第31話 聖女僧侶の帰る場所



 私の脅しの効果かどうかは定かでないが、その後の会議は大変スムーズに進んだ。

 結論として、私は今後も村で僧侶を続けられる。ただ、聖女であることを隠し続けるためにも卵が孵った後から聖獣が私の元を立つまでの期間は城で過ごすことになったけれど。……この馬も、今後生まれてくる聖獣も私の側を離れようとはしないだろうから、ということだ。


 聖は表向きの聖女として、今後も式典などに顔を見せる。例の六人の扱いはまだハッキリと決まった訳ではないが、やはり誰か一人を選んで急ぎ結婚式を執り行うらしい。生まれた子の親が誰であったとしてもその夫婦の子とし、将来は王族に取り入れられる。

 選ばれなかった五人はどうなるかといえば、聖にそのまま仕えるという。愛の魔法とは大変根深い物であるらしく、彼らは聖なしに生きていけないのだそうだ。……哀れなことである。

 ちなみに私に危害を加えようとしたイフリーオだが、未遂だった事、私に怒りがない事などを理由に不問となった。聖におかしなことがなければ六名はしっかり仕事をこなせるし、おかしな行動もしないらしい。……優秀な人材を失うのは国としても困るのだろう。


 六名の能力を失わないためにも、聖には今後も普通に生活してもらう。勿論聖女とされていた頃のような贅沢な暮らしはできないが、表向きは不当に扱われることもない。

 つまり聖女である私が聖と六人の扱いに不服がないなら、いろんなことを闇に葬るというか、なかったことにしてしまうということだ。

 大人の事情、といえばいいだろうか。国がそうやって闇を飲み込むというなら別段かまわない。私の望みは通させてもらったのだから、文句はない。もし問題が起きたときは自分たちで処理してくれればそれでいい。



「なんで……貴女は、聖女じゃなくていいの……?」



 会議の後、聖は私にそう言った。随分しおらしいというか、大変気落ちしている様子である。自分の行いを振り返って反省したのだろうか。

 彼女の行動は特に周りから止められることもなかったので、暫く私も話を聞くことにした。



「私はずっと聖女でいたかった。だって、皆優しくしてくれるし、望みは何でも叶えてくれるし……でも、朝起きたら違ってたの」



 彼女が目を覚ました時、自分を取り巻く状況が一変していた。昨日まで自分を敬い頭を下げていた人達からお前は聖女ではない、偽物だと罵られ、六人は庇ってくれたが、それは魔法のせいだこの悪女めと吐き捨てられたという。……混乱の最中さなかとはいえ、勝手に聖女だと祀り上げておいてよくもまあ、そのように酷いことが言えたものだ。彼女の行いも悪いが、他の面々がまったく悪くない訳でもないだろうに。



「私、きっともう普通に暮らせないと思ってた。貴女も私を許さないと思ってたし……」


「私は別に、聖さんに何かされた覚えはないのですが」


「だって、本当なら貴女がここで楽しく暮らせるはずだったんでしょう。それを、隠れ里みたいな場所に送られたって聞いて……」



 彼女にとって一番良い生活が、城での豪勢な暮らしだったのだろう。同じものを私も当然望むと思っているから、そういう考えになるのだ。私が彼女の獄中生活を望めばその通りとなる可能性だってあったので、何もかも気にしていないように見える私が不思議に思えるのだ。

 しかし、私にとっては小さな村で穏やかに過ごす日々が一番の望み。ここで暮らすのは、気が休まらない。



「私は村での生活が気に入っていましたからね。それより、貴女はこれからが大変ですよ。責任を……とらなくては、いけないんですから」


「……ごめんなさい。私はこんなことになるなんて思ってなかったの」



 聖もまた、体の時は止まっていたはずだった。そしてそれは、結婚すれば動くものだと思い込んでいた。……一昔前の日本女性なら、それで間違いなかったのだろう。そしてその価値観で行動していた貴族たちも、まさか聖女が結婚する前から時を動かすようなことをしてしまうとは思わなかった。

 勘違いをしたまま、物事は進んでしまった。彼女は本当に軽率な行いをして、本当に面倒くさい事態を引き起こしてくれた。しかし、それに憤慨するのは私の役ではない。説教をするのも私の役ではない。不誠実なことをされた六人が怒るべきなのだ。……まともな思考は残っていないらしいから怒れなさそうだが。

 それでも彼女はこれから、自分がやったことの責任を取らなくてはいけない。



「謝る相手は、私ではないと思いますよ」


「そう、ですよね……ごめんなさい」



 彼女がこれからどうするか、それは彼女自身が決めることだろう。泣いても悔やんでも過去には戻れず、やってしまったことをなかったことにはできない。

 魔法ですっかり正気を失ってしまった六人は、彼女が責任を持って管理しなくてはいけないのだ。彼女が居なくては、彼らは廃人となってしまう可能性すらあるのだから。毎日六人と顔を合わせて、罪悪感に囚われたとしてもそれは彼女の軽率な行いが引き起こしたことが原因である。

 償うならばどうやって償っていくのか。己を罰するならばどのような罰を与えるのか。すべては今後の彼女次第だ。……それによって、未来はいくらでも変わるだろう。少しでも良い方向に進んでいければいい。

 人は、縁があればどんな罪でも起こす。誰にでも間違いはある。それを外野が延々と責め立ててもどうにもならない。しでかした事を忘れぬよう心に刻み、この先をどうするのか、自分を見つめなおしていくしかないのである。



「……頑張って、くださいね。子供を産むのは女性にとって、大変なことですし……」


「ありがとう、ございます……本当にお坊さんみたい」


「みたい、ではなくて一応そうだったんですよ。……最近までは」



 新米も新米の僧侶ではあったが、ほんの数ヶ月前まで私は仏教というものを頂く僧侶であった。それがお盆の仕事中に突然異世界に聖女召喚されてしまい、いまや異世界の聖女である。

 会議は終わったし、私の憂いもほぼ晴れた。リオネルと聖獣と共に、滞在中に使えるよう用意された部屋に戻る。この部屋は聖獣が旅立ち、私が村に帰る日まで使わせてもらう場所だ。近くにリオネルの部屋も用意してもらうことになっているし、生活に困ることがないように計らってくれるらしい。さすが聖女、至れり尽くせりである。



「ありがとうございました」


「……急にどうしたんですか?」



 部屋の長椅子に座って一息ついたところで突然リオネルに感謝の言葉を貰った。彼は兜をとって、私の傍に膝をつく。



「私は、貴女さまに護っていただきましたから」



 思い当たるのは、王を護衛していた騎士の件だ。私の後ろに居た彼がどのような思いをしていたかは分からない。けれど今、柔らかな笑みを浮かべているのを見れば、なんとなく想像はできるのだ。……私は、私なりにリオネルを護ることができたらしい。



「私はいつもリオネルさんに護られてますよ。……いつもありがとうございます。たまには、私が貴方を護ってもいいでしょう?」


「しかし、騎士である私が護っていただくなど……情けなくはございませんか?」


「そんなことはないですよ。人には誰でも弱いところが、あるんですから」



 弱点がない完璧な人間などいない。人は機械でも仏でもないのである。だから人は集団で暮らし、己でできないことを他人に補ってもらい、己もまた他人の足りないところを補い、そうして生きていく。



「一緒に帰りましょうね。とりあえず、年明けまではなんとしても私がリオネルさんを護りますので」


「騎士として賜るべき言葉ではないのでしょうが……ありがとうございます」



 軽く苦笑いされた。しかし私は真剣だ。リオネルを良く思わない人間というのは、本当に居るのだから。私に分からないような嫌がらせを仕掛けてこようとしないとも限らないのである。

 やはりここでは常に気を張ってしまう。早くあの村へ帰って、また平和にのんびりと暮らしたい。



「私も……マコトさんを補佐し、お護りいたします。ずっと、この先も、いつまでも共に」



 まるでプロポーズだ。……いや、それはもう済んでいるのだが。何だか恥ずかしくなってそっと顔を逸らしたら、逸らした先に白い面長の顔があった。肩が跳ねるほど驚いたが、変な声は出さずに済んだ。

 聖獣はキラキラした目でじっと私を見ている。こういう時にその純粋な目を向けられると何故かとても居た堪れない気持ちになるので、とりあえず頭を撫でておいた。そうすれば大人しく目を閉じるからである。


(いや、まあ……おかげで変な空気にはならないんだけど)


 もう一度リオネルを見てみれば、彼は苦笑気味に馬を眺めていた。……この馬ははたして救世主なのか邪魔者なのか。

 もう暫く、年が明けるまではこの聖獣も共に過ごす仲間だ。立派に育ってもらって、この国を救ってもらうとしよう。それまではまあ、リオネルとの距離もそう変わらないはずだ。




 ―――――


 そして時は流れ、大晦日の朝。聖獣はリオネルより大きな白馬となって旅立っていった。そうなればもう城に用などない私達は、さっさと城を後にする。

 王城での生活はおおむね良好、といいたいが思い出せば胸糞悪くなる出来事もあるので記憶の奥底に封印する。とりあえず、私とリオネルに結婚して欲しくない層がいることだけは確かである。……城を離れれば会うことはなくなるので、できるだけ速やかに仕度を済ませて出てきた、という訳だ。



「ちょっと清々しい気持ちですね」



 馬車に乗り込み、そう言いながらいつもなら膝に乗っている頭を撫でようとして、手が空を切る。……私が座るとここに頭を乗せるので、撫でることがすっかり癖になっていたのだがもう聖獣はいない。何だか少し寂しい気分だ。



「寂しくお思いですか?」


「ええ、まあ……子供みたいなものでしたし」



 聖獣は普通の動物ではないので、大して手はかからない。だがそれでも、ずっと自分に甘えてついて回り、少しずつ大きくなっていく姿を見ていれば親のような気持ちになるものだ。短い期間だったがそれでも、巣立っていく姿を見送れば胸に来るものがあるのである。



「あの、リオネルさん?どうしました?」



 目の前の黒い鎧が何やら考え込んでいるように見えたので、特に何も考えずに尋ねてみたのだが。



「子供のことを考えておりました。……貴女さまの子は、とても可愛いだろうと」



 ……尋ねなければよかった。頬に集まる熱を自覚して俯く。そもそも私の子とはつまり、彼の子でもあるはずなのだが、分かっているのだろうか。

 しかしそれは結婚してからの話である。私達はまだ恋人状態であって、夫婦ではない。いや、まあいずれは夫婦となる予定だが、余計なことを考えてしまったのだ。ああ、出来ないと分かっていても煩悩を追い払いたい。



「……そのような反応をされると、堪らない気持ちになるのですが」


「……それ以上言わないでいいですから……」



 馬車の中はなんともいえない空気に満たされた。いままでなら何だかんだと白馬が空気を壊してくれていたのだが、そんな癒しの聖獣はもういないのである。

 とてもむず痒い空間で、無言の時が流れている。それから何度か言葉を発したものの、会話はすぐ途切れてなくなってしまう。前に二人でまともに会話することもなく村へ向かった時も苦行であったが、これはこれでかなり辛かった。

 村に到着する頃にはすっかり気疲れしており、ようやくこのなんともいえない空気から開放されるとほっとしながら馬車を降りた瞬間、熱烈な歓迎を受けた。



「僧侶さま!!お帰りなさいませ!!」


「お待ちしておりました、僧侶さま!!」



 そこには懐かしい顔が並んでいる。ざっと見積もって五十人の、村の人間全てのお出迎えだ。

 以前これを目にしたときは呆然としたが、今は何故だか安心する。初めてこの地を訪れた時は彼らの期待に応えられる気もせず、不安であったことを思い出した。


(皆、私が帰るのを待っててくれたんだなぁ)


 温かい気持ちで胸がいっぱいになる。ここが、私にとっての安住の地。私の帰るべき場所だ。



「ただいま、帰りました」



 私達を温かく迎えてくれるこの村でまた、リオネルと共に過ごすことができる。私はそれを心の底から喜ぶことができた。


 私はこの国の聖女として召喚されたが、この村の僧侶でもあるのだ。

 それはこの先もずっと変わらぬことでありますように、と心の中で神に祈った。


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