第3話 新米僧侶と覇気のない鎧騎士
(男装もしていないのに男と思われているなんて……)
ちょっと、いやかなりショックだ。たしかに僧衣だと元から少ない凹凸がさらに寸胴に見えるかもしれないが、顔は普通に女らしいはずだ。声だって普段ならこんなに酷くない。十数日経った今でも何故かまだ喉の調子は回復せず、低く枯れているような声のままだが……まさかそのせいで変声期の少年だとでも思われたのだろうか?
(ああ、でもいつ私が男じゃないって言いだせばいい?タイミングが分からない)
おそらく、いや確実に。この国のお偉いさん達は私を“男”という前提で、色んな物を準備してくれているだろう。目の前の護衛の男性しかり、用意された生活用品等の物資しかり。しかし私は女である。この性別の違いでどのような問題が発生するのか考えなければならない。
発覚した事態にどう対応するべきか、思考の海に沈みそうになっていたところに声を掛けられ、ハッと顔を上げた。
「……リオネルと申します。僧侶さまの、好きなようにお呼びください」
それは目の前の黒い鎧から発せられた声だった。それから察するに鎧の中身は若い男性であるらしい。どことなく暗く、覇気がない声だった。表情は見えないが、声の調子を聞く限り大変元気がないように思える。
でもまあ、とりあえず笑顔で挨拶だ。第一印象は大事なのである。
「神宮寺 真です。よろしくお願いします、リオネルさん」
挨拶もそこそこに私達は馬車に乗り込んだ。いまだ性別のことは言えないままで、溜息が出そうだ。
私達はこれからこの馬車で、家が建てられているという村まで行く予定である。後続には荷物がぎっしり詰まれた馬車が続いており、こちらとは違って結構な揺れ具合だ。私達が乗っているこの馬車は人が乗る専用のものなのだろう。揺れは電車よりも弱いほどで、座席はやわらかい。普段なら心地よい眠気に誘われるところなのだが。
向かい合っている鎧の騎士は力なく、軽く項垂れている様にも見える。どことなく空気も重く……有り体に言えば居心地の悪さを感じる。最初の挨拶も元気がなさそうであったし、やはり具合が悪いのだろうか。
「あの、大丈夫ですか?どこか具合でも?」
「……いえ、特に。僧侶さまこそ、喉の調子が悪いようですが」
ゆるゆると首を振りながらそう言われた。具合が悪いわけではない、らしい。顔が見えないので本当のところは分からないけれど、逆に自分の枯れた声の方を心配されてしまった。
「ああ、まあ……こっちに来る前からなんですけど、治らなくて」
こちらに来てから喉は酷使していないはずだが、いまだ回復の兆しが見えないおかしな状態である。しかしそれ以外の症状は全くないのだ。痛みは引かないが、さらに悪化することもない。まるで時が止まってしまったかのように同じ状態が続いている。
そのように考えていると鎧の頭がゆっくりと横に傾いていった。軽く首を傾げるだけ動作だが、顔が見えない彼の場合こういう動きがやけに印象深く思えてしまう。
「……異世界から来られた聖女さまは、魔力の干渉を受けない限り肉体の時が止まります。同じく、僧侶さまもそうではないかと」
「え……それはつまり……ずっとこのままということですか?」
それはかなり、いや本当に心底困る。この喉の痛みという症状は私の集中力を欠くのだ。おかげでこの世界の僧侶の仕事を教えられている間も、大分苦労したのである。具体的に言えば聞いたはずの仕事内容が右から左に抜けていく。唯一の救いは講義形式だったのでしっかり内容を書き残してあり、それを見返せばいつでも復習ができることだ。頭に入っていないことは何度でも復習して覚えればいい。
この世界の僧侶の仕事は医者、もしくは薬剤師に近い。予想はしていたが私が今までやっていた仕事とは全く別物だ。というか名前が同じなだけで業務内容が違い過ぎる。まず覚えなければいけないのは薬草の調合の仕方であり、しかもそれは「魔力」というこの世界特有の力を使うものだった。
世界を渡った時、私にも魔力という力が与えられたらしい。必死に集中すればぼんやりとその力を感じることができる。これを使って薬を作れ、といわれた時の私の衝撃ときたら……。
(……理科の実験みたいなものだし、書かれた手順通りにすればいいんだから不可能ではなかったけど)
まあとにかく、見たことも聞いたこともないような技術で薬の調合をやらされた上に、集中力のなかった私はとても物覚えの悪い生徒であっただろう。講師をしていた初老の男性も、困ったような呆れたような曖昧(あいまい)な笑みを浮かべていた。
それでもどうにか薬は作れるようになったので、こうしてこの世界の「僧侶」として働けることになった訳だ。新米どころか初心者の一歩手前レベルのような気がしないでもないけれど、そこのところはこれから経験を積んでいけばどうにかなる、と前向きに考えていたのだが。
(それなのにずっとこの体調のままで、覚えたての薬の調合なんて……どんな毒物が出来上がってもおかしくない)
治ってスッキリしたら、ちゃんと調合の復習も出来て仕事も
「あの……僧侶さまは、魔法薬をお作りになるのですから、それを使えば……」
「!!なるほど……!」
リオネルの言葉にパッと気持ちが晴れていく。魔力をこめて作られた薬、すなわち魔法薬は込められた術者の魔力が使用者の体に作用して、様々な効果をもたらす。これを作るのがこの国の僧侶の最も大事な仕事なのだ。
講義の最終日。その日は実際に調合をして、薬の出来を講師が鑑定し、僧侶としての資格を与えられるかどうかという試験だった。私はそこで、簡単な薬をいくつか作らされた。
私の薬の出来を見た講師の顔は引きつり気味であったが、合格を貰うことができた。……表情からして品質はギリギリだったのかもしれないが、そこは初めて作ったものであるのだから許して欲しい。それに、自分に使うなら多少出来が悪くても問題ないだろう。
そんな試作薬が入った鞄を漁る。作ったのは解毒剤に除草剤、栄養剤、軽い風邪に効く薬と、それから傷薬だ。元の世界から持ってきた鞄なので、私物が入り乱れて探し物がしにくい。……そのうち整理しよう。
(喉の痛みは、病じゃなくて傷のようなものだから……飲む傷薬、これでいいはず)
軟膏タイプは作業工程が多く難易度が高かったので、飲んで内側から治癒する液体の傷薬を作った。さっそくそれを口に含む。瞬間、漢方薬のような薬臭さと鮮烈な苦味が口の中に広がった。うん、まずい。本当にまずい。今まで口にした何よりもまずい。
ちょっと吐き気を催しながらもどうにか飲み込めば、スッと喉の痛みが消えていく。効力はバッチリだが、味の方は大問題である。……村に着いたら、軟膏タイプの薬が作れるように精進せねば。いつかは味の改善ができるようになれたらいいな。
「あー、あー……よかった、戻ってる」
軽く声をだせば、普段どおりの自分の声が聞えてきた。安心してほっと息をつくが、ふと視線を感じて顔を上げる。分かり難いけれど、顔を覆う鎧の隙間からリオネルがじっと私を見つめているような。
「えっと、何か?」
「……いえ、特には」
「……そうですか……」
やはり力のない声である。そしてどこか壁を感じる態度である。
それから何度か話題を降ってみたものの、会話が弾むことはなく。目的地の村までの四時間ほどを打ち解けることができそうにない相手と二人きりで過ごすという、なかなかの苦行を強いられることになったのであった。
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