第20話 新人僧侶と買い物
村に隊商がやってきた。魔物鍋の宴をやったあの広場に、今は馬車や小さなテントが並んで、出店が開かれている。私が取り寄せてもらった物はすでに教会の方に運ばれているので、今は少し離れたところから村人たちがにぎやかに買い物を楽しむ様子を眺めていた。
買い物、といってもこの村には通貨を使う習慣がない。この村の中で金銭のやり取りをする必要がないからだ。よって、買い物というよりは物々交換で欲しい品を手に入れている。
隊商に引き取られる物は食料や布類が中心だ。この村の人達は普通の農村の者より魔力が多い者が多いため、作られる品は質が良いとリオネルも言っていたし、隊商からしても悪くない取引ができるのだろう。
「私は買い物できませんね、残念です」
私が作っている薬草や薬を物々交換に出すわけにはいかない。そしてもちろん、この世界の通貨は持っていない。店を見たら欲しくなってしまうだろうから、こうして賑やかな様相を離れて眺めるくらいしかできないのである。
「国から支給された資金がありますので、お買い物を楽しんでいただくことは可能です」
「……いや、でも私的なことで使うのは……」
「貴方さまは僧侶としてここで仕事をされているのですから、その給金と思われてよいかと。働きすぎはよくありませんよ」
「その言葉、そのままお返ししていいですか?」
今のところ僧侶に休日は存在しないが、大変忙しい仕事というわけでもない。それよりも私について回らなければならなず、護衛として気を張り、家では補佐の仕事外と思われる家事もこなすリオネルの方が働きすぎだと思う。
「騎士団で働いていた時と比べれば、今の生活は毎日が休暇のようなものです。貴方さまと過ごすのが楽しいのですよ、私は」
見えないが、どうせあの柔らかい笑顔を浮かべているのだろう。それがよく伝わってくる声色だった。素直にそういう反応をされると、私は何も言えなくなってしまう。
しかし今の生活が休暇とは、一体どんな仕事をしていたのだろう。騎士団とはそんなに厳しいところなのか。それとも、差別の一環として特別酷い待遇を受けていたのか。
「……なら、せめてリオネルさんも一緒に買い物をしましょう」
「貴方さまがそうおっしゃられるなら」
リオネルが欲しいと思うものがあるかどうかは分からないが、とにかく少しでも楽しんでもらえたらいい。そのような気持ちで買い物を始めたのだが、店を見て回っているうちにだんだん楽しくなってきてしまった。
何せ、ここは私にとっては異世界。普段見かけないものが沢山あるのだ。興味を引かれる物が多く、何があるのか見て回ること自体を楽しんでしまう。
(ここは女の人に人気だな……何の店だろう)
様々な品が売られているが、やはり人気がある場所というのがある。若い女性がきゃっきゃっとはしゃぎながら見ている店は何が売られているのか。私も見て見ようと近づくと、集団の中の一人が私に気づき華やいだ声を上げ、それを合図にその場の全員が振り返って私を見つめた。……バッと視線が集まるのは中々に怖いものである。
「僧侶さま、こちらはお守り石の店ですよ?」
「お守り石、ですか。実は不勉強で、見たことがないのです。見学させてもらってもよろしいでしょうか?」
「まあ、そうなのですか?ではどうぞ、ご覧になってください。もしよろしければ、あとで僧侶さまが気に入った石を教えてくださいね」
女性たちは連れ立っていなくなった。言葉に色々と含まれるものがあった気がするが、お守り石とやらの存在を知らない私では、どのような意味があるのか全く想像できないのである。
この国の常識であるなら私も知っておいたほうがいいはずだ。興味深そうに私を見ている商人に聞こえないよう、声を潜めてリオネルに尋ねてみた。
「お守り石ってなんですか?」
「……その名のとおり、願いがこめられたお守りです。大事な相手に贈るもの、とでも申しましょうか」
「なるほど」
神社で貰うお守りのようなものだろうか。しかし小さな石と編み上げられた紐で作られたその飾りは、結構綺麗な装飾品に見える。使い方を尋ねれば手首に巻きつけるものだというので、これはブレスレッドの類であるらしい。
元の世界にもパワーストーンで出来た、お守り効果のあるブレスレッドが存在していた。私はストーンブレスレットよりも
大事な相手に贈るということは、家族、恋人や友人などに何かしらの願いを込めたお守りを渡すのが、こちらの習慣なのかもしれない。ならば私もそれに倣いたい。
「どんな願いがこめられているか訊いてもいいでしょうか?」
「ええ、勿論。まずこちらの物は……」
石のお守りは実に様々な種類があった。天然石なのか魔法で作られた物なのかは分からないが、色とりどりで女性が喜ぶ気持ちも分かる。しかし先程からどうも、女性向けの品を進められているように思うのだが何故だろう。色合いがいかにも女性の好みそうな桃色や橙色を中心にしたものであり、しかも込められた願いも女性が望みそうなことであったり、家庭的であったりする。私は一応男として見られる姿であるはずだが、何故なのか。
「あの、男性向けのものはありますか?」
「……ああ、なるほど。ならばこちらが……」
なるほど、女性に贈る物だと思われていたようだ。私が色気づく年頃の少年にでも見えたのだろう。改めて勧められたのは黒を基調としたものが多く、こめられた願いも出世だとか危険回避だとかでたしかに男性向けだ。
「この厄よけのお守りを買いたいんですが」
危険な物を遠ざける願いのこめられた、緑の石がいくつか使われているお守りを指す。緑と言っても単一色ではなく、様々な緑の石が使われている。その中の一つが護衛の彼の目によく似た色をしていたから、一目見てこれを買おうと思ったのだ。
「5センなので、僧侶さまならギキキの葉が一枚相当ですが……」
ギキキの葉、というのは薬草の一種だ。もっとも一般的、というか一番よく使う薬草で、白蛇にも渡したあの薬草のことだ。しかし、私はそれを出すわけにはいかないのである。
横からスッと黒い手が伸びてきて、商人に通貨を渡した。この世界の通過単位は「セン」であるらしい。漢字を当てるならおそらく「銭」であろう。
商人が簡単な紙袋に包んで渡してきたお守りは、袂に入れておく。その後はまた、店を巡ったがリオネルが何かを買おうとすることはなかった。
「リオネルさんは買い物しなくていいんですか?」
「あまり物欲がありませんので……ただ、誰かとこうして店を回ることは初めてですから、とても楽しいですよ」
……私はこの人が、ずっと一人であったことが窺える内容をなんでもないように、そして私と居ることを嬉しそうに話すのが、苦手だ。嫌いという意味ではなく、胸が痛くなるから苦手なのだ。
哀れみや同情もあるのかもしれないけれど、ただ今からのリオネルの人生が少しでも良い物であればいいと、そう願ってしまう。
「僧侶さま、良い品はございましたか?」
一通り店を見て回った頃合を見計らって話しかけて来たのは、この隊商の長である人物だ。派手ではないが品の良い服を着ており、余計な肉もついておらず非常に姿勢がいい。城に出入りできる信頼できる商人であるのだから、
「一つ買わせていただきました」
「それはようございました。そうだ、こちらでは向こうのお話が入ってこないでしょう?王都の方では聖女さまがお見えになったということで、大変な賑わいでございましたよ」
私は聖女がこの国に現れたことをとっくに知っているのだが、商人の話を聞いておく。たしかに、ここにいるとあちらの情報はほとんど入ってこない。リオネルには伝わっているかもしれないが、彼が私に必要のないことをわざわざ話さないのである。
私たちが召喚された城のある町、すなわち王都の方でも聖女を召喚したことを民衆に向けて発表したようだ。聖女を迎える盛大なパレードが開かれて、本当にお祭りをやっているらしい。そのような騒ぎはこの村まで伝わってくることはない。本当に隔離されているのだな、とつくづく思う。
「聖女さまはまだ婚姻相手を決めかねているということで、それはもう六名の勇者が競い合っていると巷では大変なうわさに」
「へぇ……」
「私も一目お目にかかりましたが、黒髪の美しい、それはもう愛らしい聖女さまでした。まるで大地の神さまの写し身のようで……」
国民への見世物にさせられる聖女のあの子も大変そうである。そして六人から同時に、しかも異世界に来たばかりだというのに求婚されてどうしていいのか分からないのだろう。私が聖女でなくて本当によかった。私ならばそのような窮屈そうな立場はごめんだ。ここでのんびり僧侶の仕事ができるだけ、幸せだろう。
ただ、リオネルはこんな話を聞かされて、どう思うだろう。六人の勇者とやらの中に、本来ならリオネルも居るはずだったのだ。今が楽しいと言ってくれるけれど、それでも戻りたいと思うことはあるのではないだろうか。
「では、僧侶さま。今後ともご贔屓に」
「はい。貴重なお話をありがとうございました」
隊商の長と別れて、賑やかな広場から離れ一度家に戻る。それまでリオネルと一言も話さなかったので、彼が何を考えているかは分からない。
とりあえず、台所でお茶でも淹れようとヤカンに手を伸ばしたら私が触る前に黒い鎧がヤカンを掻っ攫っていった。……元気がない訳ではないようだ。
結局そのままリオネルがお湯を沸かし、お茶を淹れてしまった。このような雑用ばかりさせる私の傍にいるより、彼は王都で聖女に仕えた方が幸せだったのではないのだろうか。
「マコトさまが気にされるようなことはございませんよ」
「……そう、ですか?」
私が何か、それもリオネルのことで考えていると彼には分かるらしく、そのように言われた。しかし気にすることではない、と言われてもやはり気にしてしまうものだ。
彼は元々、望んでここに来たわけではない。今は喜んで私を手伝ってくれているけど、それは戻ることができないと思っているから受け入れたものではないのか。名誉を得られる場所に戻れるものなら戻りたいと、そう思うものではないのだろうか。この人の本当の望みは、幸せはどこにあるのだろうか。
そういう私の気持ちが、顔にでていたのかもしれない。リオネルが兜を取って私をまっすぐに見つめながら、口にしていないはずの私の疑問に答えるように、こう言った。
「私は……もう、あの場所に戻り、六名の中に入りたいとは思っていないのです。それとも……貴方さまは、私が居なくなることをお望みですか?」
そう言いながら、その翡翠の瞳は少しだけ不安そうに揺れていた。彼は彼で、私が自分と距離を置きたいのではと思うことがあるのだろうか。
私は別に、リオネルに居なくなってほしい訳ではない。彼が望む、幸福だと思える人生を歩んでほしいだけだ。
性別という隠し事があり、彼が居る限り恋愛厳禁である私だが、早くいなくなってくれなどと思うはずがない。この世界で私を支えて護ってくれた人で、この世界で唯一の友人だ。既に彼は私にとって大事だと思う人なのだから、幸せを願いこそすれ目の前から居なくなれなどと、思うはずがないのだ。
「……リオネルさんは、本当に戻りたいとは思わないんですか?」
「はい。許されるならば……ずっと貴方さまの傍で、貴方さまを支えて護ること。それが私の心からの望みです」
それが彼の偽りなき本心であるならば、彼が王都に戻りたいのではないかと疑うような私の言葉は無粋でしかない。彼が戻りたいのではと、そう思いながら接するのは失礼に値する。それは、リオネルの思いを信じず、踏みにじることになってしまう。そんなことはしたくない。
「その望みが叶えば、幸せですか?」
「そうですね……幸せです」
少しの間、空想するように目を伏せて。再び目を開いたときには幸福そうな笑みが浮かんでいた。彼の望みがそれであるというならば、私には拒絶できない。
本当に私などのために自分の時間を使っていいのか、とか。他に探せばいくらでも、私などの傍にいなくても幸せはあるだろう、とか。こんなに幸せそうな顔をしている彼に誰が言えるだろうか。
私ができるのは、リオネルが本当に望んでここにいて、望んで私を支えてくれて、それを幸せだと思っていると信じることだけだ。
「……私も、リオネルさんが傍にいてくれたら嬉しいですし、一緒に居てくれることはとても感謝しています。でも、貴方は働き過ぎだと思うので休んでほしいとも思っています」
「言ったでしょう。貴方さまと過ごす日々が、私の休息なのですよ。これ以上の休みなど、貰いようがございません」
嬉しそうに笑われて、胸が苦しくなる。ここまで信頼してくれている彼に隠し事があるということが、罪悪感となって私に伸し掛かる。
この人に幸せになって欲しい。ずっとこうして、嬉しそうに笑っていてほしい。そう願うのは友愛からくる感情なのか、もっと別のものなのか。もう分からなくなってしまった。
ただ一つ確かなのは、私はリオネルの笑った顔が好きだということだ。
「マコトさまが異世界から来てくださってよかった。……貴方さまからすれば、とても迷惑な話でしょうけれど……そう思ってしまいます」
「…………いえ。確かにこの世界に望んできた訳ではないですけど……リオネルさんが居てくれるので、そう悪いものでもないですよ」
「そうですか」
幸せそうに笑うリオネルの顔は、この世界できっと私しか見たことがないのだろう。そうでなければおかしい。こんなに柔らかい顔で優しく笑える人だと知っていたら、誰も酷いことなど出来るはずがない。出来てはいけないと、思う。
せめて、私がこの笑顔を壊してしまわないように。神に祈るとしよう。
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