第16話 初デート
20××年 6月12日(日) 10:00
貝賀と角浦の疑似恋愛が始まってから一週間が経った。
今日は初めての二人きりのデートとなる。
平日の間もこれまでとは違い、多く交流することで彼女の思う恋人像を共有し、彼なりに徐々にではあるが理解してきていた。
「それで今日向かうのはどこなんだ?」
家を出た二人は何も言わずに手を繋ぐ。
それを確認して笑みをこぼす角浦を見ていると、新鮮に感じて彼もすこし心が温かくなる。
「今週はショッピングにしようかなと思って、モールに行こ」
「そんなのでいいのか?」
「うん。でも、今日は一緒に服とかアクセサリーとか選んでほしいかな」
「任せてくれ、絢奈に似合うものは俺なりにわかってるはずだから」
「楽しみにしてる」
先週から疑似恋愛を始めたわけだが、その詳細を翌日に決めていた。
期間は一ヶ月、毎週日曜日にデートを行うことでそのなかで貝賀に恋愛というものを理解してもらうという内容に決まり、彼の提案でその行先は当日まで知らせず、また角浦が決めることになった。
回数は計4回となるわけだが、最終回は貝賀が全てリードすることでしっかりと彼女の恋愛観を共有できているか試すこととなる。その結果、両者ともに心から楽しめたなら成功といっても良いだろう。
価値観が合う者同士、これから長く過ごしていても幸せに生きることもできる。個人が姿を消し、二人で一つという形を描くことが出来ればそれはなによりの愛なのではないか。
「そうだ、お昼ご飯の時間とか細かく決めるのも嫌だし、予約取ってないんだけどあっちいってから好きなもの食べに行ってもいい?」
「大丈夫だ」
こういう普段は気にもしないところから互いに確認しあうことで距離は縮まっていく。同じということを意識すればするほど、相手を良く思えてくる。
まずはそのことを感じ取ってもらうため、角浦はその後も話のなかで質問を繰り返し、共有を図った。結果、ほとんどの意見が合うこととなり、探りとしては成功という形になった。
以前、山萩たちと訪れたショッピングモールに着く。
さっそく角浦は目的地を目指して歩きだす。
「これから暑くなるから新しい薄着のものでも買おうかなって思ってるんだけど、あんまり露出の多い服は苦手なんだよね」
「意外だな。家での絢奈に慣れているせいだろうが驚いた」
「それは宏一のこと信頼してるからで、他の男には変な目で見られたくないからね」
「なんかそう言われると特別扱いされてるみたいでその……いいな」
珍しく照れた彼を見て高揚した角浦は追い詰めるようにさらなる言葉をかけていく。
「そのようすだと気付いてないみたいだけど、今つけてる香水だって宏一が好きって言ってくれたから嬉しくてつけてるんだよ」
「通りで。ありがと」
「ちゃんとそうやって感謝されると嬉しいもんだね」
「そ、そうか」
いつもならわざわざそんなことを言わないがために新鮮であり、貝賀からすればこれからはちゃんとそういうことにも気付かないとと反省し、角浦は恥ずかしがりながらも感謝を忘れない彼の言葉に素直に喜び、空気が一層明るくなった。
「それじゃあ、行こ」
「ああ」
一度離れた手を取り合い、他愛ない話で盛り上がり、時折笑顔が垣間見える。
そんな二人の姿は紛れもなく恋人のようでなにより不安であったスタートダッシュを上手くきめられた両者はほっとするとともに緊張が解け、さらに会話は弾みを増していった。
そうして店に到着するとレディースエリアまで入っていく。
「本当は清恋が来てたときに一緒に見ようかなって思ってたんだけど、そのときはあんまりしっくりこなくて。今日は最近全国的に展開し始めたこの店に来てみたかったの」
「たしか昨日読んでた雑誌の表紙に載ってたよな?」
「うん。自分でも一応選んではおこうかなって」
「それは俺が頑張らないといけないかな」
よしと気合いを入れた貝賀はさっそくここにくるまでに考えていたスキッパーシャツが並べられている箇所に向かう。
学生時代は学生らしくカジュアルな服が似合う角浦であったが、今はシンプルな着こなしもできる女性になっている。そのことを長く側にいた貝賀は気付いていた。
「これはどうだ?」
ノーカラーのスキッパーシャツ。
白の清涼感がありながらもカジュアルに着こなせる機転の利くもの。無難であろう。
今日角浦が着ているベージュのプリーツスカートにもよく似合い、満足している。
「宏一って自分の服はおばさんに選んでもらってるのに案外わかってるんだね」
「母さんが装飾品つくる仕事してたからその辺はうるさくて。適当に着るとその着合わせは違うって何度も言われたよ」
「なるほどね。じゃあ、おばさんに感謝しないと」
それからも同様に白を基調とした服を数個選び、彼女に照らし合わせながら厳選していく。アクセサリーもこの後見に行くのでそこまで多くは買えないため、貝賀が特に気に入ったものを残した。それは彼女からの提案であり、好きな人の好きなものをなるべく多く知りたいからだという。
決めがたいものは試着を繰り返し、お人形のように幾度も着せ替えされたが、角浦は何一つ不満はなく、むしろ自分のために真剣に考えてくれていること自体に喜びを感じていた。
「よし、今回はこの4点にしよう」
ボトムスを今回買う予定はなく、既存のものに合う服ばかりを選んだために時間がかかっていた。脳内で記憶のなかから出来る限りの彼女が持つ服を引っ張り出し、ああだこうだと優劣をつけていった結果選ばれたものはどれも彼女好みでもあり、二人とも大変満足した様子でレジまで持っていく。
「計4点で1万円になります」
「あっ」
小さく声をあげたのは角浦だ。
以前、説明したとは思うが二人は一ヶ月に使える金額に限界がある。今回は彼女が誕生日に両親から貰っていた臨時収入から出している為、彼女の手持ちには二万程度しかない。これからアクセサリーを見ていくとしたら余裕がなくなるだろう。
仕方ないと一点省いてもらおうとした彼女であったが、それを制するように先に貝賀が財布から紙幣を取り出した。
「それでは2万円からお預かりしますね」
なに勝手に出しているのと目で訴えかける彼女を気にせず、レシートをもらった彼は商品を受け取ると彼女の手を取り、店員の挨拶を背に受けながら店から出ていく。
それがようやく聞こえなくなったところで貝賀は手を離した。
「ちょ、ちょっと」
「なにも言うな」
「そんなの無理に決まってるでしょ! あのお金、どうしたの?」
先を歩こうとした彼の腕を掴み、足を止めた角浦は問い詰めるように距離を縮める。
「べつに。貯金から崩したんだよ」
「あれは私たちがもし離れたときに均等に分け合うために貯めておいたものでしょ? こんなことに使っちゃダメだよ」
「ちげえよ。俺が絢奈と同棲するまでに貯めておいた分だよ。1回見せたことあるだろ」
「でも、それは宏一ので──」
「いいんだよ。俺が絢奈の為に使いたかったんだ。いつも何も買わないくせにこんときぐらいは大人しく使われてろっての」
ポンと頭の上に手を乗せられた彼女はそれ以上何も言えず、しゅんとなった。だが、その表情に暗さはなく、すこし赤くなっているようにも見える。
それを確認できた彼は掴まれたままの腕から彼女の手を離してそのまま繋いだ。無言のままそれでもしっかりと歩を合わせ歩き始めた貝賀について行く彼女の心音は流れるアナウンスよりもうるさく、鳴り響いていた。
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