書籍化記念SS 王城暮らしの真と聖
王城での暮らしに慣れてきた頃のこと。ふと、思うことがあった。私はこの城でもてなされるようにして暮らしているが、聖はどうしているのだろうかと。
「聖さんに会うことはできませんか?」
私のその一言でリオネルは目を見開いて固まった。予想外の発言だったらしい。
彼女は聖女でなくなった現在も王城の一室で暮らしていると聞く。豪華な聖女のための部屋ではないが、客室ではあるというので悪い場所でもないだろう。
とにかく同じ敷地内なのだから物理的な意味では会うのも難しいことではないはずである。
「……確認して参ります」
「お願いします」
リオネルが確認のために部屋を出ていく。危険だと止められなかったことにほっと息を吐くと、そんな私を気にして覗き込んでくる聖獣の仔馬の顔を撫でた。
私が聖女と知られたことで生活が一変した彼女の様子が気になるのは当然で、リオネルにも妙な嫌がらせをしている王城の人間が、聖に対してもおかしなことをしていないか気になったのだ。まともな生活ができているか確認して、問題があるなら改善してもらえるよう頼もうと考えている。
(聖女じゃないなら完全に巻き込まれた被害者だもんね……いや聖女も拉致被害者だけど)
聖が問題を起こしたのは事実だが、この国は帰れぬ異世界から拉致してきた彼女に対しても責任があるはず。どうも偏見や差別意識が強いと感じる部分が多いため、心配になってきたのである。
リオネルは直ぐに戻ってきて、私が望むならと直ぐに許可が出たことを教えてくれた。
「今日にでも時間を作るとのことでしたが……」
「え、急じゃないですか? 聖さんもいきなりだと大変なのでは……」
そんな心配をしたら一時間後には面会ができると告げられて、彼女に無理をさせたのではないかと申し訳なくなりつつ聖の待つ部屋を訪れた。
彼女が暮らす部屋の近くの談話室。そこで聖と、監視らしい騎士が待っていた。聖は私を見るとぺこりと頭を下げる。……顔色は、悪くはないようだ。
「すみません、こんな急に呼び出すことになるとは思っていなくて……お体の具合はどうですか?」
「大丈夫。貴女と話したいとも思ってたし……」
どこか作ったような笑顔の聖に胸が痛む。無理をしているのではないだろうか。
彼女と向き合うように椅子に座るとすかさず仔馬が膝の上に頭を置く。そんな姿に少し和んだのか聖は軽く笑って、小さな声で呟いた。
「本当はね、貴女にだけ……話したいことが、あったんだけど……」
それはお互いについている騎士のことを言っているのだろう。リオネルに目配せすると頷かれた。彼は私のやりたいことが分かって許可を出しているのだ。さすが有能すぎる補佐で頼りになる。
「可能ですよ。今からの私と聖さんの会話は、私たち以外は忘れるように」
私がそう口にすると聖も彼女についている騎士も困惑顔になった。二人とも私がどういう魔法を持っているかは知っているはずなので、状況は理解しているだろう。
命令形の言葉だから、私が撤回するまでの間の会話は私たち以外は覚えていられない。耳に入っていても覚えていなければ聞いていないのと同じだ。
「これで大丈夫です。お話を聞かせてください」
「……ありがとう。実は……私、イフリーオと結婚しようって、思ってるんだけど……」
イフリーオというのは元六名の勇者の一人で、私が城へと召還された際、偽聖女だと言いながら飛び掛かってきた赤髪の青年である。リオネルに意識を落とされて以降顔を見ていなかったが元気にしているならなによりだ。
「ああ。イフリーオさんと結婚されるんですね、おめでとうございます」
「……いいの?」
聖が驚いた顔をして私を見るので、何故そんな顔をするのか分からず首を傾げた。彼女の結婚の意思に関しては私がどうこうする立場ではないはずなのだが。
「イフリーオは貴女を襲ったって、聞いたから……そんな人と結婚するって聞いたら、貴女は嫌だと……思ったりしない?」
「いえ、思いません」
私を襲ったイフリーオに怒りや恨みなど負の感情は抱いていない。彼女が夫に選ぶ六人の内、私が知った顔なのは彼だけなので自然と祝いの言葉が出たのだが、聖は嫌がられると考えていたようだ。
「貴女はイフリーオを許したって聞いたけど本当だったんだ……あの人だけが貴女に危害を加えようとしたから、少し……嫌われてて。貴女も怒ってるだろうなって、思ってたんだ」
聖の話を聞くとどうもイフリーオは私の件で周囲から疎まれているらしい。それもこれも自分のせいなのに、彼だけ酷い扱いになっているのが見ていられず、せめて責任をもって彼と結ばれようと考えたという。
「でもお腹の子が……イフリーオの子か分からないのが、すごく、苦しくなることがあるの」
「……きっとそれは……聖さんが抱えるべきものなのでしょう」
「……うん。そう、だよね」
聖もイフリーオも、彼女の魔法で彼女だけを愛してやまない状態になった他の五人も。全員で幸せに暮らすというのはきっと難しい。けれどどうか、生まれてくる子も含めて不幸にはならないでほしいと思う。
「話を聞いてくれてありがとう。……イフリーオのことも、許してくれてありがとう」
「いえ。……結婚の儀式は、必要でしたら私が僧侶として執り行いましょうか」
「ううん。それなら……参列してくれた方がうれしい。祝福してくれる人なんてきっと……貴女くらいだから」
イフリーオの家族はもちろん、彼女を愛する他の五人も喜びはしないだろう。祝福する者のいない結婚式を思うとやるせない思いになる。……私を招待してくれたら必ず行くと約束した。
「……生活の方は大丈夫、ですか?」
「うん。それは大丈夫。……みんなが、助けようとしてくれるから。それも魔法のせいなんだって思うと苦しいけど……私が持つべきもの、だしね」
どうやら立ち直ろうと頑張っているところで、特に嫌がらせを受けている様子もないようだ。それならひとまずは安心だと微笑んだ。
さすがに城の者たちも分かりやすく冷遇をしている訳ではないようだ。……リオネルのことは分かりやすく冷遇してくるのは問題だが。
「……貴女達の結婚式にも、呼んでくれる?」
「んぐっ」
予想外の一言に変な声が出た。そんな私を聖は意外そうに見ている。
たしかに私とリオネルは婚約状態にある恋人同士だ。だが、恋人らしく過ごしているのかといえばそうでもない。とても清い距離感で過ごしているのである。
「もしかして、まだ全然そんな感じじゃない?」
「……ええと……まあ、はい」
この会話をリオネルが忘れてくれるのでまだいいが、かなり恥ずかしい。顔に熱が昇る私に、聖は笑顔を見せた。
「……相談、あったら聞くからね」
「…………はい」
恋愛経験値でいえば彼女は達人であろう。それは私の価値観にそぐわないこともあるかもしれないが、友人として助言を求める日はいつかくるのかもしれない。
聖女召喚されました、僧侶です Mikura @innkohousiMikura
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