第17話 世界の理

 罪人は全員拘束され、帝都に連行された。その数日後、見せしめの意味も込めてギロチンが広場に設置され、民衆は今か今かと罪人の登場を待っていた。ギロチンがよく見える閲覧席に座ったメルチアはシャルハの隣でそれを複雑な気持ちで見ていた。今回斬首されるのはアルザッハ家一族だ。


「フィストは生きたかったと言っていたの」

「そうか」

「もっと違う世界で、違う理の中でなら生きれたのかもしれないわね」

「そうかもしれない。でも、この世界の理に従えないのなら弾かれるだけだ」


 シャルハはそう言って、メルチアの手を握った。彼女もその手を握り返した。


「罪人、参れ!!」


 執行人が声をかけると罪人が現れた。罵詈雑言がアルザッハ一族に投げかけられる。皆一様に俯いており顔をあげようとしない。物を投げる者もいて、いくつかは彼らの顔に直撃していた。

 メルチアやシャルハを筆頭とした皇族が見守る中、刑は粛々と執行された。元当主は項垂れたまま一言も発することなく刑に服した。フィストはギロチンの台に上がる前にちらりとメルチアを見上げた。彼女は小さく頷き、フィストも頷いた。執行人が何か言い残したことはあるかと問うと、「こんな碌でもない世界に残す言葉などない!」と叫んで民衆を煽るだけ煽ってギロチンにかけられた。フィストの妹、フィスティアは「納得できない!シャルハ皇子と結婚させて!」と繰り返しているうちにギロチンの刃にかかっていた。


 これにて、表向きには一連の事件が一件落着とされた。しかし、実際には最後の刑執行が一件だけ残っていた。


「メル、行くぞ」


 シャルハがメルチアの手を引く。メルチアも頷き、彼の後に続く。辿り着いた先は、宮殿の外れにある小さな塔だった。その地下にナルハは拘留されていた。


「ナルハ……」


 ナルハはすっかり覇気を失い、格子に背を向けて明かり取り窓だけを見続けていた。


「何よ、笑いに来たの。愛されなかった私を、笑いに来たのね」


 ははは、と乾いた声で笑いだしたかと思うと、そのままゲラゲラと下卑た笑い声へと変わった。明らかに精神に異常を来している様子だった。メルチアとシャルハが動けずにその場に止まっていると、背後からタルハがやって来た。


「メルチア姉様、シャルハ兄上、ご無沙汰しております」

「タルハ」


 心なしか窶れたタルハの姿にメルチアは心配する。先の突撃で皇族が全員離れるのは芳しくないということで、タルハは帝都に残っていたのだ。罪人拘束後も様々な手続きの関係で会う時間はほとんどなかったといえる。


「大丈夫?」

「大丈夫です。それより、少しナルハと話してもいいですか」

「ええ。シャルハ、行こう」


 今度はメルチアがシャルハの手を取り、塔を出る。残ったタルハは変わり果てた姿の双子の妹を見た。


「ナルハ、気づかなくてごめん。そんなに思いつめていたなんて」


 ナルハは何も言わない。しかし笑うことはやめていた。


「この場でこれを言うのは相応しくはないことは重々承知しているけど、敢えて言うよ。僕はナルハのことを愛していたし、今も愛しているし、これからも愛し続けるだろう。例え世界中の誰もがナルハのことを罪人だと後ろ指を差したとしても、僕はナルハを僕の唯一の妹として愛し続ける。きっとそれは父上やメルチア姉様も兄上も同じはず……。だから、どうか魂までは失わずに……」


 タルハはそれ以上先を言うことはできなかった。震える口元を抑えて階段を登って塔を飛び出した。ナルハの頬を温かなものが伝っていた。



 その日、ナルハの斬首刑が執行された。



 民衆には病が悪化し、急逝したと発表された。皇族の重々しい雰囲気に民衆の誰もが哀れんだ。ナルハの葬儀は厳粛に行われ、国民に惜しまれながら見送られた。ナルハが天国へ行くのか、地獄へ行くのか、それは誰にもわからなかった。


「いってしまった……」


 降り始めた雨の中、黒い傘をさしたままシャルハがポツリと言った。眼下にはナルハの名前が刻まれた墓石がある。たくさんの花が添えられている。メルチアは黒いベールで隠された表情はそのままにそっとシャルハを抱きしめた。


「ごめん、メル」

「何に対する謝罪?」

「わからない……ナルハの代わりに、兄として謝罪すべきだと思ったんだ」

「ねえ、兄弟や家族だからといって同じ人間ではないと思うの。冷たいかもしれないけれど、家族って所詮1番身近ななのよ。だから、シャルハが謝る必要なんてない」

「でも、ナルハはお前の大切な人たちを……」

「確かにそうね。それは許されざることだし、一生赦すことはないと思う。でも、シャルハも言ったじゃない。この世界の理に従えなければ弾かれるって。きっと、私の大切な人たちは理に添えなかったのよ。全てはあるがままにある。そういうことなんだわ」


 シャルハは傘を投げ捨て、メルチアの頭を掻き抱いた。2人は静かに涙を流した。全てを洗い流すように雨が2人の頭上に降り注いだ。


 メルチアには先の事件解決の功績が認められ、護人の任が解かれた。そして、アルザッハ一家が元々治めていた土地が与えられ、レンデル辺境伯となった。ルーデン帝国では、男女関係なく実力がある者に地位が与えられるため、女性であるメルチアが辺境伯になることに何ら問題はなかった。その領地でレンデル族の生き残りの人々は新たな生活を送り始めた。レンデル族からの新たな護人としてはレリチアが名乗りを上げた。反対するメルチアにレリチアは力強く目を輝かせて言った。


「お姉様のような立派な女性になるべく、宮殿で修行を積みます!」

「いや、宮殿は修行の場所ではないのだけれど……」


 しかし、ある意味で修行のような場でもあるので、そのまま妹を護人として着任させることにしたのだった。


 ナルハの喪が明けた後、すぐにシャルハはメルチアに婚姻を申し込んだもののそれは一蹴された。メルチアはレンデル族の人々と今後は生き続けることを決心しており、国母になるつもりは毛頭なかったからだ。私と結婚したければ、婿養子になることが絶対条件よ!と叩き返すと、ならば皇位継承権を破棄するとシャルハは言い出した。その考えを譲る気のない息子にほとほと困った皇帝は異例ではあるものの、シャルハを公爵とし、皇位継承権の序列をタルハと入れ替えた。そして、シャルハは婿養子になる形でメルチアと晴れて結ばれた。タルハは次期皇帝の座を手にしたもののメルチアの結婚式会場で浮かばれない顔をしていた。「試合に勝って勝負に負けるとはこのこと」と独りごちていた。


 シャルハは結婚式で指輪と共にメルチアに1通の手紙を渡した。それを見ていたルストが小さく「あっ」と声を出した。それを聞き逃さなかった彼女はルストの方を見てニッコリと笑った。そして、彼女は「火を頂戴」といって、教会の者から蝋燭を受け取るとを燃やした。どよめく観客に、驚くシャルハ。しかし、メルチアは悪戯が成功した子どものように無邪気に笑い、手紙を宙へと投げた。

 こうして、温かな太陽光が燦々と降り注ぐ中、だったメルチアは手紙と共に灰となって風に攫われたのだった。


 後にメルチアは当時のことを振り返って、下記のように日記に記した。


 3歳で人質になりました。宮殿暮らしをしていました。

 15歳でレンデル辺境伯となり、その後ルーデン帝国の元第一皇子と結婚しました。

 色々なことがあったけれど、世界の理は無慈悲だけれど、

 それでも今があることに感謝して。

                          メルチア・ドゥ・レンデル


第1部 fin.

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