった。俯いて唇を噛み締めている息子に対して皇帝は厳しい表情を少し緩めた。
「だが、その思いをまっすぐ伝えれば何か変わるやもしれん」
「それは……!!」
ハッとしたようにシャルハが顔を上げた。
「わしの負けじゃ。シャルハの心をどうにかメルチアから引き剥がそうと苦心したが、逆に執着させてしまったようだ。でも、その思いが本物ならそれを貫け」
「御意」
「ダニタス。シャルハのための馬を用意してやってくれ」
「御意」
ダニタスは頷くと側にいた部下に指示を出し、シャルハは最敬礼を取りやめ、その場を後にした。謁見の間を出ると、扉の前で控えていたルトーが近寄ってきた。
「シャルハ皇子、どうでしたか!?メルチア様との婚姻許可は!?というか、メルチア様を追いかけになられるんですか!?というか……」
「ルトー、質問が多い。メルチアとの婚姻はメルチアの心次第という返事をもらった」
「え、じゃあ……!!」
ルトーは大きく目を見開いたかと思うとパーッと顔を輝かせてシャルハの両手をとった。
「そういうことだ。メルチアの返事一つだ。で、そういうことだからメルチアを追いかける許可ももらった。ダニタスが馬を用意してくれるという話だ。すぐにでも出発したいが、お前の体力も心配だ。少し休んで明日の夕方、6つの鐘が鳴る頃に出発することにしよう。夕方に動けば辺境伯に気づかれる可能性も低くなるはずだ」
「御意」
「他に質問は?」
「いえ、今のところありません。では、明日の夕刻にお迎えにあがります」
「わかった。1日と少ししか
「御意」
ルトーはシャルハと別れて、宮殿の離れにある宿舎へと向かっていった。シャルハはそれを見送ると、自室へと向かっていった。その途中でロニに出会ったため、声をかけた。
「ああ、ロニ」
「シャルハ第一皇子……ご無事にお帰りになられたようで」
「ああ、お陰様でな」
「何よりでございます」
ロニはシャルハと目を合わせないように少し俯きながら「それでは……」と去ろうとした。恐らくシャルハへ知らせることもなく、メルチアをタルハと共に故郷へ行かせたことを責めると考えてのことだろうと彼は思った。
「別にロニを責める気持ちはない」
「……へ?」
ロニは驚いて顔を上げ、まじまじとシャルハの顔を見た。それはまるで彼の本心を探ろうとしているかのようだった。
「メルチアは誰の所有物でもないし、彼女は彼女のやりたいこと、いきたい道を歩めばいい」
ロニはぽかんと開いた口が塞がらないようだった。シャルハはそれを見てケラケラと笑ったかと思うと、彼女の肩をポンと叩いて歩き始めた。
「だけど、俺が諦めたわけではない。これからもメルチアのことを支えてやってくれ」
遠ざかっていく彼の背中にロニは頬を濡らしながら深々とお辞儀をしたのだった。
しばらく歩いて、シャルハは自室前に女が群がっているのを認めた。そのほとんどが上等の着物を着ており、シャルハはすぐに護人だと気が付いた。護人は人質ではあるが、この帝国では丁重に扱っていた。その理由としては良い待遇をすることにより、反乱する気持ちを鎮めようという狙いがあるからだ。自室へ向かってくるシャルハに群の中の一人が気がつくと、一斉にシャルハの元へ押し寄せた。衛兵が慌てて取り押さえようとしたが、数人を防ぎきれなかった。
「これは一体何事だ」
シャルハの胸に飛び込んできた護人を自ら引き剥がしながら問うとその女子は涙を浮かべながら言った。
「シャルハ皇子、あなた様が護人メルチアとご結婚なさるという噂は誠なのでしょうか?私があなた様をお慕いしているとあれだけ申し上げているにも関わらず……」
シャルハは困惑した表情でその女を見下ろした。確かに綺麗な顔立ちで、綺麗な着物を纏ってはいるが「それでもメルチアの方が美しい」と思った。それに、彼には彼女やその他彼の周りに群がる女からの求愛を身に受けた覚えがない。
「あなたたちの気持ちは嬉しいが、私はメルチアと結婚することを心に決めている。よって、噂は誠だ。あなたたちもきっと素敵な出会いがある。どうか肩を落とさないで」
シャルハはそう言い終えるや否や衛兵たちに目で指示を出し、女子たちを連行させた。衛兵たちに連れ去られる際に泣き叫ぶ者もいたが、衛兵は無慈悲に彼女たちを連れ去った。やれやれとため息をつくと、自室へようやく足を踏み入れた。自室の横たわれるくらいのソファに寝転がると意識を失うように眠った。
一方、その頃メルチアとタルハが乗った馬車は順調にアルザッハ辺境伯の領地へ向かっていた。しかし、雰囲気は重苦しく、二人とも黙りこくっていた。タルハは難しい顔をして何かを考えているようだった。メルチアは何を考えているのかわからないような無表情だった。時折、タルハは気遣うようにメルチアを見るが、彼女は馬車に乗り込んだ時から変わらぬ表情でカーテンで見えない外へと意識を向けているようだった。こうして、またタルハは視線を自分の手元へやり、難しい顔をするのだった。
これから待ち受ける彼女の現実に、打開策はないのかと考えながら……。
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