第25話 新人僧侶、そして聖女




「おお、僧侶さま。薬の作り過ぎで倒れられたと聞きましたが……よくなられて何よりです」


「ご心配をおかけして申し訳ありません。この通り、もうすっかり元気ですよ」



 私の魔法について村人たちに教える訳にはいかない。リオネルは魔物討伐に備えて沢山薬を作ったことで私が倒れた、と説明していたらしい。

 朝の礼拝の時間、皆から声をかけられて心配をされていたことを実感し、私も己の身を大事にするべきだと自覚させられた。



「そうりょさま、ルルとタタンは一緒にあの表でおべんきょうできるので、そうりょさまは休んでください」


「……無理しちゃだめだ、です」



 と、このように幼い子供達にまで心配される始末である。大変情けない。どうしてもと言われて、教会学校は一日延期になった。私はもう元気なのだけれど、皆をこれ以上心配させるわけにはいかない。

 リオネルはといえば、今日もピッタリ私の後ろについてきている。性別について言及されることはないままだが、本当にばれていないのかと少々不安である。


 それはさておき、私が気になるのは卵のことだ。一日以上眠り込んでしまったため、魔力を与えるのが途切れてしまった訳だが、ちゃんと育っているのだろうか。朝食の前に普段より多めの魔力を与えてみたが、変化はない。というか、拾ってきたときと全く様子が変わっていない。



「……これ、いつ孵るんでしょうね」


「おそらく、年が明ける前には孵るはずです」



 結構具体的な返答が返ってきた。年明けは三カ月後である。それまで魔力を与え続けなければならないとなれば、結構な時間だ。そしてやはり、リオネルはこの卵が何であるのか、分かっているらしい。



「リオネルさんはこれが何か知ってるんですね?」


「……大体の予想はついています。その通りのものであったら、またお話しましょう」



 今話す気はない、ということか。ならばそれ以上訊くまい。ただ真面目に卵に魔力を注ぐだけだ。



「魔力を使われたなら、少しお休みください」


「いや、卵に与える魔力なんて微々たるもので……」


「一体何があって魔力を使うことになるか分かりませんので、どうか」



 リオネルはすっかり過保護になってしまった。また泣かせてしまう訳にもいかないので、私は大人しくしているしかないのである。

 そうして私を椅子に座らせたリオネルは、早速朝食を作って私に食べさせようとする。いつもよりおかずが一品増えているのは、食べて魔力を回復しろという無言の訴えなのだろう。


(……美味しいから食べてしまうんだけどね)


 今、太らない体であることに感謝するしかない。……痩せることもないが。



「リオネルさんはお料理上手ですよね」


「ありがとうございます。……マコトさまはいつも満足そうに食べてくださるので、私も作り甲斐がございます」



 ……顔に出ているということか。少し恥ずかしい。

 けれど、彼のこの料理の腕も本来は聖女のために磨いたものであろう。私が居なければ、聖女のあの子が食べられた料理、ということだ。


(少し悪い気がするんだよなぁ……)


 リオネルの優秀さを見せ付けられる度、そう思う。彼が私の元に望んで居てくれることはもう疑っていないが、私がこれだけ彼の存在をありがたいと思うのだから、聖女もリオネルが傍に居たなら大変助かったことだろうと思うのだ。それを私が奪ってしまったような形であるわけで。

 けれど、リオネルのことを考えるなら私の傍にいてもらうのがいいのだろう。貴族たちは皆、隠していようとリオネルの髪の色を知っていて、ことあるごとに差別する。しかしこの村の人たちはそれを知らないし、知っている私がその色で彼を嫌悪することはまずありえない。リオネルにとってはこの場所が唯一、誰の目も気にせず過ごせる場所なのだ。



「マコトさま、何をお考えですか?」


「リオネルさんのことを……あ」



 ぼんやりしながら特に何も、と答えようとしたらこれである。そっと前に座る人物の顔を窺えば、何でもないように笑っていた。喜んでいるように見えるのは何故だろうか。

 喋る時は意識をしっかり話すことに向けていないと、何を言うか分からないのが困ったところである。



「……ええと…………早く、魔物が減るといいですね。魔物が出るとリオネルさんも行かなきゃいけなくなりますし」


「そうですね。年が明ければこの地に聖女さまの力が満ちますので、魔物は減ると思います」


「へぇ……」



 話を逸らすことに成功してほっとした。しかし、年が明けると聖女の力が満ちるというのは不思議な話だ。正月はやはり、特別だということか。

 この世界にも正月を祝う習慣がある。聖女が日本人であるのだから、当然かもしれないが。日本人にとって正月とは昔から大事な日なのだ。

 年が明けるとおせちを食べて、神社に行って初詣というのが一般的な行動であろう。まあ、私は寺の子であったので初詣など行った事がないのだが。


 初詣に行かない私のような寺院関係者にとって忙しいのは、正月よりも一年の終わりの時、大晦日の除夜の鐘の時間である。最近は夜中に鐘の音がうるさいというクレームが出て鐘をかなくなる寺もあるけれど。……そうやって、習慣というのは消えていくのだろう。



「正月は皆、家の中でゆっくり過ごすのが習わしですので……マコトさまにとっても、休日となります」


「礼拝堂は開けなくていいんですか?」


大晦日おおみそかの夜に祈りますので、朝はもう礼拝堂を開放する必要がございません」



 除夜の鐘は存在しないが、大晦日に祈る習慣はあるらしい。私としては大晦日に何もしないというのは落ち着かないので、それでいいと思う。

 正月は家の外に出なくていいようなので、リオネルも少しは休めるだろう。私が外に出るとどうしても鎧を着て活動しなくてはいけない彼にとっても、良い休日になればいい。



「王都の方では盛大な宴が開かれそうですが……」


「ああ、聖女……さまを迎えての新たな年だからですか?」


「ええ。聖女のあの方をお迎えして、皆浮かれるでしょうから」



 ……今、リオネルの言葉に棘があったように思えたのは私の気のせいだろうか?

 いつもなら「聖女さま」と呼ぶはずのものを「聖女のあの方」という言い方をしている。何か思うところがあるのだろうか。……まあ彼からすれば、差別者だらけの王都はいい場所ではないのかもしれない。


(……そういえば、聖女の方はどうなってるのかなぁ)





―――――




 聖女を迎え賑わうグランガディン国、その王城。異世界から招かれた聖女の名は上坂かみさかひじりという、黒髪の乙女である。

 彼女に課せられた使命は、聖女としてこの国の魔を払うこと。そしてこの世界の良き血筋の伴侶を得、子を成すこと。良き血筋とはまさに貴族のことであり、それと結ばれなければならない彼女にもまた、貴族らしい振る舞いが求められる。


(ああ、やだやだ。もうめんどくさい)


 しかし彼女は元々、ただの女子高生だ。異世界に突然呼びだされ、礼儀作法や立ち振る舞いを今から覚えろと言われて、はい分かりましたと受け入れられるほどの精神構造を持ってはいない。誰からも恭しく接せられるのは悪い気分ではないが、何故自分がそのようなことをしなければならないのか、という思いが常にある。


(あの人よりはマシだろうけど)


 聖は自分と共にこの世界に来た僧侶の女を思い出した。同じように連れてこられたのに、あちらは城の豪勢な生活は送れず、隔離された村でひっそりと生きることになったと聞いている。それに比べれば自分ははるかに良い生活をしていると、彼女は僧侶を憐れんでいた。


(皆カッコイイし、ね)


 聖の使命のうちの二つ目。結婚をして子を成さなければならないというそれに対しては、彼女もまんざらではない。何せ、常に傍に控え彼女を持てはやす六名の男子は容姿の整った、地位のある男が選出されているのだ。誰を選んでも良い、まさに選り取り見取りといったところで、聖は選べないをしながら六人との交際を楽しんでいる。



「聖女さま、つかぬ事をお伺いしますが……ヘビは聖女さまのもとに現れましたか?」



 それを尋ねてきたのは、燃えるような赤髪のイフリーオという青年。聖女に求婚を許された六人の中の一人である。物腰の柔らかい、好青年である。

 ヘビと言われて彼女が思い浮かべるのは、昨夜夢に出てきたものである。白いヘビに飲み込まれそうになる、恐ろしい悪夢であった。それを思い出した彼女は不安げな表情を浮かべながら、小さく頷いて見せる。



「ええ……白くて、大きなヘビが……」


「ああ、それはよかった。あと三月みつきもすれば、年が変わりますので」



 パッと明るい顔をするイフリーオを前に、聖は言葉を飲み込んだ。恐ろしい夢だった、という言葉を。喜ばしいことがあったと表現する顔を前にそれを言うことはできない。彼女は空気を読み、愛嬌を振りまくことができる女だ。

 元の世界ではそうやって、所属するサークルのメンバー全てに「姫」扱いをされるようにしていた。基から聖女という立場で自分を敬う人々から好かれるのは、お手の物である。



「そうだ。イフリーオ、今夜貴方の部屋にお邪魔してもいい……?」


「!ええ、もちろんです」



 軽く頬を染めて嬉しそうな顔をする青年に笑いかけ、楽しみだなぁと口にしながらそっと手を握る。元より彼女に求婚している男だ、親しくなるのに時間も苦労も必要はなかった。既に六人全員が聖のとりこと言っていい。



「今晩お待ちしておりますね、聖女さま」


「ええ。ではまたね、イフリーオ」



 小さく手を振って別れた後、彼の姿が見えなくなってから笑顔を消し、小さく息を吐く。これからまた、この世界のマナーを学ぶ時間だからだ。

 聖が覚えられない、と悲しげな顔をすれば講師はうろたえながらもゆっくりでよいと慰めるので、正直そうやって引き伸ばしていればいつまでも覚える必要はないと、彼女はそう思っている。そしてそういうレッスンを受けた後は、今日も知らない知識を学ぶのが大変だったと六人の内の誰かに甘えて、愛してもらう。


(今日はイフリーオ。夜が楽しみだなぁ……あれ?)


 炎のような髪の色のように、情熱的に愛してくれる青年を思い浮かべていた時、ふと整えられた爪が目に入った。


(……少し、伸びてきた?)


 世界を渡った聖女は肉体の時が止まる。そう聞かされていたが、どうやら爪は伸びるらしい。結婚すれば時が動くとだけ聞かされている彼女は、ただ歳をとらないだけで爪や髪は伸びるものなのだと解釈をした。疑問に思わず、伸びた爪は切ればいいのだと特に気にもとめなかった。

 そんなことよりも、悩むべきことが聖にはある。


(明日は誰の部屋に行こうかな)


 偏り過ぎないように、平等に皆を愛しながら、全員に自分が特別なのだと思わせるのは大変苦労する。しかしそれが、やめられない。

 そんな彼女の行動が、どれ程この国を混乱させる行いであるのか。事が露見し、大層な騒ぎになってしまうのはまだもう暫く、先のことである。


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