第8話 面従腹背

 シャルハとルトーは勅命通り、アルザッハ辺境伯の屋敷を訪問していた。


「これはこれは、第一皇子直々にこのような場所にまで足を運んでいただき、恐縮至極で……」

「そのような堅苦しい礼は要らぬ。部屋へ通していただきたい」

「……はい、直ちに」


 屋敷に到着すると、アルザッハ次期当主のフィスト・ドゥ・アルザッハがシャルハたちを迎えた。当主は別件で今が手を離せないとのことで息子が充てがわれたらしい。つくづく舐められたものだと思いながらも黙って2人は後に続いた。通された居間は非常に立派ではあったが、壁紙から絨毯までが鮮血を思わせる赤で統一され、全ての家具にあしらわれている金が目に毒だった。


「急いで尋ねたいことがある」

「なんなりと」


 シャルハに座るよう促したフィストはソファに腰掛けたが、シャルハは対照的に立っ口を開いた。


「単刀直入に聞く。今、レンデル族はどうしている?先の『再会の宴』で彼らの姿を見なかったので周辺で聞き込みを調査をした。すると、フィスト次期当主が1ヶ月程前に直々にレンデル族の者が参加できないことを伝えに来たと聞いた。それはなぜか。理由も説明されたし」

「……なるほど」


 フィストは足を組み、その膝頭に組んだ手を乗せた。


「これ以上隠し通すのも無理なようだ。正直にお話申し上げます。どうか、最後まで聞いていただきたいのです。回りくどい言い方を皇子は嫌われるお方とお見受けするので簡潔にお答えしますが、レンデル族は全滅いたしました」


 その言葉にシャルハのお付きの者たちがどよめきの声を上げる。


「あれは1ヶ月半前のことです。深夜遅くに見張りの柄のものが我が邸宅に飛び込んで参りました。何事かと尋ねたところ敵襲だというのです」

「敵襲?そんな報告はなかったはずだが?」


 シャルハが眉を顰める。


「ええ、報告しておりませんから。宮廷の皆様に余計な心配をさせないように配慮してのことでした。話を戻します。どこの敵襲かと聞くと、ヤルカン王国だというのです。最近は軍備拡張の動きが見られたのですが、それにしても性急すぎると私は思いました。そこで兵と共に敵を見たという場所まで参りました。すると、そこには確かにヤルカン王国の旗を背負った小隊が我が領土に足を踏み入れんとしていたところでした。私は急いで攻撃命令を出し、一掃するように命じました。幸い3時間ほどで方が付きました。夜明け前でした。徐々に辺りを陽の光が照らし始め、小競り合いの結果がようやくはっきりとわかりました。すると、地面に伏していたのはヤルカン王国の旗を背負ったレンデル族の者でした。族長が屍を越えて我々の方へ向かってくるのが見えました。これはどういうことかと尋ねると、『我々はアルハ皇帝にはひれ伏さない。国を取り戻すのだ!!』と叫び、その場で自害したのです。反逆罪でした。そこで、我々は死体を掻き集め、湖の近くに朽ち果てるまで晒すように命じました。恐らく、皇子たちが目にされたものはそれでしょう」

「お前、それを知って……!!」

「あそこは我が領地です。領地のことは全て知っていて当然です」


 歯を噛み締めながらもシャルハは怒りを飲み込み、言葉を続けた。


「まあいい。つまり、レンデル族が裏切ったとお前は言いたいのだな?」

「仰る通りです」

「では、聞く。なぜそれを即座に報告せず、レンデル族の欠席を旗本会に告げに行ったのだ?二度手間のように思えるが」

「それも皇帝の臣下としての配慮のためでした」

「なんだと?」

「あと1ヶ月程で『再会の宴』が始まるというのに、そこでレンデル族が反旗を翻したという事実やその噂が帝国内に流れたらどうなるでしょうか?我が部族も、と立ち上がる異端分子がいないとも限りません。それを防ぐために、祭りが終わるのを待っていたのです。今日や明日にでもこちらの方から出向こうかと考えていたのですが、ちょうどその件で皇子がこちらにいらしたのでその手間は省かれました」


 シャルハはルトーに目配せをした。これ以上、ここで話を聞いても「配慮」という言葉で逃げられることを察したからだ。


「アルザッハ辺境伯の言い分はわかった。事実の確認をこちらでも行うが、お前たちの方でも出来るだけ詳しい情報を集めていただきたい。それと、死体だが、この気候で辺りには腐敗臭が蔓延していて衛生的によくない。早く燃やして灰を肥料にでもして使うといい」

「畏まりました。本日はどちらにお泊りになられるのでしょうか?よろしければ、我が邸宅でもてなしたいと考えておりますが」

「せっかくだが今回は遠慮しておく。近くに私の別荘があるんだ。お前もよく知ってるだろう?」

「左様でございますか。大変残念です。それではまたの機会に」


 フィストは感情のよくわからない表情で笑った。彼の細まった目がシャルハにとっては怪しげに浮かぶ三日月に思えた。

 フィストに見送られ、シャルハは別荘へ向かった。



「シャルハ様」


 ルトーがシャルハから剣を受け取りながら俯く。装備を外す手伝いを彼はしているところだった。


「わかっている。まさかアイツの話を全部信じるわけないだろう」


 明から様にホッとした様子のルトーにシャルハは呆れる。


「余計なことを聞くほうが命取りだ。アイツらは皇族をなんとも思っていないらしいしな」


 先ほどのフィストの様子を思い出しながら言う。重要なことを隠蔽するだけでも反逆罪に当たるのに、「臣下としての配慮」と言って言い逃れできると考えている。なんと愚かな者たちか。


「とにかく、だいたいどういう風に話を持っていこうとしているのかはわかった。レンデル族を皮切りに他の部族にも手を出して領地を拡大、そのうち交渉とでも言って権力を欲するだろう。それに応じなければ全面戦争か。なんのために皇帝が帝国を作ったと思っているんだ」


 シャルハはベッドの上に体を放りだしながら言った。


「剣はベッドのお側に置いておきます。万が一のために」

「そうだな、万が一のために」


 彼はゆっくりと瞳を閉じた。幼いメルチアが2人の男女に両手を握られて嬉しそうに歩いていく後ろ姿を瞼の裏に見たような気がしていたのだった。

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