第28話 ベッドサイド
「いやぁ参ったよ」
巻上が頭を掻く。先日のテロリスト騒ぎは、巻上がいた政府借り上げのオフィスが狙われた。巻上はたまたま外出中だったというが、巻上がオフィスで研究を始めてからまだ一週間。情報漏洩があまりに早すぎた。これから防諜活動が進められるのだろうが、実戦はともかく防諜に関しては日本の体制は強力なものではない。巻上はアムールトラたちがいる駐屯地の地下施設に半ば幽閉される羽目になった。
「ま、もともと引きこもるのは慣れてるけどね」
研究者はだいたいそんなものだ、と巻上は笑った。
「でも、メーカーの研究データや設備が押収できたのは幸いだったな。これで私の理論を補強できる。あとは実際の患者を見てみたいけれど」
防諜と身の安全確保のため、地上に出ることも禁じられている現状では、それも難しい。
「なぁ、アムールトラ。君の知り合いに患者がいるのだろう?会いに行ってくれないか」
「それは…まあ、もともとそのつもりだったんですけど」
「じゃあサンプル採取の仕方から講習するからな。現場で必要な指示はマイクでするから」
巻上はカメラ付きインカムを手にしていた。
山ほどのサンプル採取器具を担がされ、アムールトラが病院を訪れたのは翌日だった。本来の休日はもう少し先だったが、今回は巻上の依頼、つまり公務だ。堂々と見舞いに行ける。
この前の看護師に連れられてきたのは、前回と違う病室だった。ビニールでできた服にマスク、ゴーグル。物々しい姿にさせられ、エアシャワーを浴びる。宇宙船のエアロックのような二重ドアをくぐると、そこには、ベッドに横たわる大勢の子供たちがいた。
アムールトラはしばし、言葉を失う。
「みんな、例の病気なんですか」
「ええ。サンドスター治療ができなくなって、重症化してる子が多いの」
起きている子供は、物珍しそうにアムールトラを見る。
整然と並ぶベッドは、まるで野戦病院のようだ。
「野戦病院なんて知らないけど」
「まーちゃんはこっちよ」
案内されたベッドに、まーちゃんは眠っていた。
「まーちゃん…」
アムールトラがそっとつぶやくように呼びかけた時、突然バイタルモニターにランプが点灯した。
「何があったんですか!大丈夫なんですか!」
「ああ、大丈夫よ。これは目覚めそうになったサイン。よかったね、お話できそうよ」
アムールトラがほっと胸をなでおろしていると、まーちゃんの目がうっすらと開いた。
「まーちゃん、起きた?」
まーちゃんはまだ朦朧としているようだ。次第にその瞳が光を取り戻し、視線がはっきりとアムールトラに向く。
「あい…ちゃん?」
「そうだよ、あいちゃんだよ!会いにきたよ!」
本当は抱きしめたかったが、それはできない。代わりに一番の笑顔を見せて、言葉をつないだ。
「ずぅと、ずうっと会いたかったんだ」
「うん。ぼくもだよ」
まーちゃんも、弱々しくはあったが、笑みを浮かべた。
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