第14話 新米僧侶と鎧騎士の晩御飯


 私が言葉の魔法を扱うことは、村人たちに教えるわけにはいかない。特殊な魔法は異世界人である証だ。これは本当に知られてはならない秘密であるが、同時に私は嘘を言葉にできない。何と答えれば嘘ではなく、オルロを納得させることができるのだろうか。



「やはり、僧侶さまの信仰心がなせる技でしょうか。僧侶さまの新たな門出に、神々は多くの恩恵をくださったのですよ」


「おお……」



 まさかリオネルが声を発するとは思っていなかったので、笑顔を崩しそうになったが堪える。オルロ達が驚いているのはリオネルの言葉になのか、それとも普段まったく話そうとしない鎧から声が発せられたからなのか。その両方かもしれないが。


(……私が嘘を吐くことができないから、代わりに話してくれてるんだろうな)


 心の中で感謝した。宴が終わったら直接、お礼を言わせてもらおう。それと、リオネルに話し続けさせるのは申し訳ないので自然に話題を逸らさせてもらうとしよう。



「オルロさん、畑に水を引くやり方を聞かせてもらえますか?」


「ああ、勿論です。けれど、作業は私どもでやりましょう。僧侶さまはこれからまた、薬を作らねばならないでしょうから」



 有り難い申し出だ。勿論、断る理由はない。……村人にこっそり、ばれないように魔法をつかって雨を降らせるのはスリル満点なのである。そして私はスリルを楽しむような性格ではない。村人たちの話を聞く限り一度畑に水を引きさえすれば楽であるようだし、私もそうしたいと思う。



「畑に水を引くにはまず、魔法で道を作る必要がありましてな」



 専用の道具に魔力を込めて、川から畑までの道を掘る。そこに筒を通して水を畑の付近まで運んでいるらしい。魔力に余裕のあるものは、魔法で畑全体に水を撒く道具、元の世界でいうスプリンクラーのようなものを使うという。そしてこの道具、オルビト村では魔力にそこまでの余裕がある者がおらず、いくつか余っている状態だというので一つ、私の畑に設置してもらうことになった。



「何から何までありがとうございます。せめて、道を作る魔力くらいは提供させてください」



 村の人たちには毎日やるべき仕事があり、それに使わなければならない魔力がある。私のために彼らの魔力まで使ってもらうのはあまりにも忍びない。私のために時間を割いてくれるのだから、せめて魔力くらいは私のものを使って欲しい。

 とんでもない、と断られそうになったが是非使ってくださいとお願いしたら受け入れてくれた。……言霊の力かもしれない。この世界で営業という仕事があるとすれば、私の右に出るものはいないだろう。説得力だけは神様級である。



 と、そのような話を村長一家としていたら、いつのまにか鍋の中は空っぽになっており、宴は終わってしまった。……おかわりができなかったのは少し残念だが、感謝をこめてごちそうさまでしたと手を合わせ、リオネルを伴って家に戻ることにした。

 片付けを手伝いたい気持ちはあったのだが、いまだ夕食を口にできていないリオネルに食事を摂って欲しかったので村人たちにお任せした。快く見送ってくれたので少しの罪悪感はあれど、ほっとして場を去ることができた。

 我が護衛は、私から離れることを良しとしない。魔物に襲われたのはついさっきの出来事だから、今日は特に気を張っているだろう。彼に早く休んで欲しい、という気持ちもある。

 魔法によるセキュリティが完備されているらしい家の中ならば、少しは落ちつけるだろうから。



「さて、リオネルさんは晩御飯今からですよね?私、お茶淹れますよ」



 家の中に入るなり振り返ってそう口にすれば、リオネルは扉を閉めた格好のまま固まった。



「マコトさまにそのようなことをして頂く訳には……」


「たまには何かさせてくださいよ。私はこれでもリオネルさんに感謝してるんですから」



 この有能な護衛権補佐は私に僧侶以外の仕事をさせる気がない。おかげで世話をされる私は使用人を雇える家のお嬢様になった気分だ。しかし、私は立派な庶民であるので何でもかんでもやってもらう、というのは落ち着かないのである。……まあ、洗濯に関しては自分でやらせてくれと頼み込んだので、これだけは絶対自分でやっているけれど。

 とにもかくにも、今日の仕事はもうないのだからお茶を淹れるくらいさせてほしい。不思議なことに魔物の鍋を食べてから体が元気なのだ。まあ精神的な疲れはあるが、それはたいした事じゃない。



「……では一度、着替えて参ります」


「はい。じゃあお茶の準備をしておきますね」



 リオネルが自室の方に向かっていくのを確認して、私は台所へと向かった。テーブルの上にぽつりと小さな鍋が置いてある。一応外側に触れて確認したが、この鍋は保温の魔法がかけられているため温かいままだ。中に入っている汁物を温めなおす必要はない。私がするのはお湯を沸かして、いつでもお茶を淹れられるようにしておくことくらいである。


(といっても、ヤカンに水を入れて熱する魔道具に魔力を注ぐだけなんだけど)


 それだけの仕事ですら、リオネルは私にやらせたがらないのである。ちょっと魔力を使うだけだというのに普段は「そのようなことは私がやります」と言って、全く手伝わせてくれないのだ。今日はよく押し切れたものだと自分で思う。


(……原理どうなってるんだろう。魔力を注ぐだけでお湯を沸かせるなんて)


 この世界ではあまり、家の中で普通の火を使うことはない。家電機器の代わりにあるのが魔道具であり、電力の代わりに魔力で動く。魔力が少ない人間は生活するのにも苦労するだろう。魔力を使わない道具も存在するが、そちらは主流ではない。ちなみにこの家はオール電化ならぬオール魔化である。……魔法化だろうか。まあどっちでもいい。

 そういう事情があるからこそ魔力は多い方がよく、それが反映されやすい髪色で人を判断するようになったのだろう。


(……ところで、リオネルさん遅くない?鎧脱ぐだけじゃないのかな)


 お湯が沸いても戻ってこない彼を不思議に思い始めた頃、ようやく素顔に戻った彼が姿を見せた。高く結い上げた白金の髪を揺らしながら椅子に座り、そして開口一番に「入浴の準備は整いましたので、いつでもどうぞ」と言ってみせた。

 ……遅かったのは風呂の準備をしてくれていたからだったようだ。なんだろう、この微妙に悔しい気持ちは。彼は大体こうやって、私が何かをしようとしている間にさっと仕事を済ませてしまうのである。



「あの、お風呂くらい自分で」


「いえ、そのようなわけには参りませんので」


「……今、わざと遮りましたね?」


「私の仕事ですので。貴方さまは余計なことに魔力を使わず、いざという時のために残しておくべきかと」



 私の言葉は遮られてしまえば魔法にならない。私が自分の服を洗濯できるのも、おそらく言葉の魔法の影響でリオネルが手を出す気にならないからだ。それを理解している彼はこうやって私の言葉を遮ってでも仕事を奪われないようにしている。

 いまいち納得できないのだが、リオネルが真面目に仕事をしたいと思っているなら強くも言えない。しぶしぶ引き下がりながらお茶を淹れる。……美味しくなれ、と口にして魔力を使ったのはあてつけではない。使われる魔力は少量だろうし、彼を労わりたい気持ちから出た言葉である。今日は私を護ってくれたし、私が言えないことを代わりに言ってくれたのだ。ほんの少しでも礼になればいい。


 そして私が真剣にお茶を淹れてリオネルに差し出そうとした時には、テーブルの上に食事の用意がされていた。……二人分。



「あの、リオネルさん?これはリオネルさんの晩御飯ですよね?」



 小さな鍋に取り分けられていた汁物は、リオネルの分としてもらってきた。精々汁椀の三杯分というくらいだろうか。しかし何故か、そのうちの二杯分が既に食卓に並べられている。ついでに炊き込みご飯のようなおにぎりも並べられているが、いつの間に作ったのだろうか。今、私がお茶を準備している間ではないのは確かだ。



「夕食があの椀一杯では足りないでしょう?貴方さまは成長期なのですから」



 言葉に詰まった。私の成長期はとっくの昔に終わっているが、それを言うわけにもいかない。少年である、と思われていなければ都合が悪いのだ。

 ……まあ、汁物一杯だけで足りないのは事実であるが。それでも力になる不思議な料理だったので、空腹感は特にない。それに、リオネルはまだ若い男性である。私よりもずっと栄養が必要なのではないか。



「でも、リオネルさんだって食べるでしょう?足りなくありませんか?」


「そのために握り飯を用意いたしました。マコトさまも遠慮なくどうぞ」



 この人実は結構強情なんじゃないだろうか。最初の気弱そうな感じは何処に行ったんだ。数日で変わりすぎではないだろうか?最初はもうちょっとこう、控えめで遠慮がちだったような記憶があるのだが。


(それだけ私に気を許している、ってことなのかな。これは)


 こっちがリオネルの本質なのかもしれない。……人に拒絶され、隠れてしまった彼の本当の顔なのかも、しれない。そう思うとまったく怒れないのである。

 そうだとするなら信用してくれているのだろう。出会ってたった数日であるというのに。……いや、それは私も同じか。頼れる相手がこの人しかいないし、見捨てられたらおしまいだっていうのもあるけれど。


(この人の性格が、結構好きなんだろうなぁ)


 私の事を嫌いだと思っている間も仕事を投げ出そうとはしないところとか、今は本当に全力で支えようとしてくれているところとか。私を助けてくれた時も、離れなければよかったと悔やむくらいであったし。一生懸命なのが分かるので応援したくなるというか……。

 だがしかし、やはりリオネルの分の食事を奪ってしまうというのも居た堪れない気持ちになる。たしかに魔物鍋は美味しかったし、中々食べられるものではなく、もう一杯食べたいのも事実ではあるが、それでも……と、悩んでいたらじっとこちらを見ていた。



「魔物鍋はお好きなのでしょう?とても美味しそうに召し上がられていましたから」


「えっと……まあ……」


「そして、もう一杯食べたいとお思いだったのでしょう?」



 また言葉に詰まった。これの答えは「はい」と「いいえ」の二択である。そして私は食べたい、と思っている。そんなことはないと言いたくても、言えないのである。言おうとしようものなら「食べたいです」と口が勝手に動いてしまうの違いない。



「貴方さまの場合、沈黙が何よりの答えですね」



 ……ここで嬉しそうに笑うのは、ずるいのではないだろうか。この人は私の補佐ができると嬉しそうにするので、困る。鎧を着ていても分かりやすいけれど、表情があると尚更伝わってくるのだ。

 これは勝てそうもない。諦めてリオネルの向かいの席につき、手を合わせた。この世界の食前の言葉を共に唱え、私はすこし間をあけて「いただきます」と口にする。



「それは、貴方さまの世界の神へ捧げる言葉ですか?」


「んー……ちょっと違うかもしれませんね。私は、目の前の命と私の口に入るまでに関わったすべての者への感謝だと考えています。向こうでは誰でも食事の前にこう言いますけど、神へ捧げるものと考えてる人は別の言葉を使うでしょう」



 自分は無宗教だと言う人間でも、この言葉は使うだろう。それこそが日本という国に根付いた古くからの宗教観である気はするが、ただの文化ともいえる。そしてそれぞれの神や仏に向ける言葉であれば、もう少し装飾された長い文言となるはずだ。神にささげるつもりで「いただきます」とだけ言う人間は少ないのではないだろうか。

 だからただの感謝だ。何に感謝するかは人それぞれかもしれないが。私にとってはたくさんの者への感謝である。一言でそれが表せる良い言葉だよなぁ、なんてしみじみ考えていたのだが。



「そうですか。では、“いただきます”」



 つい、口を半開きにしたまま固まってしまった。せっかく掴んだ魔物の肉が箸から滑り落ちて椀の中に戻ってしまう。

 この世界で、私以外の口からその言葉を聞くことがあるとは、思ってもみなかった。



「異界の神への言葉でないなら、感謝を口にしても良いかと思いまして」


「そ……そう、ですか……いや、吃驚、しました」


「ええ、そういう顔でいらっしゃいました。……私を初めて見た時のような顔でしたよ」



 可笑しそうに目を細められて、少し居心地が悪くなったので取りあえず魔物の肉を口に運んで味わうことで誤魔化そうとした。……美味しいはずなのだが、味がよくわからなかった。もったいないことをしてしまった気がする。

 とにかく話をそらそうと話題を考えていたら、彼に礼を言おうと思っていたことを思い出した。



「……あ、そうだ。リオネルさん、さっきはありがとうございました。畑の話を代わりにしてくださって……村の人とはあまり関わらないようにしてました、よね?」


「ああ、確かにあまり会話したいとは思っていなかったのですが……構いません。私は貴方さまの補佐ですから。貴方さまのためになるなら、いくらでも」



 どうしてそこまで思ってくれるのか、私には分からない。……彼の好意的な態度は私の言葉のせい、ということはないだろうか。私の言葉で彼の行動を縛ってしまっている可能性はないのか。そう思うと素直に喜べない。

 この魔法は、私が意図しない場所で発動してしまう。そして人の感情にも作用する。洗脳してしまうみたいで、気持ちのいいものではない。だからこそ、リオネルが私に親切であればあるほど不安になる。私の言葉で作られた好意なのではないかと。



「私はマコトさまの、一切の悪意を含まず私を見る目に安心するのです。このような姿をさらせば、村人たちは少なからず嫌悪の目を向けるでしょうが……貴方さまは鎧姿でも、この姿でも、変わらない目で見てくださいますから」


「目、ですか」



 それなら、言葉は関係ないのだろう。そう思うとほっとした。それなら彼の好意を純粋に、受け取ることができる。



「ええ。子供の純粋な目、とでも申しましょうか……ああ、失礼しました。貴方さまは立派な僧侶さまであられるというのに」


「……いいえ、失礼だとは思ってません」



 ただ、彼の好意は私を子供だと、だと思っているからなのかもしれない。彼の今の笑顔は、異世界からやってきた少年である僧侶に向けられたもの。私が女だと知ったらどうなるのだろう。この優しい笑顔は壊れてしまうだろうか。


(女の裸足を見てしまったって知ったら、真面目なこの人は凄く責任を感じるだろうし……私を娶ろうとするんだろうな。罪悪感とか、責任感とかそういうのだけで)


 その時は彼はこんな風に笑っていられるだろうか。好きでもない女を、裸足を見てしまったというそれだけの理由で妻にしなければならないなんて、私からすれば理不尽でしかない話だ。そういう理不尽な目に遭わせたくないと思う。

 彼はいままでずっと、理不尽に差別されてきたのだから。これからは彼の気持ちが尊重されてもいいと思う。そのためにも私は自分が女であることを隠し通さなければならない。他の誰に知られたとしても、この人にだけは。


 雑談をしながら食事をし、最後に手を合わせた。まずはこの世界の食後の言葉を口にする。



「大地の神よ、自然の神々よ、全ての神々よ。その慈悲深き御心の恵みに深き感謝を。この身がいつか果てる日は、我が魂も神々の元へ辿りつけるよう、祈り奉る」



 そして、そっとリオネルを見やると彼はまた、笑顔を浮かべながら私を見ていた。



「食後にも何か、仰ってましたよね。そちらも、先ほどと同じ意味ですか?」


「はい、感謝の言葉です。……ごちそうさま」


「ごちそうさま」



 嬉しそうにそう言葉にする彼を見て、思う。私は彼の事が好きだ。それは恋愛的な意味ではなく、本当にただ人として、この人の人柄が好きだと思う。だからこの感情が変わってはいけないとも思う。

 私がこの人を好きになってしまった時、彼に裸足を見られたことを理由に無理やり嫁ごうなどということを、考えてしまわないとは限らない。恋愛は人を狂わせることがある。恋の病とは、本当に上手いことを言ったものだ。まともな思考すら失う可能性のある病なのだ、あれは。


 好きになってはいけないと思った時が恋の始まりだと、誰かの言葉を思い出す。そんなわけはない、そんなことはあってはいけない。そんな言葉は、忘れてしまうように心の奥底にしまい込んだ。



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