第28話 告白

 当人は想定もしていなかった告白に驚きはしたが、自分が断っていない分特に強く何かを感じるということはなかった。むしろ、こんな自分のことを好きになってくれたことに感謝した。


「ただ、その頃にはもう仕事を初めてて、結局あんまり手伝うことはできなかった。でも、変わらず絢奈は仲良くしてくれたし、周りがあからさまに態度を変えてきたりしてたなかで何も変わらずっていうことが純粋に嬉しくて、本当にいい親友だなって感じた。それにこんないい子と長くいたあんたの好きな人っていうのは絶対絢奈のことだって思いこんじゃった」


 それからは関わりが少なく、仕事に追われていった。しかし、追われていくうちに溜まったストレスの捌け口として貝賀を使うことで、顔と体格は角浦に写真を見せてもらい知っていたため、妄想デートをして欲しい言葉を浴びて、良い気持ちになっていた。


「そんなこんなで3年になって、もうそのときには絢奈のことも考えられなくなるほど好きだったかもしれない。だから、あんたと同じクラスって知ったときは嬉しくて仕方なかったんだよ。親と仕事のことがあってから男の人とは関わり持たなくなってたから、唯一の心の許せる人で絶好の機会だって思ってた。でも、私が話しかけようとする前にあんたの後ろには絢奈がいて凄く楽しそうに話してて、あんたの笑顔を見て思ったの。ああ、お似合いだって」


 それから角浦に紹介される形で二人は出会った。

 山萩は綺麗な作り笑顔で貝賀を騙し、心を見られないようにした。もし、本心を曝け出していいと言われれば振られてもいないのに泣き出してしまいそうで、それだけは違うと自分に言い聞かせた。


「あんたが私のことよく知ってなかったのは仕事のことがあったからちょっと、ううん、凄く残念だったけど、それでよかったのかもってそのときは強がって思ったの覚えてる。傍に居られるならそれでいいやって恋愛から逃げたの。だから、あんたとも仲良くなれたし、絢奈を応援することもできたし、悪い結果にはならなかった」


 そうしているうちに日は早く進んでいき、語れぬ想いは知らぬうちに膨らんでいき、時には貝賀の写真を眺めたり、何かと理由づけをして電話で話したりと行動にも表れていった。


「それで9月ぐらいだったかな。夏休み明けのテスト勉強のときにあんたに電話かけたんだ。ただ声を聴きたくて。そしたら、絢奈がでたの」


 その言葉で貝賀は頭に整理された記憶のなかから薄っすらと残る映像を再生させる。

 実家で角浦と二人で勉強していた際、突然かかってきた電話にトイレに行っていた貝賀はわからず、部屋に戻ったときには既に角浦が山萩と話していた。代ろうかと彼は問うたが、心ここにあらずであった彼女は間違えただけだからとすぐに電話を切った。


「私はあんたの家で遊んだこともなくて、住所すら聞いてなくて、私が持っていないものを絢奈は多く既に持っていて、勝てないって本能的に感じた。逃げはしたけど諦めきれなかった気持ちが完全に切れて、絶望にかわって理想が崩れ落ちていくのがわかった。涙が止まらなかったし、その日の仕事は身が入らなかったし、こんなにあんたのこと好きだったんだって見てみぬふりしてたから改めて感じさせられて、でも、もう諦めたから頑張ろうって気にはなれなくて、あんたの親友にでもなれたらそれでいいって思ったんだよ」


 貝賀の知ることのできなかった山萩の想い。

 目の当たりにしても未だ実感がよく湧いてはいない。それは彼自身の抱えるものの全ては明かされていないからで、ゆえに話を促すようにそれでと言葉を発した。


「そのあとはずっと絢奈のサポート役だった。2月の末かな。もうあんたに告白する人もいなくて、残された候補は絢奈だけみたいだったから告白するって言ってきた。そのときに聞かれもした。清恋は宏一のこと好きなのって。あのとき、そうだよって言えたら何かが変わってたのかもしれないけど、言わなくてよかったとも思う。まあ、それが最後の後押しになったみたいでちょっと勝ち誇ったような表情であんたに告白しに行ったの」


 その結果、角浦は玉砕した。その話はすぐに広まった。二人のことを知っている誰もが驚き、疑問を抱えた。では、貝賀は誰のことを好いているのかと。そこに答えはそもそもない。そこに気付くのは皆早かった。貝賀の性格上、きつい言葉を言いはしないだろうという憶測から相手をなるべく傷つけず、諦めさせられる理由づけのための言葉だったのだろうと。


「周りは賛否両論って感じだったけど、最終的には7:3ぐらいの割合で賛同勢っていうか擁護勢が勝ってそのあとに絢奈の説明があって皆あんたのことを許した。でも、私はそんなこと関係なくて、どんな理由があっても嘘を重ねて女を泣かせて、最後には待ちに待たせた子まで振って、あんたがなにを考えていたのか全然わからなくなったの。暴論だってのはわかってる。ただ、父親のことがあったから、同じなんだって気がして。巧妙に弄んで面倒になったらポイって捨てるなんて絶対に許せなくて。でも、それとこれとは違うっていう気持ちもあって、もう何がなんだかわけがわからなくなって……」


 声が震えている。

 貝賀は何も見えずとも、手を伸ばした。触れたものは細く、震えはしていても確かに熱を帯びていて心があった。

 慎重に重ね合わせようとする貝賀の指に強く絡み合わせて握る。


「ごめん……ほんとうにごめん。父親のことももちろんあったけど、最後はなんだか自分のことなのに放任気味になってやけっくそで、馬鹿だよね」

「馬鹿でもやけっくそでもなんでもいいよ。おまえが俺のことを庇おうとしてくれたって気持ちがあったんだろ。それを知れただけでも十分だってのに、そんなに想ってくれているだなんて思いもしなかった。俺こそ、気付いてあげられずにごめん」

「ううん、私はもういいの。もともと敗北濃厚の戦だったんだもん」

「……」


 貝賀は言葉がでなかった。

 話を聞いている間、自分のなかで情報を整理しながら引っかかるものに答えを出せないでいたからだ。彼女の告白に反応を示したのは無意識だった。身体が勝手に反応して、心音が高鳴り始めた。熱を帯びて胸が痛い。

 それを人は恋と呼ぶ。

 けれど、それすら知らない貝賀にとって姿の見えない感情に名をつけられず、それ以上に掛ける言葉が見つからなかった。ただの恋愛相談であれば、同調して慰めてあげることで相手の承認欲求を満たし、気を軽くしてあげることはできる。だが、今はそんな易々と済ませてはいけない。そう感じ、彼は躊躇した。


「それからはね、悩んで悩んで結局引くことが出来なくなって毎日が辛かった。仲間だと思ってた周りも懐柔されて、私のことを敵だなんて言ってはこないけど、孤独で本当はそっち側に行きたいのに初めに大きく出過ぎたせいで全て変わったんだ」


 その全てが卒業式前日の謝罪に繋がっている。本来、もっと早く行われるべき行為であった。しかし、なにもかもが重なり、彼女にとって不都合に働いた。

 この一連のなかで被害を被っていた唯一告白を遂行することができなかった人物。哀しみの肩書だけが浮いて見える。


「まだ、顔を見たらいけないか?」

「ダメ。まだ、見て欲しくない。汚いから」

「汚いなんて言うなよ。お前の顔はいつでも輝いていて、泣き顔であれ笑い顔であれ、困り顔であれ、宿る華やかさに偽りはなくて、俺からはそう見える」

「またそういうこと言うの」

「期待させるつもりはない。でも、本心であることにも変わりない。俺はあの日から嘘をつくことばかりだった。これまで絢奈といた一年間もそれまでの学校生活も嘘にまみれてた。数がどうこうとか関係ないのもわかってる。犯罪と同じでその行為をしたということが重要だからな」


 罪悪感。

 それが彼のなかでバッテリーのような役割を果たし、モーターのような役割も果たし、なにもかもを操っている。角浦が笑えば笑わざるを得なくて、角浦が泣けば共有したかのように瞳を潤わせてきた。彼女を自分からは突き放してはいけない。突き放したくないと思っていた。

 それはやはり彼女が誰よりも辛い時期の貝賀を理解し、支えてきたからだ。そこに甘え、これまで待たせ続けてきた。決して彼女から離れようとはしないだろうという自負を抱えながら、気持ちがどこかに向いてしまわないように言葉を使い、身体を使ってきた。角浦が貝賀を縛っていたのではなく、彼自身が手錠で互いに離れられないようにしていたのだ。

 その鍵を握るのは第三者の山萩であった。結局、もとよりそのつもりで作り上げられた出来レースなのかもしれない。けれど、必ずここに来るという保証はなかったのも事実である。その偶然は大いなる力を持つ。


「最低だね」


 バッサリと切る山萩。その声には憎さも怒りもない。

 これまで貝賀がどれほどの苦痛を背負ってきたのか彼女は知らない。だが、この件の一番の被害者は貝賀である。そのことはしっかりと理解している。だから、責めることなどできるわけがない。


「なあ、良かったら俺の話も聞いてくれないか」

「じゃあ、今度は私が目を瞑る番かな。泣き顔見られたくないでしょ?」

 

 冗談めかした彼女の言葉。

 今、どんな表情でこちらをみているのだろうと彼は想像のなかで思い浮かべる。

 大きな瞳を細めて、口角をいやらしく上げて、けれど背が低くて見上げてて、目元は赤くて愛らしい。まるで子供のような悪戯顔でいるのだろう。たとえ見えなくとも何となくそう感じた。


「はっ……そうだな。もし、そのときが来たらそれはうれし泣きだよ」

「まあ、寂しくならないようにこの手は繋いだままでいてあげるから思う存分教えてよ。私の知らない貝賀を。私が巻きこんでしまった本当のあんたの姿をさ」

「ああ、長くなるぞ」

「好きな人の話なんていくらでも聞けるよ」

「そう……かもな」


 瞼を閉じた山萩が合図に握る彼の手を指で2度叩く。

 一応確認を取った彼はゆっくり視界を広げ、光を浴びる。それなりの時間、暗闇にいたおかげで初めは眩しくて何度も瞬きをする。そうして慣れたのち、しっかりと彼女の顔を覗いた。


「綺麗だな」

「なに。今は関係ないでしょ」

「それもそうか」


 ふざけて一度はぐらかして息を整える。

 緊張しないなんてことはない。自らの痴態を晒すんだ。受け入れてもらえるか、100%の自信があればわざわざこんなことはしていない。不安で心が一杯になって、壊れる手前で彼女の手だけが彼を支えている。

 彼女同様、深呼吸。

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